龍神国に聖女が舞い降りた日(4)
ミアとゴーラが溶岩の中に飛び込んだ頃。数十メートルほどの崖下に溶岩が広がる大きな空洞内で、チェラズスフロウレスの王族や侍従や騎士たちが集められ、処刑の時が迫っていた。彼等が逃げ出さないように見張るのは、ブレゴンラスドの騎士が二十人と精鋭騎士が三人。全員が魔装を持っていて、チェラズスフロウレスの騎士では太刀打ちできる相手ではない。そしてそれを引き連れてチェラズスフロウレス王ウルイと王妃アグレッティとサンビタリア王女の目の前に立つのは、この国の王妃スピノ。彼女の一歩分の斜め後ろにはヴェロが立ち、その隣にはキラもいた。
「罪人ウルイとアグレッティ。貴方達を処刑する余興として、いいものを見せてあげるわ」
スピノがそう言って騎士に目配せすると、騎士が道を開けるように横に移動し、その向こう側から手を縛られたアネモネが騎士に連れられ現れた。そのアネモネの姿を見て、ウルイとアグレッティは目を見張り、サンビタリアは悔しさのあまりに顔を歪めた。
「綺麗に染まっているでしょう? 見れば分かると思うのだけど、白のドレスを染める真っ赤な血がとても映えているわ」
アネモネはウェディングドレスを着ていた。でも、それは綺麗なんてものではない。ドレスは斬り裂かれ、身につけた時に斬られたのだろう。体には斬られた傷があり、ドレスはアネモネの血で真っ赤に染まっている。血に染まった長いウェディングベールは引きずられ、泥と血が混ざり合っていた。アネモネが俯いていて表情が見えないから、どんな顔をしているのか、それを考えるだけでも悔しさが溢れてくる。
ウルイは怒り、スピノに憎しみの目を向けた。しかし、その憎しみの目を向けられても、スピノは狂気じみた笑みを浮かべるだけ。
「せっかく用意したドレスだもの。ちゃんと着てあげないと可哀想でしょう? うふふふふふ」
アネモネではなくドレスが可哀想。その言葉にウルイは更に怒りを増し、スピノに向かって跳びかかろうとしたが、無駄だ。騎士に押さえ付けられてしまっている。身動き一つすら出来ない。そんなウルイの様子にスピノが笑みを浮かべ、その時、遠くの方から男の悲鳴が聞こえた。その悲鳴はスピノには聞き覚えのある見張りの騎士のもの。
スピノの笑みは消え、眉間にしわと寄せて扇で口元を隠し乍ら、精鋭騎士に目配せする。すると、三人の精鋭騎士は直ぐに悲鳴の聞こえた方へと消えて行った。
「革命軍であればこの神聖な場には恐れをなして来れない筈……。まさかゴーラ? でも、いくらなんでも――っ!?」
ぶつぶつと独り言を言っていると、目の前で甲高い音と共に火花が散る。そしてそこにいるのは、スピノのお抱えヴェロとミアの護衛ヒルグラッセ。音と火花は剣と爪がぶつかり合ったものだった。不意打ちに失敗したヒルグラッセは、後ろに跳躍してヴェロと睨み合った。
「てめえ。どうやって縄を解いた?」
「ご生憎さま。私は貴様と同じように魔装を使える。あんな縄程度であれば斬る事が可能なだけだ」
ヒルグラッセが手に持つ剣の剣身が揺れて振動を放つ。それを見て、ヴェロが理解して舌打ちした。魔装は体内から出現させる兵器だから、武器を取り上げようが縄で縛ろうが関係ない。扱う魔装に合わせてそれ相応の拘束の仕方をしなければ意味が無いのだ。
「スピノ様。アンスリウムの野郎はとんだ無能なようですぜ。魔装を使える騎士は全員留守番させたと言っていたのに、メイクーとか言う女に続いて二人目だ。これじゃあ後何人いるのか分かったもんじゃねえ」
「そのようね。所詮は無能ばかりが集まる国の王子ね」
「野郎ども! 他の騎士共が変なマネを起こさねえ様に見張れ! この女は俺とキラで殺す!」
「おっしゃあ! やっと俺の出番か! 兄者!」
チェラズスフロウレスの騎士への警戒が強まり、ヒルグラッセの目の前にはヴェロキラ兄弟が並び立つ。ヒルグラッセは攻撃を仕掛ける前に何人かの拘束を解いておいたのだが、周囲の警戒が強くて下手に動けるような状況ではなかった。とは言え、隙さえ出来ればウルイたち王族を逃がせるように心構えはしている。しかし、それにはヒルグラッセが目の前の二人に勝つ必要があるだろう。この場にいるチェラズスフロウレスの騎士の中で唯一魔装も持つヒルグラッセが負けてしまえば、隙をついて逃げ出しても直ぐに捕まってしまうのが目に見えているのだから。それだけブレゴンラスドの精鋭騎士や精鋭以外の騎士とチェラズスフロウレスの騎士の強さの差は歴然だった。
ヒルグラッセは今までに感じた事のない凄まじい緊張の中、こめかみを伝う汗を感じて唾を飲み込む。一度は混戦の中で精鋭部隊に負けてしまったけど、その時は魔装を使わなかった。理由は、その場に護るべきミアがいないからで、敵に手の内を見せない為。魔装が使えないと思わせておけば、相手も油断する。だから、万が一の為に魔装を残しておいたのだ。そしてそれは正解だった。ここにミアの姿はない。だけど、今こそその力を使い、この局面を切り抜けなければならない時だ。
(ミア様……どうか私奴にご加護をお与えください)
ヒルグラッセは心の中で聖女ミアに祈りを捧げて、深く息を吐き出し駆け出した。




