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最高に胡散臭い老婆から、魔法のかまぼこをもらう変態的親切なブサイク馬

家の近く、鬱蒼と木々の葉っぱが生い茂る森に、カケルは食べ物を探すべく歩いていた。

正午前の高い位置にある太陽から重なり合った葉を透かして光が、頭上から注ぎ地面にまだら模様の影を落としている。


「もしも、そこの人」

しわがれた声が聞こえ、カケルは歩みを止めた。


首をめぐらし辺りを見回し声がした方を探していると、

「ここだよ」と少し離れた切り株の上に腰を下ろしている人影があった。


カケルの目線よりも低い場所だから気が付かなかったのか。

黒に近い紫色のローブを頭まで被った老婆がこちらを見上げていた。


声と同じように顔にも皺が無数に刻まれているが、

対照的に瞳は大きくギラギラと宝石のように光っていた。


そのアンバランス差が異様であり、ある種の威圧感を醸し出していて、

カケルは一瞬後付さりそうになった。


「そんな怖がらなくても、とって食ったりはしないよ」

カケルの気を察したのか、老婆が可笑しそうに笑う。

多少動揺しながらも老婆に近づいた。


「こんな森に女の人が一人で、どうしたんですか」

「私は旅をしてるんだが、見ての通り年老いた老婆でねえ」


ローブから腕を出して見せてくる。とても細く押せば折れてしまうのではないかと思った。

「長旅で疲れてしまって、こうやって一休みしていたんだよ」


なるほど休憩している所にカケルが通りかかったのかと事情を理解した。

「休んだんだけど、年には勝てないね。もう動く気力がなくなってしまって」

困ったようにため息を吐く老婆にたずねる。


「どこまで行くつもりなんですか」

「この森を抜けてしばらく行った所にある村まで行こうと思ってたんだ。今日はそこで宿をとるつもりでね」


老婆の言う村は、カケルの住む村とは反対側の方向にあり、ここからまだ距離がある。

「わかりました。じゃあ、僕の背に乗ってください」


ギラつく目を丸くした老婆に言う。

「村まで送りますよ」

「いいのかい?」


皺だらけの顔がぱあっと明るくなる。

「困っているようだったので」

と頷く。


嬉しそうに老婆は立ち上がると、膝をついて姿勢を低くしたカケルの背に乗った。

立ち上がると、目的の村に向かてあるき出す。


「よかったよかった。あんたが通りかからなかったらどうしたものかと思ってたんだよ」

老婆は最初からカケルに助けてもらうために声をかけてきたのだろうが、

特に嫌な気持ちになることはなかった。


見る者によっては、なんてこすずるい老婆なのかと思うかもしれない。

しかし老婆は本当に疲れて途方に暮れ、

実際困っているようだったので助けて上げるのは当然のことだ。


仮に老婆が気力を絞って村に向かったとしても、

たどり着けず夜のとばりが降りた森の中で過ごすことになるだろう。

危険が増す夜の森に一人になるとわかっていて、見過ごすことはカケルにはできない。




日が暮れる前に村の前までたどり着くことができた。


「ありがとう、助かったよ」

老婆をおろしてやると、皺を一層深くして笑った。


「当然のことしただけなんで気にしないください」

カケルも笑みを返す。


「気をつけて旅をしてくださいね、では僕はこれで」

「ちょっとまっておくれ」

挨拶して引き返そうとした所を呼び止められた。


「助けてくれたんだ、あんたにお礼をしなくちゃあね」

「お礼なんて・・そんなつもりで送ったわけじゃ」

「私の気がすまないから、ぜひ受け取っておくれ」


老婆が胸の前に手を差し出す。手のひらを上にして包み込むような形にした。

何をしているんだろう、と首をかしげていると老婆の手の中が光りだした。

あっと声が出そうになった。


光が大きくなっていき、形づいていく。目の前にしている現象に信じられない思いでカケルは見守ることしかできなかった。光が徐々に失われていくと、ぽとり、と手の平の中に何かが落ちた。


覗き込むと白い色をしたかまぼこだった。


「かまぼこ?」

思わずそうこぼす。


かまぼこはきれいな白色でとても美味しそうに見えた。

食べ物を森に取りに来たカケルは思わずお腹を鳴らしそうになる。


「これはただのかまぼこではないよ」

老婆が口角を持ち上げてニヤリと笑う。


カケルを見つめる瞳のギラツキが増したように見え、カケルは圧倒されそうになった。


「このかまぼこは自分が渡した相手が食べると、相手の容貌を奪い取ることができるんだ」

「容貌を奪い取る?」


聞き間違いかと思わずカケルは繰り返す。

かまぼこを誰かにあげて、食べさせればその人の容姿をもらうことができるだって?


