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本部長秘書からの依頼②

秘書(アメリー)は2番埠頭(ふとう)って言ってたよな。」

「……」

「フィネ?」

「…うん。たぶんあれかな?」


 少し不機嫌そうなフィネが指差す先には、大きく2と書かれた立札が上がっている。

 朝食後すぐに湖港(ここう)まで来たのだが、観光船のような船が停泊している辺りを除いて閑散としていた。

 市場ではもう競りが終わって片付けをしているし、漁船ももう出港したあとなのだろう。


「おう! あんたたちがアルトフェルスに行くって冒険者かい!?」


 後ろからそんな言葉が聞こえ、振り返ると船乗り風の男がこちらに近寄って来ていた。

 歳は20代も前半だろうかという若さだが、袖のないシャツから出る腕は丸太のようだ。


「そうだ。冒険者ギルドからの依頼で。」

「オレが船を出すことになってる。ダズだ。」


 ダズが差し出した手を握ると、すごい力で握り返された。

 思わず強く握り返してしまう。

 しかしそれを上回る力で握り返されるので、こちらも余計力を込める。

 ギリギリと音が鳴りそうな状態だ。


「「よろしく。」」


 声にもつい力が入ってしまい、ダズの声と重なった。


「うっわ、男くさ。あたしはアドルフィン、よろしくね。」


 そう言いつつほこりを払うように手を振った。

 自分は握手しない、そういう意味だろう。


「俺はイズミだ。」

「おう、じゃあこっちだ。」


 ダズと並んで歩く。

 俺よりも頭一つ分くらい背が高い。

 体格に恵まれているから冒険者をやれば大成しそうなものだ。

 もちろん船乗りも漁師も筋力が要る仕事だというのはわかるが。


「ヤーンで悪いな。海と違って小回りの利くのを使う漁師が多いんだ。」


 ダズが小さな船の前で止まり、ロープをいじり出した。

 小さいと言っても大男(ダズ)が3人は寝られそうなサイズ感ではある。


「船に乗るのは初めてだ。」

「ンガハハ! 船なんて上等なもんじゃないって。こいつを見るのも初めてか?」

「ああ。俺は初めて見る。」


 木造のボートのような台の周りに葦束(あしたば)を巻いて浮かせている船だ。

 中央にマストが1本あり、大きな帆が縛りつけられている。

 ヨットに近い外見だが、そう口に出せば全然違うと返されることだろう。


「この辺は風があるからな、ヤーン乗りの一人漁師が結構多いんだ。」

「ヤーンって言うのか。」

「おう。機動力があっていいぜ。まぁ乗ってみな。」


 ダズが埠頭にかけてあるロープを手繰り寄せてヤーンを埠頭に着けた。

 そのまま乗り込んで俺に向かって言う。


「乗るとき揺れるがひっくり返ったりはしないから落ち着いて乗って来い。乗ったら座れ。そうすりゃ安定するから。」

「わかった。」


 ヤーンに足を置くと少し傾いた。

 その足にはあまり体重をかけずに2歩目を踏んで乗り込む。

 そして言われたとおり、床に座った。


「アドさんもほれ。」


 ダズがフィネに手を伸ばす。


「だいじょーぶ。」


 フィネはなんなく乗ってきた。ほとんど揺れもしない。


「ほぉ、乗り慣れてんな。」

「初めてだよ。前に二人も乗るとこ見たらこのくらい簡単だって。」


 さっと俺と縦に並んで座る。

 フィネは当たり前のことのように言ったが、そんなに簡単じゃあないと思うけどな。


「よし、じゃあ出発するぜ。」

「頼んだ。」


 ダズがロープを埠頭から外す。

 同時に帆を張ると、すぐに風を捉えてヤーンが進みだした。

 思ったより速度が出る。


 到着までは湖の景色を楽しむとしよう。

 ここまで巨大な湖は初めて見る。

 大池や小さな湖とは違って波がある。

 もしかしたら海のように満ち引きもあるのかもしれない。


「しっかしアルトフェルスには何しに行くんだ!?」


 ダズが声を張る。


「あんなもう使ってない城、なんにもないだろ。お宝が眠ってるって話も聞いたことないし。」

「珍しい魔物が出たらしい。」

「ほぉ~、どんなやつだい?」

「白い鎧だ。」

「鎧ぃ!?」

「ああ、中に人が入ってないのに動くやつだ。」

「オカルトの(たぐい)か…? オレぁそういうのよくわからねぇんだが…」

「いいや、そういう魔物だよ。」

「へぇ~、それで、そいつを倒してどうすんだ? あそこに魔物がいたって困るやつはいないだろ。」

「鎧そのものが欲しいんだとよ。」

「はぁ~、そりゃ変なやつがいるねぇ。」

「ああ、それには同感だ。」

「あ! やっぱそうだよな!? 笑っていいとこだよな!」


