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本部長秘書からの依頼①

 それからしばらくは依頼をこなし続けた。

 この町には達成難易度が冒険者ランクに見合わないせいで放置されている依頼が多いらしかった。

 人造キメラやガルガンガニがその筆頭で、ほかにも根まで焼き殺さないとすぐに復活するグランドトレントや、1個体は弱くても群れを構成する個体の数が多すぎて殲滅には多くの人数を要するブラウンアントの討伐など、フィネも見たことがないという依頼が様々あった。


 ガルガンガニを倒した次の日からはフィネと二人で動いた。

 なぜならエルは10日に3日しか案内人業をやっていないそうだからだ。というか、孤児院の決まりで頻繁に働くことはできないらしい。

 案内なしだと効率良く狩場を回ることもできないので、一日一依頼に決めてこなしていった。

 ランクに見合わない依頼と言ったところで、俺たちには特に支障はなかった。

 今日も下水道に住みついたボムピートという魔物を討伐してきたのだが…


「イズミ様、アドルフィン様、本日は本部長秘書が面会したいとのことです。お時間割いていただけませんか?」

「…?」


 フィネを見ると肩をすくめて返された。


「なんの用なのか聞きたいところだが。」

「それは知らされておりません。もし本日ご都合が悪いようでしたら明日(あす)の冒険の前でも構いませんとのことです。」


 そっちの方が面倒だな。

 どの道さけられないなら今日のうちに終わらせておこう。

 あまり気は進まないが。


「わかったよ。今からでいい。」

「ありがとうございます。イズミ様から見て右手の方に、ランプが灯っているのがわかりますか?」


 見ればこの広い空間を突っ切った先にランプが小さく見えた。


「ランプの両脇に扉がありますので、左側の緑色のエンブレムの扉から中に入ってお待ちください。」

「わかった。」


 フィネと二人でそこに向かう。


「なんの用だろうな。」

「面倒事だよきっと。断ろーぜ。」

「だな。その方針で行こう。」


 扉を開けると、中は応接室になっていた。

 上等そうなソファに腰を落とすと、ぼふっと少し沈んだ。

 セルテン商会のソファを思い出す。

 このソファも良いものではあるが、セルテン商会にあったものがいかに上等なものであったのか、逆に思い知る。


「あ、いつもどおり交渉はよろしくね。」


 フィネが言った。

 いつもどおりと言われても、あまり交渉した覚えはない。

 そういえば髑髏窟(どくろくつ)とかで相手と話しはしたが、交渉というほどのことではなかったし。

 ああ、オーベルンでのセルテンとの話は交渉と言ってもいいかもしれないが。


「だが判断は二人でしような。」

「はいはーい。」


 フィネは軽快に答えた。


 特にすることもなくだらだらしていると、しばらくしてドアがノックされた。

 少し声を張って応える。


「どうぞ。」

「失礼します。」


――キィ。


 かすかに木が(きし)む音だけを鳴らして扉が開いた。

 女性が一人入ってくる。

 キャラメルブロンドのウェーブヘアで、睫毛(まつげ)の長いたれ目が印象的な女性。

 ギルド職員の制服を着てはいるが、どこか雰囲気が違う。

 女性は向かいのソファの脇で止まり、ふわっと笑って頭を下げた。


「お時間頂戴しまして感謝申し上げますわ。」


 俺たちは座ったままだが、無礼な態度に(まゆ)をひそめたりもしない。

 微笑したまま続ける。


「わたくしはアメリーと申します。ステイナドラー冒険者本部、本部長の秘書を仰せつかっています。」

「それはご丁寧にどうも。とりあえず座ってくれよ。」

「それでは失礼しますね。」


 ここはギルドの中だし、ソファもギルドの備品だろうから俺が座れと言うのも妙な感じもするが。


「お二方にはたくさんの放置依頼を解決していただきありがとうございます。」