「まさか、そんなことが。かまぼこを食べてもらっただけでできるわけないでしょう」

老婆の言うことがとても信じられず、カケルは首を振る。


確かに老婆がいきなり手の平からかまぼこを生み出したことには驚いたが・・・。

「信じてないようだねぇ、どれ試しに」


気分を害した風でもない老婆が愉快そうに、近くの木の上を指し示した。

そちらを向くと、木の上で二匹の猿が枝に成った実を取って食べていた。


一匹は精悍な顔付きの猿で、もう一匹は顔にまだら模様のシミを持った猿だった。

シミを持つ猿が大きな実を見つけたのか、手をのばして採ろうとした所を、

精悍な顔の猿が素早く近づいて横取りしてしまった。


シミを持つ猿が怒って取り返そうとしたが、精悍な顔の猿が腕で激しくシミを持つ猿の顔を叩き、

返り討ちにしてしまった。


満足そうに大きな実を食べ始めた猿を、しばらく恨めしそうに見ていたが、

あきらめたのか去っていこうとする。


そこへ老婆が手に持っていたかまぼこをシミを持つ猿の方に投げた。

ちょうど猿の立つ眼の前の、枝の上に落ちた。


かまぼこを手で持ち上げて不思議そうな顔をした後、

食べれるものだと判断したのか、口を開いてかまぼこを入れようとする。


その様子を見ていた精悍な顔の猿が、再び接近してきて手に持つかまぼこを奪ってしまった。

空になった手を呆然と見つめた後、再度取り返そうとしたが先程同様に払いのけられてしまった。


その一部始終の様子を見ていたカケルは複雑な気持ちになった。

強い者が弱い者の全てを有無を言わさず理不尽に奪っていく・・猿も一緒なのか。



精悍な顔つきの猿が満足そうな顔で、手に入れたかまぼこにかぶりついた。

がつがつと噛み砕いていると、猿の顔が歪みだした。


猿の顔がでこぼこと波打つ様をまさか、そんなことがとカケルは凝視する。

離れた所にいたシミを持った猿の顔も同じように波打ち変形し始めた。


歪みがおさまり精悍顔だった猿は、

顔中にシミを散らし、整った面影など見当たらない容貌になっていた。


シミを持った猿の顔からはシミ一つ消え去り、精悍な容姿になっていた。






「猿の顔が入れ替わっている?」

そう漏らしたカケルに、老婆は満足そうに頷く。


「これでわかっただろう?私の話が本当だってね」

「どうしてこんな不思議なことができるんですか?あなたは魔法使い?」

浮かんだ疑問を老婆にぶつける。魔法とでも言わなければ説明がつかない。


「元々は魔法使いでもなんでもなかった、ただの人だったよ」

老婆は遠い目をして語り出す。


「でもどうしても魔法を手に入れなくちゃいけないわけがあってね、

死にものぐるいで鍛錬を積んで魔法使いになったのさ」


老婆のギラついた瞳に一層チカラがこもったのがわかった。

事情の知らないカケルにもわかるくらい、老婆に切実な理由があることだけは伝わってきた。


「さあ、私の昔話をもうおしまい」


手の平から新たにかまぼこを生み出すと、カケルに差し出した。

かまぼこをじっと見つめた後カケルは首を振った。


「こんな恐ろしいもの、僕は受け取れません」

他人の容貌を奪えるかまぼこだなんて。

仮にカケルがもらって、誰かに食べさせ相手の容姿を手に入れたとしたら。


相手はカケルの醜い容姿になってしまう。

美しくなりたいとカケルの自分勝手なわがままで、

理不尽に他人の容姿を奪うなんてとてもできない。


かまぼこを頑として受け取ろうとしないカケルを目を細めて見つめてくる。


「親切にしてもらったからあまり言いたくはないんだけどね、

あんたはその容姿でこれまでの人生苦労してきたんじゃあないのかい?」


老婆の言葉に過去の出来事が駆け巡る。


醜い容姿のせいでオス馬達にいじめられたこと、想いを寄せるメス馬のミサに見向きもされないこと、そして・・・母親がカケルを置いて出ていったこと。


辛いことが多かった。そしてこれまでだけでなく今も、これからも変わらないだろう。

老婆の指摘に怒り反論するなんてありえない、残酷な事実だから。


「誰にだって幸せになる権利はある、平等にね。それにあんたはそんな容姿だけど、

心の優しい馬だ。幸せにならなくちゃ不公平だろう?」


かまぼこを握らされる。老婆の言葉にカケルの心は揺れていた。


「使いたくなかったら使わなくてもいい、持っててくれるだけでもいいから、あんたの自由だ」

やはり受け取れない、と言おうとしたが口からその言葉で出てくることはなかった。


「後そのかまぼこは食べ物と一緒で、賞味期限があるからね、腐ると魔法の効力はなくなるから」

まあ、もって後一週間くらいか、と老婆が言った。


「送ってくれてありがとう、あんたの幸を祈っているよ」

そう言い残し老婆はゆっくりとした足取りで村の方へと消えていった。


カケルはその後ろ姿を見送ることしかできなかった。

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