買い物①
「またお越しください。」
水百合亭の店長が言った。
口調は静かだが、でかい体から放たれる声は野太く大きい。
ごちそうさまと応えて通りに出る。
今回は肉のランチにしたが、やっぱり美味しかった。
根菜ソースを選んだフィネもご満悦のようだから、この店は何を食っても当たりらしい。
「夜まで何しよっか?」
通りをゆったり歩きながらフィネが言った。
「買い物と、エルが言ってた観光地のどれかに行ってみないか?」
「観光? 買い物はいいけど、観光?」
「だめか?」
「あー、そゆとこのんびり行ったことないからわかんないけど。うん、行ってみよっか。」
「興味ありそうなとこもないのか?」
「うーん…」
俺が一番気になるのは刀剣美術館だな。
『創剣』の参考になるだろう。
「あの動く島みたいなやつ、ホルンって言ったっけ? あれよく見てみたいかなー。あとあの塔のてっぺんも行ってみたい。」
町で一番高い塔を指差すフィネ。
しかしどっちも観光地じゃないぞ。
だが…塔の方はどうにかはなるかもしれない。
「ホルンには近づいちゃマズいんだろ?」
「ふっふ、変に刺激して暴れられたら港が壊滅するよね。」
「楽しそうに言ってるけど冗談だよな? 実際港が壊滅したら結構大変なことになるぞ。」
「もちろん冗談だよ。」
「トゥルムは…昼に飛ぶと目立つから夜ならって感じか。どうせならユリアナも連れていこう。」
飛翔風でひとっ飛びで行けるはずだ。
結界とか防御魔法とか張られていなければだが。
「名案だね。でもユリアナは腰抜かしちゃうんじゃない? あの飛ぶ魔法は速すぎると思うけど。」
「ふむ、なるべくゆっくり飛ぶよ。」
「……うん、いっか。」
「トゥルムは夜だとして、昼間は湖が見れる展望台に行くか。あと俺は刀剣美術館行きたい。」
「いーよ。どっちが近い?」
「はは、エルがいないとわからないな。他の案内人でも頼むか?」
「それはないわ。先買い物してお店で聞こ。」
「了解。」
セルテン商会の紋章を探して、手近なセルテン商会の雑貨屋に入る。
看板の下には『市民と冒険者の味方』タバナ道具店と書いてあった。
「いらっしゃいませ。」
店員がこちらに気付いて挨拶したが、すぐに品物の整理を再開した。
服飾店のように話しかけてくるわけではないようなので、フィネと分かれて好きに見て回る。
ふむ、そこそこ大きな店だ。
店の左右に分かれていくように品物が並べられており、片や生活雑貨、片や冒険者向けの旅道具や薬なんかが置いてある。
特にこれが欲しいというものがないので何の気なしに見ていたところ、風石と書いた札を見つけた。
この間使ったものとは色も大きさも異なる石が3つ並んでいる。
って、金貨6枚もするのか。フィネが言っていたよりも高いな。
次に目に付いたのは次元袋だ。
置いてあるのは一つだけ。手の平サイズのもので金貨10枚。
セルテンからただでもらって良かったのだろうかと不安になる。
しかしやはり欲しいものはない。
何かしら買わないと道も聞きづらいから、生活雑貨を見る。
お、レクチアがある。
甘い香りのする薬草だ。
乾燥させたものに湯を注いでお茶にすると心が落ち着く。
これ結構好きなんだよな。買おう。
一束取って店の人に声をかける。
「これが欲しいんだが。」
「ありがとうございます。ほかにご入用なものはございませんか。」
「ああ。」
「銭貨5枚になります。」
革袋から銭貨を5枚取り出して渡す。
「ちょうど頂戴します。お包みしますか?」
「このままでいいよ。ところで刀剣美術館ってここから近いか?」
「ええ、この店の一本裏の通りが緩い昇り坂になっていますので、上まで行くとありますよ。」
思ったより近くにあるようだ。
「わかった、ありがとう。」
店内を見回してフィネを探すと、フィネはフィネで何か買い物をしているようだ。
店の入り口で待って合流する。
「何かいいものはあったか?」
「消耗品の補充だけだね。そっちは?」
「お茶を買った。」
「へぇ、なんのお茶?」
「レクチア。」
「ああ! あれ良い香りするよね。アタシも好き。」
「だったらあとで一緒に飲もうぜ。」
「うん!」
そのあとは刀剣美術館に行ったが、ここにはあまり参考になるようなものはなかった。
展示されていたのは宝石や貴金属で飾った本当に美術品のような武器ばかりだったからだ。
例えば、刀身が赤い宝石で作られている剣だ。それ自体は美しいと思うが、実用性は皆無だろう。
反面、フィネはあの剣はいくらするだろうとか作るのにいくらかけたんだろうとか言って意外と楽しそうだった。
美術館を出ると、出口の目の前には武器屋が並んでいた。
なるほど、立地としては好条件だな。
武器屋にしては豪華な看板を順に見ていくと、セルテン商会の紋章があった。
「フィネ。」
「オッケー、入ってみよ。」
皆まで言わずとも伝わったらしい。
重厚な扉を押し開けて中に入る。
「いらっしゃいませ。」
身なりの良い服装の男性が3人、こちらに気付くなり礼をしながら言った。
「ぅおお…」
フィネが気圧されたように後ずさる。
気持ちはわかる。間違いなく高級店だ。
別に威圧されたわけではない、どころか歓迎されているんだが…。
店員の一人が落ち着いた足取りで近づいてくる。
「店内はご自由にご覧いただいて結構です。ぜひ手に取ってお確かめください。何かお探しのものはありますか?」
俺とフィネを交互に見ながら言った。
丁寧な物腰に少々気後れしていまう。
「いや、特には…」
「承知しました。もし気になる商品がございましたらご説明しますのでお声がけください。」
「ああ…」
そう言いながら店員の眉が少しだけ上がったことに気付いた。
目を見開いたというほどではない小さな変化だが、もともとの落ち着いた表情からのギャップが大きい。
視線の先にあったのはフィネの手だ。次に一瞬だけ俺の手を見た。
多分セルテンからもらった指輪に気付いたのだろう。
「それではごゆっくり。」
言って店員は店の奥に下がり、そのまま扉の先に消えていった。
店内には他の二人の店員が残っているが、近づいてくることはないようなので順番に武器を見ていく。
ちょっと見ただけで上等だとわかる品々が並んでいた。
刃はよく研がれた上に磨きまでかけているからキラキラと輝いている。
華美な装飾のものから地味で剛健なものまで、様々な客層を意識して揃えられているのも面白いし、何より実際に使うことまで考えられているのが良い。
ここの方が刀剣美術館よりよっぽど参考になるな。
「これさ、見て覚えたら『創剣』で複製できるの?」
「できるぞ。このデザインをそのまま真似たら盗作だって言われて売り物にはならないだろうけどな。」
笑いながら言ってやる。
自分で使う分にはいいが商売には使えないだろう。
目立ちすぎる。
「さすがに無理かぁー。ま、金はいいか、今は余裕あるし。」
「使い道に困るよな。」
「な。」
二人で笑っていると、横から店員が近づいて来た。
さっきとは別の、他の二人とも違う初老の男性だ。
「ようこそいらっしゃいました。」
男性は洗練された動作で胸に手を当てて言った。
口元は上品に笑っているが、目つきは狩人に似ているな、と思った。




