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クロス・クロイツ④

「話を(さえぎ)るんじゃねーよ。しつけがなってねーな、人間。」


 すぐ目の前に魔族がいる。

 動きがまったく見えなかった。ゾイドを殴ったのか蹴ったのかすらもわからない。

 早鐘のように鳴らす心臓とは対照的に、背筋が凍りついたように冷えた。


 リッケルとベントスがゾイドに駆け寄っていく。

 ゾイドが心配だが、俺はこいつの相手をしなきゃならなそうだ。


「なってねーな人間、って、貴様は人間じゃないような話しぶりだな。」

「ああ、人間じゃあねーしなぁぁ。」

「魔族か?」

「なんだわかってんのか。驚かせてやろうと思ったのに。」

「何人か会ったことがあるからな。」


 こいつのような不気味で圧倒的な気配を持つ者はいなかったが。


「そりゃ妙だな…ああ、多分それは勘違いだ。あの雑魚はおれたちとは違ぇよ。薄まりすぎてもう全然別種だわ。」

「ん? 言ってることがよくわからんのだが。」

「そうだなぁ、虎と猫みたいなもんだ。おれたちが虎、あんたが会ったってやつは猫。まぁあんまり気にすんなよ。それより…」


 言いながらブルージャネークを一匹つまんで拾い上げた。

 横目でリッケルたちを見る。

 ゾイドは生きているようだ。良かった。


「こいつらはさ、おれが育ててたんだよ。」

「……!?」


 一瞬、思考が停止した。

 何を言っているか理解しがたい。

 まさか魔物を育ててるって言ったのか?


「実験的なもんでさ、獲物となる人のいないところでどの程度育つか、増えるか、試してたんだよな。ほら、こいつらただの花じゃんかぁ。人を殺す必要ねーし。」

「なんのためにだ。」

「あん? そりゃどこにかかった質問だ?」

「なぜ魔物を育てているか、だ。そもそも魔族は魔物と意志疎通ができるのか?」

「その呼び方はやめろ。雑魚と一緒にされんのは嫌だね。そうさな…あんたらの言葉で言うなら、古い魔族、ってとこかね。」

「古い魔族…?」

「意志疎通は微妙だな。命令はできるが魔物が何を考えているかなんておれはわからん。」


 命令ができる!?

 もしかしたらこいつは魔物のボスみたいなもんなのか?


「ああ、『なぜ魔物を育てているか』だっけ?」

「ああ、そうだ。が、貴様の質問に答えていなかったから先に答えよう。我らは調査に来ている。季節外れの花畑の。」

「…ふーん。なるほど、ね。悪目立ちしちまったってことならおれの落ち度かね。」


 さっきの返答だけで経緯まで理解できたような口ぶりだ。

 頭が良いらしい。

 なら会話だけでこの場に決着を着けられるかもしれない。

 いや、決着を着けなければならない。

 もし戦闘になれば全滅は避けられないだろう。


「理由次第じゃこの島を危険区域かなんかにして立ち入り制限をかけることもできるが。」

「へぇ…。いやぁ平和な理由なんだぜ? 祭りのときに街を花でいっぱいにしたいんだよ。魔大国(くに)じゃ普通の植物なんか育たないからな、それでわざわざこっちまで出張(でば)ってきてるんだ。」

「植物が育たない? 西の砂漠にでも暮らしてるのか?」

「そーだよ。砂漠よりもっと西だ。」


 まさか西域か?

 と思ったが飲み込む。

 掘り下げるべきはそこではない。

 確かに、こっちで花を摘んでも西域まで移送するのは難しいから花の付いた魔物を連れていく、ということならわからないでもない。

 荒唐無稽な話ではあるが、魔物に命令ができるという前提なら一定の納得もできる。しかし…


「それじゃあその祭りのための花を我らがだめにしてしまったということになるな。」

「だな。正直気が滅入るね。また育て直さなきゃならないなんて。」


 また育てるつもりなのか。

 しかし損失の補填を求めてこないのは不自然すぎるな。


「済まなかった。事情を知らなかったとは言え、謝罪はしよう。しかし魔物となると我らとしても看過し難いものがあるというのも理解して欲しい。」

「………。」


 魔族、いや古い魔族が目を細めてまっすぐ我を見る。

 こちらも負けじと見返す。

 目をそらしてはいけない。


「案外、話が通じるもんだな。今まで会った人間は割と問答無用で攻撃してきたもんだが。」

「話し合いで解決できるならその方がいい。仲間を殴られたことに怒りは感じるが、我らが先に魔物を滅ぼしたわけだしな。」

「お互い様ってやつかぁ?」

「痛み分けって言った方が適切だろう。損失はそちらの方が大きいから…そうだな、育てたブルージャネークを全て西のあんたの国に連れていくっていう条件でなら、この島をしばらく立ち入り禁止にするよう湖の東側の町の冒険者ギルドと漁業ギルドに掛け合ってみよう。それでチャラにしてくれないか?」


 古い魔族が首に手を当てて天を仰ぐ。

 数秒経ち、視線を我に戻して言った。


「名前はなんて言うんだ? おれはムビリンガニだ。」

「クロス・クロイツだ。」

「悪くないぞクロスクロイツ。正直、ぶっ殺してやろうと思ってたんだがなぁ。見逃してやるよ。」

「…そりゃあありがたい。」


 本心から言う。

 さっきの動きだけで判断したとしても、こいつに勝てるとは到底思えない。


「花は育て直しだからな、三月(みつき)は欲しいな。立入禁止、頼んだぜ。」

「ああ、尽力しよう。ちなみに湖の西にある町は国外だから無理だからな。そっちの町のやつに何かされたのを勘違いしてこっちに来て誰彼襲うとかはやめてくれよ。」

「そんなこたしねーよ。」

「なら安心だ。それじゃあな。」

「おー、またなクロスクロイツ。」


 できればもう二度と会いたくないがな。


「リッケル、ゾイドは?」

(あばら)がイってるが大丈夫そうだ。オレがおぶって行く。」

「頼んだ。話は聞こえていたな? さっさと島を出るぞ。」

「ああ…。」


 そして俺たちは足早に島をあとにした。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「…エーラスティン、カントゥリリスパ、ザン、テムド、サークラント、ゴイズ。」


 焼けた臭いの漂う中、ムビリンガニが長い詠唱を終えて手を振るった。


「ギャリステッド。」


――ズズ…


 ムビリンガニの目の前に黒い(もや)が立ち、その中から何かを引きずるような音がした。

 そして(もや)から魔物が這い出てくる。

 虎よりも一回り大きいくらいか。

 四つ足のずんぐりした姿で、大きな口が地を向いている。

 それに向かってムビリンガニが冷たい声で言った。


「蛇の死体を食え。」


――ボァア…


 魔物は一声鳴くと、のそのそと動き出して焼けたブルージャネークを食べ始めた。


「クロスクロイツ、か。こいつら瞬殺だったし、結構やるのかと思って期待したんだけどなぁ。」


 その古い魔族は返事をする者もいないのに言った。


「勇者じゃあなかったか。」



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