聖女の謝罪作戦(1)
サンビタリアが王太子をまた目指すと報告して直ぐの事。お帰りなさいパーティーはまだ終わっていなかったが、ミアは参加せずにサンビタリアを連れて自分の部屋に戻って来ていた。ヒルグラッセに見張りを頼み、部屋の中にはミアとサンビタリアと侍従たちだけ。と言っても、サンビタリアの侍従はツェーデンだけで、他の侍従たちは休憩を取らせている。ここに集められた者たちは全員がミアの正体を知る者だが、別にその話をするわけではない。だけど、ミアが聖女と知っていないと、二人の関係上で色々とややこしくなりそうな話ではあった。
「サンビタリア殿下。一つお主に言いたい事があるのじゃ」
「言いたい事……?」
サンビタリアが若干緊張した面持ちで復唱すると、ミアは「うむ」と頷いた。
「今日一緒に謝罪に行って思ったのじゃが、滅茶苦茶効率が悪いのじゃ」
「効率……」
「例えば、今日はこうしてパーティーが開かれておるのじゃから、それを利用せん手はないであろう? 謝罪に行っておる場合では無いのじゃ」
「つまり……パーティーの参加者にこそ謝罪をして、まとめて終わらせると言う事よね? でも、それだとせっかくのパーティーが台無しになってしまうんじゃないかしら? 反省をしていないとも思われかねないし……」
「分かっておらんのう。やれやれなのじゃ」
ミアは肩を竦めてそう言うと、ドヤ顔でサンビタリアと目を合わせる。
「ワシにいい考えがあるのじゃ」
だいたい駄目なやつが言いそうなセリフを吐くドヤ顔ミア。しかし、サンビタリアにはそれが分からず、ミアの言葉を信じて頷いてしまった。ただ、ミアの侍従は流石と言える。サンビタリアや同様に分かっていないツェーデンと違い、ミアの事がよく分かっている。ミアの態度とセリフを聞いて、ルニィが額を押さえ、クリマーテが面白い事が起きそうな予感に胸を躍らせた。因みにヒルグラッセは部屋の外で見張り中なのでこの場にいないが、この場にいればきっと冷や汗をかいていた事だろう。
◇◇◇
煌びやかな装飾で彩られ、テーブルに並べられた芸術にも似た料理の数々。天翼学園に通う生徒や保護者たちが食事と会話をして交流を深め、間近に迫るアネモネの結婚式の話が会話の九割をしめている。ネモフィラはランタナとリベイアと一緒にいるが、挨拶に来る貴族の相手で忙しくしていた。
お帰りなさいパーティーの終了時刻が近づいて、ちらほらと帰ろうと準備を始める者が出始める。しかし、そんな中で、パーティー会場の扉が“バーン!”と豪快に開かれた。その音はそれなりに大きく、会場内全員の視線が扉の方に集まった。そして、視線の先に立っていた人物を見て、この場に驚愕と困惑と動揺の空気が流れ始めた。
「たのもーなのじゃあ!」
大きな声で現れたのはミア。視線の先の人物の正体であり、とんでもない格好をしてる。
「ミア!? な、なんで下着姿なのですか!?」
ミアの姿に驚いてネモフィラが声を上げた。のだが、ネモフィラの言う通り……と言うわけでも無かった。確かに今のミアの姿は下着姿にしか見えないが、実は全くの別物。何故ならそれは、“水着”だからである。
実はこの国チェラズスフロウレスでは海水浴やプールや川やらと言うものが無い。よって水着を着る機会が無い。もちろんそう言う文化がある事は知っているが、生活に関わってこない以上見た事が無い者がほとんだし、直ぐには分からない。だから、水着と下着の区別が出来なくても当然だった。
そしてこれこそがミアが考え出した事の一つ。ミアは前世で八十のお爺ちゃんだったからか、水着も下着も変わらぬのじゃ。と、全然違う物なのにそう考えている。だからこそ思い付き、実行に移したのだ。そしてこの水着は、ブレゴンラスドに行く前準備として、ミアがクリマーテに用意してもらったものだった。ミアがサンビタリアを自分の部屋に連れて行ったのは、これが目的だったわけである。
「は、早く服を着て下さい! 皆に見られてしまいます!」
ネモフィラは下着と勘違いしているので慌てているが、ミアは動じずにただ微笑みを見せるだけ。それにネモフィラが大声を上げてくれたおかげで、この場にいる全員の思考を下着で固定させる事が出来て喜んでいるまである。そして、出入口の向こう側にいる人物に振り向いて目を合わせると、直ぐに会場を見回して大声を上げる。
「サンビタリア殿下から皆に話があるのじゃ!」
会場から騒めきが聞こえ始め、サンビタリアもミアと同じく水着姿で入場し、騒めきは大きなものへとなっていく。皆が奇異の目でサンビタリアを見た。だけど、側で自分と同じ格好をしているミアのおかげで、サンビタリアは背筋を伸ばして堂々とした態度で会場内に入る事が出来た。
「楽しいパーティーを邪魔してごめんなさい。その上で勝手な事を言って申し訳がないのだけど、これから皆さんに謝罪をしたいの。だから、私に少しだけ時間を下さい」
サンビタリアはそう言うと、深々と頭を下げた。




