第十二話 童貞を殺す鎧 その1「最強の矛と最強の盾と私」
タナカはその日、防具を並べた屋台を前に佇んでいた。
ただし、屋台の表からではなくて裏側に立っていた。つまり、今の彼は防具を買う側ではなく売る側の立場なのである。
「はーい安いよ安いよー」
やる気なさげに声を出すタナカだが、その声は周りの屋台の声にかき消される。
今日はこのキルメンの街で蚤の市が開催されており、そこにムテ騎士団も過去に強奪した防具を売り捌きに来たのだ。
「たく、こんな古物商も買い取らなかった防具が売れるかっての」
刃こぼれした剣をつつきながら愚痴るタナカ。それを聞いて一緒に店番をしていたローナが窘める。
「どんなものでも上手に売るのが商売人だよ、タナカ君」
「俺は商売人じゃねえし。
売りたいなら、素人と子供とあと寝てる奴を置いて出て行くなよな」
素人はタナカ、子供はローナ、そして寝てる奴とはアストリアのことである。
彼女が黙るのは基本的に眠っている時だけである。もちろんいつも通り立ち寝の状態である。
「いいじゃん、団長達が戻ってくれば今度は私達が自由時間なんだし」
今は上記の3名が店番をして、デーツ、バーベラ、マァチの3名が店を離れて市場を見廻り、後に交代するという流れだ。
だが、さっきから愚痴っているように誰もムテ騎士団のボロ防具屋に寄ることはなく、ただただ暇な時間が流れるだけ。
「そもそも売る必要あるのか? こんなボロ。いっそ捨てた方がいいんじゃ」
「えー、もったいないよー。せっかく奪ったもんだし何かしら役立てないと」
「金はたくさんあるくせに、変にケチだなお前ら」
すると一人の若者がふらっと彼女らの屋台を覗きに来た。
「いらっしゃいませー。ほら、タナカ君も挨拶」
「あ、いらっしゃいませ。何かお探しで?」
「いやね、今度ギルドでクエストなんかやってみようかなって思って武器とか探してるんですけど」
「クエストやるなら、こんなボロじゃなくってちゃんとした店で」
お客の若者に対してタナカは正論を漏らそうとしたが、ローナはそれを遮るように念力で動かしたボロ盾をお客に見せつける。
「いやーお客さん。運がいいねーこのラッキーボーイめ。今ならこの盾がお勧めだよー」
「盾? かなり汚れがついてるようですが?」
「古来から伝わる由緒正しき者だからね。年季が入ってるってことですよー。
なんとね、この盾普通の盾じゃないんです。なんとなんと! 絶対に貫かれない魔法の盾なんです!」
「な、なんだってー!」
「絶対に貫かれないってお前なぁ」
ローナの売り文句に驚く客と、訝しむタナカ。
「ほ、本当に!? 欲しい! あ、でもーお金そんな持ってないし、盾よりも先に攻撃できるものを優先させたいんですが」
「じゃあこいつはどうだ! なんとなんでも貫くことができる槍なんてどうだー!」
「な、なんだってー!」
「あー、こりゃダメだ」
今度はボロボロの槍を持ち出すローナ。客もタナカも互いに先ほどと同じリアクションをした。
「しかも今なら槍と盾とセットで買うとお得!」
「ほ、欲しい! 買います!」
慌ててお財布を取り出そうとするお客にタナカは待ったをかける。
「おい、あんた。少しは考えて買い物しろ。そんなんじゃクエストなんて成功しないぞ」
「え? でもセットならお得って」
「値段の話じゃなくって、考えても見ろ。絶対に貫かれない盾があるのに、なんでも貫く槍があるのおかしいだろ」
「ちっ」
タナカの冷静な解説にローナは舌打ちをした。
「た、確かに変ですね。え? じゃあ実際にその槍でその盾を突いたらどうなっちゃうんです?」
