残念な美少女
「ミアー。ミアー」
ここは地球とは別の世界。春の国チェラズスフロウレスと言う名の国の、東の領地であるカオウ地方のダンデ村。農業が盛んな村で、所謂農村。とくに変わったものも無く、あるのは畑や雑木林だけのド田舎と言う言葉がよく似合う田舎の村である。
辺境に位置するこの田舎な村で、少し暗めの金髪をしたコバルトブルーの瞳をした二十代後半の女性が、誰かの名前を呼んでいた。
「む? なんじゃあ? 母上」
ミアと名前を呼ばれて返事をしたのは、まだ幼い五歳の美少女。
この美少女の名前はミア=スカーレット=シダレ。薄い金色の髪には艶があり、サラサラで腰まで届く長い髪。そしてそれは母親が毎日時間を惜しまず手入れしている賜物だ。まるで絹のような美しいその髪は、今は風になびいて木漏れ日に合わせてキラキラと輝いている。幼さを思わせる小さく可愛らしい丸みのある顔には、短い眉毛に長いまつ毛と大きく可愛らしい目。瞳の色は宝石のように綺麗な青の碧眼で、その瞳は吸い込まれてしまうのではないかと直視できない程に美しい。身長は九十センチと低めで、五歳よりも随分と幼く見える。そんな美少女な少女は服装だけは残念なもの。少女は男物の衣服を好み、今も七つ上の兄のおさがりである男の子用の民族衣装を着ていた。
さて、そんな残念衣装の美少女ミアだが、現在いる場所も美少女にあるまじき場所である。
「またそんな所に登って」
「この木の上が一番いい風が吹くから気持ちいいのじゃ」
そう。ミアは四階建ての建物と同じくらいの背の高い大きな木の枝の上に座っていたのだ。吹き抜ける温かな風を肌で感じながら、地上から自分を見上げる母親をミアは見下ろしていた。そしてそれを、コバルトブルーの色をした瞳で母親が鋭く睨む。
「はいはい。早く下りてらっしゃい」
呆れた様子でため息交じりに母親が話すと、ミアは「仕方が無いのう」と飛び降りる。
普通であれば、そんな事をしたら親は悲鳴を上げて、飛び降りた本人は死んでしまうだろう。しかし、そうはならない。母親はそれをいつも見る光景のように、呆れた様子で見ているだけ。
この異世界では我々のような普通の人間をヒューマンと呼ぶが、身体能力に何か違いがあるわけでは無く、そしてミアもその普通の人間であるヒューマンだ。つまりミアは普通の人間の子供で、こんな高い所から落ちれば死ぬ。だけど、それでも何も問題はなかった。何故ならここは異世界で、魔法や能力を始めとした不思議なものがあるからだ。
「ワタワタなのじゃ」
ミアは落下しながらズボンのポケットから小さくて黄緑色の石を取り出して、それを地面に向かって放り投げる。すると、ミアが地面に落ちる前に石から大きな綿の塊が飛び出して、ミアをポフンと包んで受け止めた。
「ワタワタは便利じゃのう」
「その魔道具、お友達から頂いたんでしょう? 何度も使えるなんて便利ねえ」
「うむ。普通はこの手の物は使い捨てじゃからのう」
「そうねえ」
ミアの言葉に母親は感心して頷いた。のだけど、直ぐにハッと我に返ってミアを睨んだ。
「そんな事よりミア。明日はお披露目会があるのだから、衣装の確認をするわよ」
「ぬぬう。ワシはいつもの服でもいいのじゃが?」
「またそんな事言って。いいわけないでしょう? お披露目会は一生に一度の晴れ舞台なのよ。お披露目会に出て、漸く一人の人として世界に認められるの。そんなお兄ちゃんのおさがりなんか着ていけないでしょう?」
「ぬぬう。そこは、女の子なのにお兄ちゃんのおさがりで喜ぶなんて、うちの娘は楽で良いわ~。と言ってほしいのじゃ」
「はあ。それはあなたが男の子だった場合の話でしょう? あのねえ。娘を女の子らしく可愛くしたいに決まっているじゃない。それなのにあなたはいつもいつも」
「ま、まあ。ワシにだって好みはあるのじゃ。ほれ? ワシは話し方も他の子等と違うであろう? 個性なのじゃ」
「自分の娘とは思えないくらいに見た目がこんなに可愛く育ってくれたのに、なんで性格がこんなに残念な子になっちゃったのかしら」
ミアの残念な態度に呟くと、母親は大きなため息を一つ吐き出した。ミアはそんながっかりした様子の母親を無視してワタワタに触れて石に戻し、それをズボンのポケットにしまう。
「それより母上。今晩のお出かけなんじゃが、ワシは留守番でいいかのう?」
「あら? 一緒に行かないの?」
「うむ。お披露目会の前夜祭は主役は行かなくて良いのじゃろう? 母上も父上もお酒を飲むじゃろうし、酔っぱらいの世話……ではなく、二人ともたまには気楽にお酒を飲めば良いのじゃ。兄上も前夜祭で友人と会って、そのまま友人の家に泊まりに行くと言っていたしのう」
「あなた今、酔っぱらいの世話をしたくないって言いかけたでしょ?」
「き、気のせいじゃ」
「ふふふ。まあ、いいわよ。お披露目会の前夜祭の殆どはお披露目会の進行についての説明だし、主役は来ないもの。あなたなら一人でお留守番させても安心だし、たまにはデノンと二人でお酒を飲むのも悪くないわね」
「うむうむ。我が家は母上と父上が仲が良いのが取り柄みたいなものじゃ。それがええ」
酔っぱらいの面倒をみなくて済むと決まり、ミアは満足そうに笑みを浮かべる。しかし、そんな残念な理由な笑みなのに見た目が美少女なものだから、ビックリする程にとても可愛らしい笑みだった。