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追い詰められたブサイクの悲壮な決意「や、やってやろーじゃねーかーっ!」

夜もふけ、静寂が辺りを包んでいる。

カケルは小屋の中で机の上に乗ったかまぼこを見つめていた。


先日老婆からお礼としてもらったもの。ここ数日に起こったことを反芻していた。

優馬とミサが森の中でキスを交わしていたこと、

次の日にはカップルとなっていたこと、その後オス馬達に暴行されたこと。


彼らの罵倒が脳裏に蘇る。


「ブサイクがっ、お前なんてミサはおろか、恋人だって一生できないんだよ!!」

「好きになってくれるヤツなんて絶対いないわ、思い知りやがれっ」


誰もいない沈黙が支配する小屋で、

カケルは痛みで悲鳴をあげる胸を抱きかかえるようにして耐えた。


嵐が過ぎ去るのを待つように、しばらくそうした後、

老婆が去り際に言った言葉が浮かんだ。


「誰にだって幸せになる権利はある、平等にね。それにあんたはそんな容姿だけど、

心の優しい馬だ。幸せにならなくちゃ不公平だろう?」


食べさせた相手の容姿を奪うことのできる魔法のかまぼこ・・・。


もしもこれを村一番の美形である優馬に、カケルが食べさせれば・・。

カケルから醜さが失われ誰もが振り向く容姿を手に入れることになる。


そうすればどうなるだろう。


ブサイクだからとオス馬達からいたぶられることはなくなるだろうか。

メス馬達からは好意を寄せた黄色い声を投げかけられるだろうか。


そして・・・・ミサはカケルに振り向いてくれるだろうか。


そこまで想像してカケルはハッと我にかえる。

なんて妄想をしてしまったのかと首を振る。


優馬の容姿を奪うということは、優馬がカケルの醜さを手に入れるということ。

今度は優馬がひどい人生を歩むことになるのだ。


優馬はいつもカケルのことを助けてくれる、返しても返しきれない恩がある。

そんな優馬を裏切り陥れるようなこと、カケルはとてもできない。


だが自分を厳しく律する一方、本当にそれでいいのか、と頭の中でささやく声がある。

かまぼこを使わない限り、カケルは醜い容姿のまま、

一生誰からも愛されることもなく年老いていき人生を終えることになる。


それはなんて悲しくて寂びしいことだろうか。

もてなくてもいい、たったひとりでもカケルのことを愛してくれたなら・・・。


かまぼこを使えば・・・。

美しい容姿を手に入れバラ色の人生か、

それともブサイクなまま辛い日々を送るのか。


かまぼこをもらってから数日が過ぎており、

食べられる、魔法の効力の期限が迫っている。

残された時間はわずか。


カケルはどうすべきなのだろうか。

瞳を閉じると老婆、優馬、ミサ、オス馬達の姿が浮かぶ。


目を開けるとカケルはかまぼこを手にして「よし!」と立ち上がる。

その瞳には決意に満ちた炎が燃え盛っていた。




朝食を済ませた後、カケルは出かける準備をして小屋を出た。

時刻はお昼の1時間前ほどで、まだ午前中の強い日差しが降り注いでいる。


背には小さめの鞄を背負っていた。中には老婆からもらったかまぼこが入っている。

カケルの小屋は村の外れ、端の方にありカケルは村の中心部に向かって歩いていた。


途中村の馬達がちらほらと目に入る。

家事をしている者、畑で作業している者など様々だったが、

どの馬もカケルを見ると嫌そうに顔をしかめた。


醜いカケルを見て気分が悪くなったのだろう。

傷つかないといえば嘘になるが、これがカケルの普段の日常だった。


村の奥深く、目的の建物までやってきたカケルは立ち止まった。

カケルの住んでいる小屋の数倍はあろうかという大きな屋敷で、

周辺の家々を圧倒しているような印象を受ける。


心を鎮めようと一呼吸置いて呼び鈴を鳴らした。

待っていると扉の内側から足音が近づいてくる。中から優馬が顔を見せた。


