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幕間 王妃は願う

「ふぃ……こほん。ネモフィラ。改めて言う事でもないですが、よく無事でいてくれました。母は嬉しく思います」

「うふふ。お母様。わたくしもお母様が無事で嬉しいです」


 うたげの席で娘と二人で微笑み合う。そんな些細な一時ひとときがこんなにも幸せな事だと感じたのはいつぶりでしょう。幸せな生活の繰り返しで、そんな事も忘れてしまっていたのだと、私は身に染みて思いました。

 思えば、この子には苦労をかけました。夫のウルイと同じ髪の色と目の色を持って生まれたネモフィラは、同じように産まれた二つ上のランタナよりも民から愛されて育ちました。チェラズスフロウレスは女を尊ぶ国で、それが余計に民を喜ばせたのでしょう。国王と同じ髪と目の色をした女の子と言うだけで、ネモフィラを見た事のない話を聞いただけの民さえ愛してくれました。

 不思議な事に、同じ髪と瞳の色をして産まれた男の子のランタナよりもネモフィラの方がウルイに似ている気がして、私もついつい甘やかしてしまったのです。今ではウルイより私に似ていると言われますが、本当に赤ん坊の頃はウルイに似て可愛かったのです。“フィーラ”と愛称を付けてしまう程には。

 夫のウルイがアンスリウムを溺愛できあいして特別視していた様に、私もネモフィラを溺愛して特別視していたのです。でも、それがいけなかったのでしょう。命を狙われる様になりました。

 犯人を捕まえても黒幕の気配が見え、次の事件が起きて、本当の意味での解決には至りません。命を狙われるような事があるとすれば、王族の中で一番民から愛されている事。ねたそねみのたぐいでしょう。しかし、その答えは考えたくありませんでした。

 もし娘にその様な感情をぶつける相手がいるとすれば、それは同じ王族である兄か姉の誰かしか考えられません。そう考えた私は、いつしか娘の事を“フィーラ”と愛称では呼ばず、“ネモフィラ”と呼ぶようになっていました。

 それをサンビタリアに気付かれて、勘違いしたサンビタリアが「私に気を使わなくて良いわよ」と言ってくれました。あの子は私やウルイの愛をあまり受けていなかった可哀想な子です。初めて出来た子だからこそ厳しく育てなければと、あまり甘やかさない様にしました。しかし、それは結局のところ私の自己満足で、サンビタリアからすれば辛いだけ。聖女様があの子を救って下されなければ、誰もあの子を救えなかったでしょう。だから、それがとても申し訳なくて泣いてしまい、あの子をとても困らせてしまいました。


「お母様? どうしました?」

「っ。昔の事を思い出していました」

「どんな事かお話を聞いても良いでしょうか?」

「そうですね。では、少しだけ……」


 私はそう答えると、先程まで考えていた事とは別の事を話しました。サンビタリアが小さかった頃の事。アネモネが小さかった頃の事。アンスリウムが小さかった頃の事。ランタナが生まれた時の事。そして、ネモフィラが生まれた時の事を。

 いつしか私の周りには人が集まり、聖女様やミント、それにプラーテ王女が私の話を楽しそうに聞きました。とても幸せな時間が流れて、ここにいないランタナ、そしてアンスリウムの事を思い出します。


“貴方達は売られたのよ。実の子、アンスリウム殿下にね”


 スピノ第一夫人の言葉が心の中で甦りました。あの言葉は、私の中で呪いとなって今もあり続けています。信じたくない気持ちはあるけれど、現実を見て受け止めなければ、きっと取り返しのつかない事になってしまいます。現にネモフィラは命を何度も狙われているのですから。それがアンスリウムの企てた事かどうかは、本人に確認しなければ分かりません。ですが、きっと違う。私は息子を信じる。と、考える事を放棄してしまえば、絶対に後悔する結果を生んでしまうでしょう。

 あの子は……アンスリウムは隠れた野心家です。それは母である私は知っていました。表には決して素の顔を見せず、作った笑顔を振りまいています。でも、それは王太子になる為に我慢をしているだけだと、私は思っていました。だけど、きっとその考えは間違っていたのでしょう。

 昔話を終えると、無性に悲しい気持ちが溢れだして、涙を流しそうになりました。私は空を見上げ、夜空を舞う龍達を見つめます。すると、聖女様に話しかけられました。


「王妃……アグレッティさん。ちょっと見てほしいのじゃが……」

「はい? なんでしょ――っ!?」


 視線を下げて聖女様を見て、私は驚きました。

 聖女様の首からプレートが下げられていて、そこには“火山を噴火させてごめんなさい。犯人はワシなのじゃ”と書かれているではありませんか。しかも、処刑場でスピノ第一夫人達にさせていた様に、正座と言う座り方をしているのです。あまりにも驚いて私が言葉を失っていると、聖女様が気まずそうに話します。


「ワシなりに反省を表してみたのじゃが、どうじゃろう? ルニィさんには何も言われず冷たい目で見られるし、フィーラ等は子供だからよく分かっておらぬ。大人の意見を聞きたいのに、他の者達は何も言ってくれぬのじゃ! もうアグレッティさんしか残っておらぬのじゃ!」

「……っ。ふふふ」


 失礼なのは十分承知しています。でも、思わず笑ってしまいました。すると、聖女様がショックを受けた様に真っ青になって「やっぱり反省が足りぬのじゃ!?」と仰るから、それがまた可笑しくて笑いが止まりません。私とウルイは極端に真面目な所があって、きっと子育てには向いていなかったのでしょう。ですけど、こんなに楽しい気持ちを与えて下さる聖女様が側にいてくれるなら、きっと子供たちも良き影響を受けてくれます。

 アンスリウムの事はまだどうなるか分かりません。でも、感じるのです。あの子にとって、聖女様が良い方向に向かう為の道標になると。だから、私も母として、どんな結果になろうとも受け止めようと存じます。勝手な事だとは分かっています。ですが、願わくば、アンスリウムにも聖女様の慈悲が下される事を願います。

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