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増長する元凶

※第四章開幕です。


 春の国チェラズスフロウレス。その穏やかな気候を感じられない程に冷たい空気が漂う牢獄ろうごく室。牢が幾つか並び、怖い程の静けさが不気味な雰囲気を形作り、罪人たちが精気を失ったように項垂れて裁きの時を待っている。照明は壁に掛けられた燭台しょくだいだけで、蝋燭ろうそく灯火ともしびが放つぼんやりとした明かりがれ動く。

 一秒が何十秒にも感じるこの空間に、コツコツと足音が聞こえた。足音は段々と一つの牢に近づいていき、止まる。


「気分はどうだ? ベネドガディグトル」

「……アンスリウム殿下。貴方は何をたくらんでいらっしゃるのですか?」


 足音の主はアンスリウム=テール=キャロット。チェラズスフロウレスの第一王子にして王太子候補。あらゆる事件の元凶だ。

 牢の中に入っているのは、この国の国王近衛騎士にして騎士団団長のベネドガディグトル=ボーツジェマルヤッガー。彼は囚人服を着せられていて、全身に大きなあざあとがあった。


「企むだと? まるでこの俺が悪事を働いているような言い方だな。不敬な奴だ。反省が足りんようだな? 俺はこの国の王となった男だぞ」

「……世迷い事をおっしゃられる」

「ふっ。知らないと言うのは本当に罪なものだな。なあ? 貴様もそう思わないか?」


 アンスリウムがそう言って視線を向けたのは、隣の牢に入れられた男。男の名前はザガンスカ=レムナケーテ。リベイアの父親だ。彼もベネドガディグトルと同じように全身に痣があった。しかし、ベネドガディグトルよりも重症で、とても声を上げれるような状態ではない。牢の中でぐったりと横たわっていて、意識が朦朧もうろうとしているのだから。


「困ったものだ。何か嗅ぎ回っていたから試しに捕えて部下に任せてみたが、調子に乗って痛めつけすぎたようだ。あれでは話が出来ないな。可哀想に。止めでも刺してやるか?」

「アンスリウム殿下! ご自分が何を仰られているのかお分かりか!?」

「煩いはえだ。貴様もその男と同じように……と言いたい所だが、思い出した」


 アンスリウムが下卑た笑みを浮かべて、いつの間に持っていたのか、広辞苑こうじえん並に分厚い本を広げてページをめくる。すると、その直後にベネドガディグトルを謎の衝撃波が襲い、壁に打ち付けた。


「ハハハハハ。悪い悪い。やり過ぎたか。まあ、これで静かになったから俺は構わんがな」


 ベネドガディグトルは床に膝をついて血を吐きだし、アンスリウムを睨み見た。常人であれば命を落とすか気を失う程の一撃を受けたが、騎士団長である彼だからこそ、この程度で済んだと言える。しかし、それでもダメージは大きなもので、言葉を出す余裕は既に無かった。


「では話そうか。朗報ろうほうだ。無能な父ウルイ、小煩い母アグレッティ、出来損ないの姉サンビタリア、そして哀れな姉アネモネ、全員が今から処刑されるそうだ」

「――っ!?」

「愉快だろう? 実に間抜けな連中だ。そうは思わないか?」

「……っか……馬鹿な……ごほっごほっ」


 そう。これは、あの戦いから時をさかのぼった時間軸。火山が噴火する前。スピノが処刑の前に通信用の魔道具マジックアイテムを使って、今からウルイたちを処刑するとアンスリウムに伝えた直後の事だった。


「おいおい無理は良くないぞ。騎士団長なのだからそれくらいは分かるだろう? そんなに血を吐いていたら、出血のしすぎで死んでしまう」


 アンスリウムが嘲笑あざわらい、ベネドガディグトルが睨み見る。しかし、睨まれれば睨まれる程に、アンスリウムの笑みは高揚こうようしていった。


「ハッハッハッハッハッ! 無能な元国王に無能な騎士団長! 本当に滑稽こっけいで笑いが止まらないな! 知っているか? ベネドガディグトル! ランタナやネモフィラだけでなく、あの聖女すらも行方不明だそうだ! ミアの事を聞いたら、そんな娘は知らないだとよ! 侍従や騎士は一緒に捕えたが、その中にはいなかった! あのガキが捕まる無能共を黙って見過ごすはずが無い! 絶対に助け出そうとする! それをしなかったって事は、つまり死んだって事だ! 革命軍に偽装したブレゴンラスドの精鋭部隊に町を襲わせると言う俺の提案は正解だったと言うわけだ! 今頃は瓦礫がれきの下で焼け死んでいるのだろうな! 呆気ないものだ!」

「――っ! 貴様あああ――っぐぁ……っ」


 ベネドガディグトルは叫び、その次の瞬間には何処から現れたのか、剣に腹を刺されていた。剣はベネドガディグトルの腹を刺すと、その場から消えていく。まるで、最初からそんな物は無かったかのように。


「ああ。悪い悪い。国王である俺に対して無礼な発言が目に余るので、うっかり罰を与えてしまった。話の途中で死んでしまったら、俺の言葉を聞く事が出来ないのにな。まあ、無礼な態度の貴様が悪いのだ。反省でもしておけ」


 あまりにも非道なこの男アンスリウムは、ゴミでも見るようにベネドガディグトルを見て、本を閉じる。


「それでだ。ベネドガディグトル。これから処刑される無能な父に変わり、この国の王として君臨する事を民の前で宣言する。その時に貴様が俺の隣に立っていれば、民への影響も多少は向上すると思うのだが……ああ。ここまで痛めつけては無理だな。止めをと言いたい所だが、王たるこの俺が態々(わざわざ)貴様の様なゴミ如きの為に手を汚して止めを刺す事もない。そこで野垂れ死んでいろ」


 アンスリウムが愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべて立ち去る。そしてその背中を見つめながら、ベネドガディグトルは朦朧とする意識の中で「申し訳ございません。陛下」と呟き、倒れた。




◇◇◇




「カナ様。貴女と言う人は……。こんな事をして、私はどうなっても知りませんよ」

「はいはい。だったら黙って見ててよ。私は忙しいの」


 牢獄室に潜む二つの影。一人は少女で、もう一人は男の騎士。二人は何やらこそこそと動いていて、ベネドガディグトルの牢に近寄った。


「さて、ちょおっと騎士団長様と侯爵様をお借りしますよお」


 少女はニヤリと笑みを浮かべて静かに告げ、そして、数分後。牢獄室から、ベネドガディグトルとレムナケーテの姿が消えた。

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