お客からの純粋な質問に、いつも偉そうなこのクソガキ幽霊がどう取り繕うのかとタナカはほくそ笑んだ。
「じゃあ、試してみれば?」
「え?」
まさかの実践推奨にタナカは驚く。
「じゃあタナカ君が盾を持ってー、お客さんが槍で突くと。じゃあ早速どうぞー」
「お、おう」
言われるがままにタナカとお客は盾と槍をそれぞれ持つ。
「じゃ、じゃあ行きますよー! ていやー!」
槍で勢いよく盾を突く客。しかし、槍が盾を貫くことはないし、盾も貫かれはしないものの、互いにひびが入ってしまった。
なんでも貫く槍も、絶対に貫かれない盾もないという証明だ。
「ほらな。まったくもって嘘じゃねーか」
「果たして、本当に、そうかな?」
今度はローナがほくそ笑むと、妙なことに彼らの周りにいた屋台の人や客が通りに飛び出し、列を組んでラインダンスを踊り始めた。
「「はい!?」」
その異様な光景に呆気にとられるタナカとお客。
「あなた方はとんでもないことをしてしまいました。
なんでも貫く槍と絶対に貫かれない盾という、異なる性質の武器をぶつけたとことで、世界のバランスが崩壊したのです! この踊りが何よりの証拠!」
ローナはおどろおどろしく、この異様な光景の説明になっているようでまるでなってない説明をする。
「そんな! どうしたら戻せるんですか!」
「この、"世界のバランスの崩壊を防ぐ鎧"を着るといいでしょう。ただし、崩壊を防ぐと同時に槍も盾も鎧もその効力を失いますが」
「構いません!」
お客はローナが差し出したこれまたボロッちい鎧を着て、総額のお金を支払った。
それと同時に踊っていた人たちは何事もなかったかのように、自分たちの元いた位置へと戻っていく。
「ふー。よし!これで世界は救われた」
と、思っているのはもちろんこのお客だけである。
「おめでとう。君は世界を救った立派な勇者だ。これならクエストもばっちしのばっち!」
「ありがとうございます。自分なんだか自信が湧いてきました! 早速クエスト申請しに行くぞー!」
そう叫んで、ボロの鎧とボロの槍とボロの盾を身に着けたお客は遠くへと走り去って行った。
「うん。あいつ絶対失敗するわ」
彼がいなくなったのを見計らって、タナカが彼への正当な評価を下す。
「いやーみんなお疲れさーん。これ約束の謝礼ねー」
ローナが、先ほどダンスをしていた人たちに貨幣を配って回る。
「やっぱりなんか仕掛けがあったのか。ていうかわざわざあれだけのために大層な人数を」
「これぞマァチが教えてくれた魔法“フラッシュモブ”!」
「ただのまわりくどい集団詐欺だろ! ていうか物を売りに来て、その倍以上の出費してどうする!」
「だってお金ならいくらでも持ってるしー。毎回の楽しみなんだなこれが」
「毎度騙される奴いるの!?」
ローナは自ら行った一連の流れに、特に詫びる様子は一切見せない。
「最近お前たちの事がわかってきたぞ。お前ら暇で暇でしょうがないんだろう」
「ピンポーン。それに付き合わされるタナカ君はー?」
「この世で最もみじめだよ! クソ!」
タナカは並べられたボロボロのナイフをへし折る。
「しかし、意外と粘るねー。みんなそろそろ期待してるよ。タナカ君が"もういいだろぉ~。子供殺そうとしただけなのにぃ~こんなに弄ぶことないだろぉ~およよよー"って泣いて喚いて頭下げる姿をさ」
「あ? 言わねえよ。そんなこと……絶対に、そんなことさ」
「ふーん」
ローナはタナカがさらにムキになる姿を期待したが、その返答にはただの諦めだとかそんな単純な感情じゃない事を察し、それ以上は何も言わなかった。




