アザーサイド①
「ああ、待っていたよ、アメリー君。」
私はこの男が嫌いだ。
「まずは掛けたまえ。」
ジェード。
ステイナドラー冒険者ギルド副本部長。
私がギルドに入職した当時こいつは窓口の室長だった。
その頃からずっと嫌いで仕方がない。
長居する気はないので立ったまま言う。
「お待たせしました。御用件は。」
「せっかちだねぇ、君は。」
眉間に皺を寄せた笑顔を見せる。
困った人だと言わんばかりの態度。
こういうところも鼻に付く。
「業務が滞っておりますので。」
「それでもだ。君がせかせかしていては周りの者にも影響が出るだろう。ギルドなんてのは雑然として慌ただしいのが普通だとしても、本部くらいは泰然としていなければ。」
「承知しております。」
「ならばいいがね。」
わざとらしく眉を上げて見せる。
よく表情を変える男だ。
普段の軽い口調も相まって部下の一部からは明るい人柄だなんて言われている。
表情豊かなようで目は笑っていないが。
「それで、御用件は?」
「ほら、ほらほら。また用件を急ぐ。ちょっとは世間話とか、ワタシに報告する事項とかないのかね。」
そんなものはない。
私は本部長秘書だ。
副本部長と話すことなど本部長からの言伝以外にない。
その本部長が不在だからこいつに呼び出されるような事態になっているわけだが。
「本日は特にございません。」
「本日も、だろう。君が自発的に報告をくれたことなんて一度もないじゃないか。…はぁ。」
わざとらしいため息。
ため息を吐きたいのはこちらの方だ。
「まぁいい。また人攫いの調査依頼が上がってきている。これまでと同じ、眠り草を使った犯行で、家人が全員眠らされて子供だけがいなくなっている。夕方、まだ人通りが多い時間だったというのに目撃者はゼロ。現場には人攫い関連は通常の依頼と同じように扱うよう言っておいたが、それが裏目に出てね、依頼料を上乗せしてきたからCランクに掲示した、との報告だった。特別扱いに見えないように依頼票を盛っておいてくれ。」
「確認しておきます。」
「頼むぞ。それに解決も急がなくてはならない。ギルドの面子もあるが、何より人として許せんからな。」
下唇を噛んで見せるジェード。
しかし相変わらず暗い目つきが変わることはない。
「…それで、アメリー君、イズミ・アドルフィンのコンビは快く引き受けてくれたのかい?」
「……いえ、無下に断られてしまいました。」
「なんだって?」
「断られてしまいました。申し訳ございません。」
「わざわざ君が出て頼んだのにか?」
「はい。」
「チッ、これだから冒険者は…」
指先で机をカツカツと叩く。
苛立った仕草だけは本心からやっているように感じる。
「……やはり本部長の指示を仰ぐべきでは。」
「本部長は他国ギルドとの外交策でお忙しいのだ! 何度も言っているだろう。それに、ステイナドラーのことは私に任せるとおっしゃられた。いちいち指示を仰ぐ必要などない。」
「………」
本部長がギルドに出て来なくなって何日になるだろうか。
その間の責任者はコイツだが、改善された事案は一つもない。
「なんだその目は。君はカルスルエ内の執務の秘書だ。それは他ならぬ本部長が言ったことだろう。今はあの新しい秘書に万事任せておけばいい。」
言われるまでもない。
当面はカルスルエ内のことについて対応しろと本部長から直接の指示を受けている。
これは絶対だ。
だがこのままでは事態は悪化する一方だ。
「しかし」
「君と違って!」
ジェードが言葉を遮って言う。
「君と違って、彼女は元Bランク冒険者だ。護衛の面でも万全だ。」
く…。
本部長の身の心配をしたわけではないが、今は何を言っても反論が降り注ぐだけだろう。
しかし、あの女はあの女で信用できない。
確かにそちらの懸念もある。
急に別の秘書を雇うなんて、本部長らしくもないし。
護衛が必要なら護衛として雇えばいいだけだ。
護衛を兼ねる必要性などまったくないはず。
「まだ何かあるのか?」
ジェードが私を睨みつける。
「…ありません。」
「誘拐の件、別な手を考えておきなさい。今日はもう下がってよろしい。」
うるさいこの××野郎。人も金も出さずに登録冒険者を頼るだけで解決するわけないだろ!
と叫びたい気持ちを抑えて部屋を後にする。
今日は定時で帰ろう。
カレも定時上がりだって言っていたし、少し高価いワインで乾杯して気を紛らわせるとしよう。
うん、それがいい。
そういえば明日は南部から人材交流の職員が着任するんだった。
朝から出勤してくるはずだし、その準備だけはしておかなくては。
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――バタン。
「全員揃っているかな?」
部屋に入るなりボックが言葉を放つ。
その部屋には、武装した男女が6人いた。
剣士風、魔導師風、盗賊風と、まるでまとまりがない。
ある者はソファでくつろぎ、ある者は壁に寄りかかっている。
「イレージ以外は来てます。」
剣を佩いた男が答えた。
「イレージは……まぁ、いい。諸君らに集まってもらったのは他でもない、ラインハルト様の助けになってもらうためだ。」
ボックがそう言うと、やけに高い声の女が言葉を返す。
「それはわかってるわよ、おじいちゃん。いつものことじゃない。さっさと本題に入って。」
「ふん……イズミという冒険者を知っているか?」
「知らないな。」
「おれも知らん。」
全員が沈黙したため、ボックが再び口を開いた。
「…そうか。イズミは10日ほど前にこの街に来たランクFの冒険者だ。ジョブは武装支配者。」
「いやいや、いくら同業者ったって来たばっかの雑魚冒険者なんか知らねーって。ここにいんの全員Bランクだぜ?」
「なるほど、それもそうだな。ちなみに君たち、ケムニック博士のキメラやガルガンガニの討伐は可能か?」
「…まぁ、問題はないな。ギルドの報酬じゃあ安すぎて受ける気しないが。」
「ランクFが二人なら?」
「無理だろ。」
「イズミはそれをやってのけている。」
一瞬の沈黙。
「…そりゃあすごい。だがよ、ボックさん。冒険者に転向した元王国兵とか、元々強いやつがやったってんなら不自然ってほどでもないぞ?」
「奴は若い。それはないだろう。私は強力な魔具でも使ってるんじゃないかと考えている。」
「ちょっと、話が見えないわよ。何が言いたいの?」
「そのFランクに、ラインハルト様がいたくご執心でな。ちょっと冷静になって欲しいのだ。あんな男が英雄ではないと気付いて欲しい。」
「つまり?」
「おい待てよ、殺しはやらないぞ。」
「おれもごめんだ。」
ざわつく6人を手で制して言う。
「そうではない。なに、ちょっと脅かしてその強力な魔具を壊すか奪うかしてくれればいい。」
「……」
またも沈黙。
少し間を置いて、盗賊風の男が口を開いた。
「…世話になっておいてこういうこと言うのもアレだけどさ。ボックさん、結構性格悪いよね。」