「ああ。」

「お仕事の速さにわたくしどもも驚きまして、支部ではどのような功績があったのか、つい問合せてしまいました。オーベルン支部長がかなりお褒めになっておりましたよ。」

「…そうか。」


 オーベルンから来たなんて一言も言っていないのだが、そういうのは調べられるというわけか。

 しかし…早く本題に入って欲しいな。


「それに、充分な実力をつけてから冒険者になったと聞いておりますので、当方としても安心して…」

「ちょい待ち。」


 フィネが声を上げた。


「はい、いかがいたしました?」

「そういうのはいいから本題に入ってよ。ってかイズミ、美人に弱すぎ。」


 そしてため息。

 いや、別に美人だから要件を急かさなかったってわけじゃあないんだが。


「承知しました。」


 アメリーが上着のポケットから羊皮紙を取り出してこちらに差し出した。

 紙を動かす指は細く白いが、爪には色が塗られていた。青とも緑ともつかない淡い色が。

 これは…マニキュアというやつだ。


「お二人にはこの討伐依頼をお願いしたいのです。」


 羊皮紙は依頼票だった。


 【リビングメイルの討伐】

  討伐対象 白いリビングメイル

  場  所 アルトフェルス城

  証明部位 鎧、剣、盾の全て(兜は傷つけないこと)

  報  酬 金貨20枚


「なぜ指名で?」

「こちらは放置依頼になる見込みの依頼です。」


 ()()()、ということは、誰もそれを受けないとわかっていて掲示板に貼り出す予定だったということだ。

 ここのギルドはなぜそんなことをするのだろうか。


「理由を聞かせてくれ。」

「まずは前提として、対象の冒険者ランクはCで、5人以上のパーティを想定しています。」

「5人?」

「はい。討伐後に鎧そのものを運ぶ必要があるので、荷物運び(ポーター)とその護衛が必要、ということです。その点、お二人は次元袋をお持ちですから。」


 なるほど。

 それなら5人は必要なくなる。

 だがまだ放置される理由にはなっていない。


「それで、なんで放置されるんだ?」

「ガルガンガニと同じです。守りが硬すぎて並のCランク冒険者では討伐が難しいんです。リビングメイルは攻撃もしてきますし、一人当たり金貨4枚では到底割に合いません。」

「そこまでわかってるならなぜ報酬を増やさないんだ?」

「依頼主の問題です。」

「依頼主?」


 普通、素材回収を目的とした討伐依頼は商会や個人から出される。

 その素材が必要なのであれば報酬を増やす必要がある。


「一人金貨10枚であれば内容に見合った報酬だと思います。」

「…いや、金額のことより、なぜ報酬を増やさないかを聞きたかったんだが。依頼主の問題って言ったよな。」

「はい。依頼主の問題です。」


 それだけ言ってアメリーは黙った。

 それ以上は答える気がないということらしい。


 …ふむ、リビングメイルか。

 昔読んだ魔物図鑑には、鎧の形をした魔物だと書いてあったな。

 挿絵では黒い鎧だったが、今回は白か。鎧のバリエーションは様々あるのだろう。


 えーと…鎧自体が本体で、中は空洞。鎧の中のどこかにある魔力の核を破壊すれば撃破できる。だったな。

 それに、兜にはトイフェリウムという稀少な金属が含まれている。というのもあった。

 おそらくそれが欲しいというのも目的の一つなのだろう。


 魔力核なら魔力を辿れば見つけられる。

 鎧には隙間があるからナイフを使えば破壊も難しくない。精密な攻撃ならフィネの方が得意だし、フィネに頼めばもっと確実だろう。

 攻撃すべきところもわからずに戦うのなら難しいだろうけど、俺たちにとってはそこまで面倒な依頼ではないような気もするが…


「ほかに放置依頼になる理由はないのか?」

「ありません。」


 即答。

 何か違和感があるが…。


「じゃあさ、掲示板に貼り出してアタシたちが見つけるのを待てばいいだけっしょ。なんでわざわざ呼び出したわけ?」


 ああ!

