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クロス・クロイツ②

「誰だ!?」


 咄嗟に言葉を放つ。

 しかし訪問者は我の問いには答えず「どさっ」という音を返した。

 何かを床に落としたらしい。


「おい! 何が目的で俺を拘束しているのだ?」


――キィ。バタン。


 また扉の音。

 奴め、部屋から出て行きやがった。

 完全に無視されたようだ。

 腹立たしい。

 とりあえずこの部屋に鍵がかかっていないことは音でわかったが、状況の打開には至らない。

 まずは奴が落としていった何かを確認しよう。


――ゴロゴロ…


 体を回転させて音のした方へ向かう。

 すぐに体が当たった。

 人だ。

 手が使えないから詳しくはわからないが、腕に当たった感触で人であることくらいはわかる。


「なぁ、アンタ。アンタも捕まったのか?」

「……」


 返事がない。

 体温を感じるから死体ではないと思うが、気絶でもしているのだろうか。

 そういえば俺も意識を失った状態で運ばれたんだった。

 この人も同じなのだろう。


「おい、起きろ。」


 声をかけるがやはり反応はない。

 薬剤の類で意識を飛ばされたのならしばらくは起きないだろう。

 これではまた『待ち』になってしまう。

 しかし、さっきまでよりは幾分か気分が楽になったような気もする。

 希望的観測であることは明白なのだが、人の精神とはやはり妙なものだ。


 …とはいえ、このままで良いというものでもない。

 とりあえず刺激を与えてみるか。

 俺が自由の身なら両の頬を平手で張るのだが、今の状態では体当たりしかできない。


――どん。


――どん。


 体を転がして離れてはぶつかり、離れてはぶつかる。

 もしも見ている者がいればなんとも滑稽な姿だが、他に誰もいないのだから別にいい。


――どん。


「…んん。」


 声。


「っおい! 起きろ!」

「え? あれ?」


 子供か若い女の声だ。


「自分のことはわかるか?」

「あの、ぼくはなんで縛られているんでしょうか。」

「わからん。我も縛られているが、状況はわかっていない。」

「ええと…そうなんですね。目隠しも一緒ですか?」

「ああ。目隠しがされていて両手が包帯のようなもので縛られていて指も動かせない。なぜか口は自由だが。」


 寝転がったまま、相手の顔も見えずに話すのは何か変な気分だ。

 怖い、とも違うが、自分の中に生まれた不自然さに馴染めない感じというか。


「じゃあちょっとだけ違いますね。ぼくはロープです。」

「うん? 何がロープなんだ?」

「手首をロープで縛られている状態なので手は動きます。」


 それは良いことを聞いた。

 ロープなら一か所を切れば容易(たやす)(ほど)ける。


「なら我がロープを噛み切るから、そのあと我の手を解放してくれないか? 指さえ動けばあとはスキルで脱出できる。」

「あ、はい。えっと、どうすればいいでしょう。」

「先に目隠しを取ろう。」


 体を捻って彼…あるいは彼女の頭に自分の頭を近づける。

 そういえば名前を聞いていなかった。


「我はクロス・クロイツ。貴殿の名は?」

「エルです。」

「エルか、良い名だな。」

「そうですか…?」


 怪訝(けげん)そうな声。

 あれ、これって普通誰でも喜ぶやつじゃないの?

 …いや、気にせず行こう。


「エル、目隠しを切るから、後ろを向いてくれ。」

「はい。」


 ころん、と小さな音がしてエルが転がったのがわかる。

 俺は這うようにしてエルの声がしていたところに頭を近づける。


 鼻先に髪の毛を感じた。

 それと同時に布の感覚。

 そこに噛みついた。

 強く噛んだまま首を捻って引きちぎる。


――ビリッ…


 半分ほど切れただろうか。

 思ったよりも抵抗がなかった。粗雑な布のようだ。


――ビッ。


 もう一度噛んで首を動かすと完全に切れた。


「ありがとうございます。」

「ああ、ここは小屋か何かだと思うんだが、周りにロープを切るのに役立ちそうなものはないか?」

「いえ、何も置かれていませんね。」

「そうか。じゃあやっぱり噛み切るしかないか。我の目隠しを取ってくれるか。」

「はい…。」


 自発的にエルに背を向けると、頭の後ろから気配が近付く。

 そして耳のすぐ後ろに吐息。

 恋人ならともかく、これを他人にされたらたまらないな。

 いきなりやってしまってエルにも不快感を与えてしまったかもしれない。


 目隠しが引っ張られ、目のところが絞まった。

 少し痛いが我慢だ。

 と思ったらすぐに緩んだ。


「うーん、ぼくの力じゃ引きちぎれないです。」

「む…そうか。」


 確かに力が要るしな。

 それなら目隠しのままロープを噛み切るしかないか。


「ずらすだけじゃだめですか?」

「ああ、その手があったか。それでいい。」

「後ろじゃやりづらいのでこっち向いていただけますか?」

「ああ…。」


 エルが再び近づく感覚。

 今度は正面から吐息を感じる。

 これはなんというか…


――バンッ!


 急に大きな音が鳴った。

 反射的にエルが首を動かした。

 扉の方を見たのだろうが、さっきの音は少し鈍かった。

 たぶん隣の部屋だ。

 ここがどういう規模の建物なのかはわからないが、響きようから察するに案外小さいのかもしれない。


 それより、あいつらが戻ってきたのだろうか。

 であれば暁光か、それとも最悪の事態になるのか。


――キィ…


 木戸の開く音。

 足音が一つ。

 一喝してやろう。


「いい加減にしろ! 何が目的なんだ!?」

「イズミさん! フィネさん!」

「え?」


 隣でエルが言った。

 ならエルの仲間か?


「誰かと間違えてるみたいだが、俺たちの目的はアンタじゃないぞ。」

「エルっ!」


 男の声と女の声。

 足音は一つだったはずだが。


「ま、アンタも解放しよう。暴れるなよ?」


 そう言って男がオレの拘束を解いた。

 そして目隠しを外されると、視界が(あらわ)になる。


 やはり木造の建物で、小さな部屋だ。

 女の方は子供の縄を解いたところで、そのまま抱きしめた。

 あの子がエルか。

 助けに来た女は姉か何かか?


「あの子が(さら)われたからな、助けに来たんだ。(さら)ったやつらはいないみたいが、何か知らないか?」


 男が言った。

 我は即座に答える。


「助けてくれたことに感謝はするが、話はあとだ。ちょっと待っててくれ。」


 そして部屋から飛び出す。

 隣の部屋には外に繋がる戸があったようだ。

 今は破壊されており、壁に穴が開いている状態だ。

 開ける手間が省けた。

 急いで外へ。


 限界ギリギリだ。

 これはかつてカレイドワスプ討伐で敵に囲まれ、我が敵を殲滅(せんめつ)するのが先か魔力が枯渇(こかつ)するのが先かの超絶ピンチを乗り越えたときと同じくらいの感覚。

 そして我は此度(こたび)も打ち克ったのだ。

 尿意に――



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