 ダズがガハハと大声で笑っていると、フィネがさっきから見ていた湖の中ほどにある島を指して言った。


「ダズ、あの島って浮島(うきしま)かなんか?」

「んあー? ああ、ホルンだよ。」

「ホルン?」

「なんだ知らねぇのか。さてはこの町には来たばっかりだな?」

「フィネ、あの島がどうかしたのか?」

「動いてる気がして。」

「動いてるぞ。」


 ダズが言う。


「やっぱり。 浮いてんの?」

「いんや、そもそも島じゃねぇよ。今は(ケツ)向けてるからわかりにくいが、ありゃ生き物だ。」

「うぇ!?」


 フィネが驚く。

 ダズは真顔だ。

 本当なのだろうか。


「帰る頃にゃこっち向いてるかもな。頭でも見たら信じるだろ。」

「……何匹いるの?」

「ははっ! あれ一体だけだよ。あいつぁちょっと動くだけで大波が立つんだ。そう何体もいられちゃ漁ができねぇよ。」

「危険はないのか?」


 俺も聞いてみる。


「近づかなけりゃあな。敵意はなくてもあのでかさだ。オレたちが知らずに虫を踏んじまうのと同じことになるぞ。」

「なるほどな。ドラゴンとかバズブ鳥みたいなもんか。」

「みたいだね。」


 世の中には人よりも遥か格上の生き物がいる。

 積極的に人を襲うことはなくても、その圧倒的な力は人にとって脅威であり、見つけても絶対に近付いてはいけない存在だ。

 ホルンというのも同じようなものなのだろう。


「この湖に水生の魔物がいないのはホルンのおかげだっつって拝んでる年寄りもいるしな、確かにそういうのに近いかもな。ほかの国にゃドラゴン信仰なんてのもあんだろ?」


 ドラゴン信仰か。

 聖アロンにいたときに聞いたことがある。

 あの国では邪教扱いされていたが、たぶん普通の宗教なんだろうと思う。


「さーて、そろそろ町の外になるぞ! ごく稀に飛ぶ魔物が来る。オレが撃退すっから座ったままでいいがよ、居眠りはやめてくれよ。落ちでもしたら面倒だからよ。」

「わかった。」


 陸地を見ると農地になっていた。

 少し後ろに城壁。

 思ったよりペースが速い。


「そういやぁよ、二人とも武器持ってねぇけど魔導師かなんかなのか?」

「隠し武器を持ってる。」

「股間に?」

「そういう意味じゃない!」

「ははは!! 冗談だよ。敵は鎧なんだろ? でかいハンマーでも欲しいのかと思ったがね。」

「いや、ナイフで十分だ。鎧を破壊する必要はないんだ。」

「ほぉ~。」


 ダズが大げさに首を縦に振る。


「ねぇ、アタシたちが城にいる間ってダズはどうするの?」

「ん? 漁でもしてるよ。うちで食う分くらいなら獲れんだろ。」


 ダズが足のつま先で網に触れて見せた。

 その網で漁をするのか。


「そっち終わったら火ぃ焚くか、オレが気づくまで手ぇ振っててくれ。まめに気にしとくからよ。」

「ほいほい。」


 フィネが返事した。


 ダズは話好きな男で、そのあとも話題に詰まることなく話し続けた。

 そうしているうちに目的地の古城が見えた。


「あれがなんとかって城?」

「おう、アルトフェルスな。昔はかなり重要な要塞だったらしいが、今はただの廃墟だよ。」

「ふーん…」


 小ぶりな城だ。

 湖を背に構えて建っている。

 城の周りを覆うのはかつて庭園だったであろう雑木林で、それを囲うように低い防壁がある。


「あれ? 入口、城の正面にないみたいだけど。」


 フィネが目を凝らして言った。

 確かにそんなふうに見える。

 今は横から見ていることだし、正面に回ってみないとなんとも言えないが。


「オレは入ったことないからわからんな。ま、裏に停泊()けるから裏から入りゃいい。文句言うやつもいないだろ。」

「そりゃそうか。」


 古城と言う割には城そのものはまだきれいに見える。

 遠目に見る壁は白いし、屋根の濃い青も鮮やかと言っていい。

 高いところに造られた尖塔も折れてはおらず、城としての威容を保ったままだ。


 それからしばらく風に乗り、城の裏手に到着。

 ダズがヤーンを岸に寄せてくれる。


「これ以上寄せると船底が着いちまうからな、ちょっと足濡れっけど勘弁してくれ。」

「問題ないよ。ここまでどうもな、帰りは火で合図する。」

「おう! 気ぃつけてな!」

「じゃーね、ダズ。あんがと。」


 魔法で岸までの水を凍らせて道を作る。

 この程度ならわざわざ溶かさなくても昼間のうちに消えているだろう。


「ぅおっ! 魔法か!?」

「ああ、問題ないって言ったろ?」



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