第九話 はじめてのオルトロスたいじ その3「スタッフさん」
勇ましく始まったコロちゃんのはじめてのオルトロス退治だが、山の中腹に差し掛かった頃、彼は疲れのために地面に伏せていた。
「もう駄目無理。死ぬ」
普段から運動など碌にしていない中年の体型には山登りなど地獄も同然であった。
そしてそのへばっている姿を見て国民はお菓子食べながら大爆笑。ザッツエンターテイメントの完成である。
しかし、現場でカメラを回すタナカには、この場所が危険であると、暗殺者の勘で察知していた。
「おい! 早く起きた方がいいぞ!」
「やだ、しばらく休む。三日ぐらい」
「ダメだ! そんな悠長なこと言ってる場合じゃない! 近づいて来てる!」
タナカが警告してる間に、コロちゃんが倒れている場所を取り囲む岩山に、モンスターが6匹集まっていた。
「ちっベルビーストかよ、厄介な」
ベルビースト。オオカミに似た生態を持つ生物ではあるが二足歩行し、鋭く尖った爪には毒がある。強靭な胃袋は加工品にも使われるが、今回は二人の成人男性を溶かすために使うようだ。
「助けて!」
「そのまま動くな! 奴らは相手が動く一瞬の隙を狙って襲いかかってくる!」
タナカの忠告に、しばらく大人しくしている王であったが、ベルビーストのうち一匹が足を少しだけ動かす。その足音にコロちゃんは怖気付いて逃げ出した。
「バカ野郎!」
一斉に王へと飛びかかるベルビースト。だがタナカは一瞬の内に四方八方にクナイを投げた。
クナイは6匹中4匹の目に命中し、残り2匹も目には当たらなかったものの、額や肩に刺さる。
目をやられたベルビーストはその場で狼狽えている。だが目をやられなかった個体はタナカの方へとターゲットを変え、彼に飛びかかった。
「やれやれ。大人しく帰ればいいものを」
タナカは密か隠し持っていた鉄製の細い糸を投げて、2匹のベルビーストの足にかけ食い込ませる。
すると、糸がどんどん締まっていき、ついには足を切断してしまった。
「今だ逃げるぞ!」
タナカはコロちゃんの手を引っ張って逃げ出そうとしたが、後ろから大きな一撃を食らって吹っ飛んでしまう。
もう一匹隠れていたのかと吹っ飛ばされた方を見たら、そこにいたのは一瞬で駆けつけてきたバーベラだった。
「何すんだてめえ!」
「スタッフさんは手出しも口出しもしない! これが鉄則!」
そう言って一瞬で去った。
「と言われても、今のはだいぶ危なかったんだがな。
悪いがこの先は一人で頑張ってくれってさ」
「そんな無茶苦茶な!」
「あいつらに目をつけられたら最後。無茶苦茶でもなんでもやらされるんだよ。
見たろ? 俺も奴らムテ騎士団の被害者なんだ。諦めようぜ、お互いに。あとすぐ行かないとヤバい」
後ろから怪我をさせられて、怒りの形相になったベルビーストが迫っていた。
「ぎゃああああ!!」
コロちゃんはさっきまでの疲労などなんのそのと、勢いよく逃げ出した。タナカもスタッフさんとしてカメラを構えて追っていく。
そうしてなんとか、オルトロスが住み着いているという洞窟まで辿り着いたのであった。
しかし、その頃には夕方になっており、コロちゃんの体力は底をついて、立っているのもやっとも状態だった。
「もう駄目無理。死ぬ。オルトロスと出会う前に死ぬ」
ヨロヨロと歩くコロちゃんの姿は、老衰した鹿のようで、「死ぬ」という言葉もまんざら嘘じゃないかもと思うタナカ。
そうは思うものの、心配はしていない。彼もまた国民と同じようにコロちゃんの事を、内心冷ややかに見ていた。
「これは独り言だけどよ。そもそも、討伐クエストは日にちをかけて行うものなんだよ。
本来なら、この時間帯には寝床を確保して、野宿をするべきだが、素人がそんなことを知るわけもないか。
つまり、国民を危険な任務に送り出してたくせに、その内容には無頓着だったという証拠だな」
タナカの言葉が胸に刺さるコロちゃん。
「上に立つ連中ってのは、どうしてこうも現場の言葉に無頓着なんだろう。
同じ苦しみを知れば、絶対に無茶なことなんて言わなくなるのに。いや、無茶を言いたいがために、あえて知ろうとしないだけか」
ますます胸に刺さる刺さる。そして、耐えきれなくなったのか、コロちゃんの足が揺らぐ。
「ていうか、そもそも俺、武器なくね?」
と、今更気づかない方がよかったことに気づきながら彼は倒れた。
しかし、倒れた先にはちょうど剣が落ちていて、彼は急ぐようにそれを拾う。
「おお! 剣じゃないか! これで自衛ぐらいはできるぞ!
しかしなんでこんなところに剣が?」
その時、夕焼けの光が洞窟の中に差し込む。すると奥からキラキラといくつもの光が反射して、目に飛び込んできた。
目を凝らすと、それは砕かれた鎧や盾や武器であった。
「ああ、そうか。これはクエストに失敗した者たちの形見なのだな」
王は涙を流す。そしてその光景はカメラを通して広場に伝わり、国民の目に映る。
「この涙は恐怖からなのか、それとも自分の行いの罪深さに気づいたからなのか」
ローナのナレーションが広場に響く。もちろんその問いに返事する者はいない。だが、王様と同じように涙を流す者が幾人かいた。
しかしその涙のシーンを遮るように、突然の咆哮と共に画面が激しく揺れた。
「おーっと! これはもしやこれはもしや!」
ローナの煽りと共に、画面に二つの頭を持った巨大な獣が映し出される。
「出たー! オルトロスだー!」