「カケル?」

訪問者がカケルだとわかると、少し驚いたような表情になった。


「やあ、優馬」

内心の動揺を悟られないように、努めて明るく笑おうとする。


「どうしたんだ?カケルが訪ねてくるなんてめずらしい。何か用か?」

「うん、天気もいいしちょっとそこまで散歩にいかないかな」




優馬を誘い出したカケルは、村を出て海を見渡すことのできる砂浜にやってきていた。

沖の方から潮風が吹いてくる。寄せては返す波はそれほど激しくはなく穏やかだった。


正午前の太陽が、波間にキラキラと光を反射させている。

砂浜ぞいにカケルは優馬と並んで歩いた。地面と違い一歩ごとに足が砂に沈む。


「カケルが誘ってくるなんて、正直ちょっとびっくりした」

「そうだね、こういうことってなかったから」


爽やかな笑顔を向けてくる優馬に頷く。

「優馬にはいつも助けられてばかりだから、

こういう機会をつくってお礼が言いたくてね」


「何だよまた改まって、そんなの別にいいのに」

優馬が可笑しそうに笑う。


「優馬がよくても僕の気がすまないから」

しばらくたわい無い会話を交わした後、カケルは言った。


「そういえばミサと付き合うことになったんだね、おめでとう」

まさか祝福されるとは思っていなかったのか目を丸くしている。


「ああ、ありがとう」

「すごくお似合いだと僕は思うよ」


心に痛みが生じるが、正直な感想を述べる

と優馬は嬉しそうにわらった。


「聞いてもいいかな?」

「何?」

「その・・・どちらから好きだって伝えたの?」

「彼女から想いを伝えてくれたんだ」


照れくさそうにためらった後、そう答えた。

ミサは優馬のことが好きだったのか。


当然と言えば当然なことだ。

格好良くて足も早く性格もいい優馬に惚れない方がむしろおかしいくらいだろう。

理屈ではそう納得していても、ショックを受けている自分がいる。


優馬の方から交際を申し込んで、

ミサがOKしたのならばまだ、慰みにもなったかもしれない。


どちらにしても付き合うのだから同じことではあるが。

カケルは背負っている鞄に意識を向ける。砂浜を歩く度に揺れていた。


いつ鞄からかまぼこを出すべきだろうと、考える。

ちょうどタイミングがいいことに優馬のお腹が鳴った。


来た、と心でつぶやいた。


「もうすぐお昼だしお腹が空いてきたな」

昼前に優馬を誘い出したのは偶然ではない。


カケルは空腹になるだろう時間を狙ったのだ。全ては計画通り。

「そうだね、そろそろ帰ろうか」

優馬も同意し、来た砂浜を引き返そうとする。


「ああ、いいものがあるんだ。帰るまでのお腹の足しにはなると思うんだけど」

カケルの言葉に優馬が立ち止まる。何の疑いも抱いていないような、顔で。


鞄から不自然にならないように、さりげなくかまぼこを取り出す。


「何だろうそれ」

「かまぼこだよ。美味しいから食べてみてって知人からもらったんだ」


近づいてみて目をこらす優馬に説明する。

「確かに美味しそうだね」

「優馬にあげるよ、本当に美味しいから食べてみて」


「カケルもお腹すいてるんじゃないか?はんぶんこにしよう」

「僕は家でたくさん食べてきたら大丈夫」


カケルのことを気遣っていう優馬に首を振る。

自分までかまぼこを食べるわけにはいかない。


優馬に食べさせる以外に自分が食べたらどうなってしまうか予測がつかなかった。

もしかしたら魔法の効果がなくなってしまうかもしれない。


「なら、遠慮なくいただこうかな」

かまぼこを受け取ろうと優馬の手が伸びてくる。


その瞬間、カケルの中で猛烈な勢いで訴えかける声が湧き上がってきた。

鼓動が鼓膜をついて内側から暴れ出す。


足元から震えが生じ抑え込もうとした。



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