龍神国に聖女が舞い降りた日(5)
古の時代に生贄を龍神に捧げていた祭壇があった大きな空洞。祭壇があったであろう場所には崖があり、崖下には溶岩が広がっている。溶岩の熱は上まで届いていて、まるでブクブクと泡立つ熱湯に入っているような暑さを感じる。常人であれば耐えるだけで厳しい状況の中で、ヒルグラッセが苦戦を強いられていた。
ヒルグラッセが操る魔装は振動を放つ剣。剣身を振動させる事で鋼鉄をも切り裂く切れ味を持ち、その長さや大きさを自在に操れる。
対するは、革命軍にスパイとして潜りこんでいたヴェロ。操る魔装は鉤爪のような見た目のもの。伸縮自在に操る事が出来、その力はヒルグラッセの剣に似ていた。ヒルグラッセが相手にしなければならないのは、ヴェロだけではない。ヴェロの弟キラもいる。キラの魔装は籠手の形をしていて、湯気を発生させるもの。湯気は物質を捕らえる力を持っていて、捕まると最後。どんな巨漢で力自慢の怪力男でも抜け出せないような力で押さえ付けられ、脱出が不可能となる。どちらも厄介な魔装を持っていて、厄介な事に兄弟なだけあって息が合っている。既に何度も刃を重ね合い、ヒルグラッセには疲れが見え始めていた。
「大した事ねえな! あのガキの方が強いんじゃねえか?」
ヴェロが真正面から斬りかかり、ヒルグラッセはそれを受け止め、直ぐに背後に跳躍。直後にキラの放った湯気が通り過ぎ、ヴェロがそれを踏み台にして跳躍し後を追う。
「ミア様と私を比べているのであれば、挑発に上げるにはミア様は役不足だ。あのお方を私と比べるなど、おこがましいにもほどがある」
「あ゛?」
ヒルグラッセが剣を振るい、同時に魔法で地面から岩を噴水の如く飛び出させてヴェロを襲う。ヴェロは剣を避け、更には岩を切り裂きながら避け続けて、ヒルグラッセに斬りかかった。
「やっぱりてめえも俺と同じみてえだな」
「――っ!」
ヴェロの爪を受け止めようとした瞬間に、ヒルグラッセは直感する。後方から迫る嫌な気配。キラが放った湯気では無い別の何か。ヒルグラッセは爪を受け止めるのをやめて、直ぐに横っ飛びして回避しながら背後に振り向き、剣を振るった。すると次の瞬間、剣が目に見えない何かを弾いて甲高い音が鳴り響く。手には信じられない程に重い何かを弾いた感触が伝わり、ヒルグラッセは目を凝らして正体を見た。
「糸……?」
「へえ。少しはやるようだなあ。女!」
「――っ!」
透かさずヴェロが斬りかかり、ヒルグラッセがそれを弾いて受け止める。そして、今度は右方から極細な糸が接近している事に気がついて、再びそれを弾いて防いだ。
「ちっ。今のも防ぎやがったか」
「これが貴様の魔装の真の姿か」
「ああ。正解。当たりだ。俺はこれを爪糸と呼んでいる」
ヴェロの魔装は伸縮自在の爪。つまり、この目に見えない程に細い糸は、その爪を伸ばした結果で生まれたものなのだ。ヴェロが王妃スピノのお抱え暗殺者であるのは、この魔装の力あってのもの。この目に見えない程に細い糸のようになった爪で暗殺を可能としていて、並の者であれば一瞬で殺す事が出来てしまう。
ヒルグラッセがそれを見破れたのは、実力と言うよりは獣人だからだ。犬耳と犬尻尾がある通り、ヒルグラッセは犬の獣人。だから、ミアたち人間、ヒューマンと比べて耳が良くて勘が鋭い。ほんの僅かな変化にも気付きやすいので、それで気がつく事が出来たと言える。しかし、だからと言って戦いにおいて有利になったわけでは無い。それどころか、暑さのせいで既に疲労が見えていた。
「爪糸の攻撃を二回も防ぎ、言い当てたんだ。サービスでもう一つ教えてやる」
ヴェロがヒルグラッセに向かって駆け出し、ヒルグラッセを四方八方から囲むように爪の糸を展開する。更には、背後からはキラの湯気が接近している。
「俺の爪糸もてめえの剣と同じで振動を起こす。触れたら死ぬぜ!」
「そんなもの、私の攻撃を受け止められた時点で既に気が付いていた」
「はっ! そうかよ!」
「捕まえた! 兄者! 今だよ!」
「でかしたブラザー!」
四方八方逃げ場無しの状況下で、キラの放った湯気で足を掴まれてしまう。真正面から来るヴェロの爪を受け止めても、爪の糸が直ぐそこまで迫っていて、絶対に逃れられない死の牢獄。しかし、ヒルグラッセが見せるのは焦りではなく笑み。ヒルグラッセは口角を上げ、勝気に微笑んだ。