 フィネの言うとおりだ。


「急いでおりまして。」

「急ぎなのに報酬上乗せもないって、それも依頼人の問題ってヤツ?」

「はい。」

「まーいいけど。で、それでなんで秘書サンが出てくるの? 窓口の人に言わせれば良くない?」


 ああ!

 それもそうだな。

 フィネはよく気が付くな。


「窓口は混雑しますので。指名依頼は別の職員が行っているんです。」


 あ、今度は俺が言い返せるぞ。

 別に本部長秘書なんて肩書の人が出てくる必要はない。

 と思ったが、フィネの方が早い。


「そんで秘書?」

「…はい。それは、たまたま手が空いておりまして。」

「ふーん…」


 しかしフィネって、普段は人懐っこいのに、たまに妙に冷たいよな。

 オーベルンの支部長(ゲオルグ)とか髑髏窟の門番(マグラクラザル)とか、相手によってはかなり態度が悪くなる。


「イズミ、断ろ。アタシたちにメリットないよ。」

「…っ!」


 アメリーが息を呑んだ。

 そして1~2秒、目を閉じ、改めて俺たちを見る。


「実績を3倍付けます。それでいかがでしょうか?」


 即座にメリットを提示してきた。

 実績3倍か。

 ランクアップを急いでいる俺たちには良い条件だと思うが…。


「それだけ?」


 フィネは冷たく言い放った。


「…これだけです。報酬の吊り上げはできません。なんとかお願いできないでしょうか?」


 上目遣いで俺を見る。

 俺としては受けても受けなくてもどっちでもいいから、フィネが嫌だと言うのなら受けない方でいいかと思う。

 そう思うのだが…なんかちょっと可哀想になってきたな。


 手を口に当てて、フィネに耳打ちする。


「…ギルドに恩を売れるんじゃないか?」

「ふぇあっ!」

「え?」

「急に耳に息かけないでよ! ぞわっとした!」

「あ、ごめん。」

「…はぁ。イズミが受けたいって言うなら反対はしないけど?」

「じゃあ受けよう。」


 正直、受けたいというほどではないのだが、困っている人を助けるのが冒険者だ。

 職員だって困っている人の一人ではある。


「…わかった。」

「っありがとうございます!」


 アメリーが立ち上がって言った。


「そうだ、このアルトフェルス城ってどこにあるんだ?」

「はい、南に十数kmのところです。ギルドで船を手配しますので。」

(とお)…って、船?」

「はい。明日、湖港(ここう)の2番埠頭(ふとう)に声をかけてください。船で移動すれば安全に短時間で行けますので。」


 カルスルエの西側は湖に面している。

 そこに行けばいいのだろう。


「討伐後は登録窓口でわたくしを呼び出してくださいませ。すぐに参りますので。」

「わかった。」


 話がついたのでギルドを後にする。

 アメリーはわざわざ外まで出て見送りをしてくれた。

 フィネと宿に向かって歩く。


「ってかイズミ、美人に弱すぎ。」

「…それさっきもまったく同じこと言ってたな。別に美人だからってわけじゃないぞ。」

「じゃあ巨乳に弱いの?」

「それも違う!」

「はぁ…ユリアナに手紙で告げ口しよっかな。ハルミゥクの分も含めて。」

「ちょっ、なんでユリアナが出てくるんだ。」

「ていうかさ、マジな話、さっきの秘書は怪しいよ。」


 急に話が切り替わる。

 ユリアナの名前を出したのは冗談だったのか。

 しかし、アメリーのどこが変だったのだろう。


「…どの辺が?」

「ギリギリ嘘にならないけど何か隠しているような話し方。それに本部長の秘書なんて冒険者に直接依頼するような立場でもないでしょ。たまたま手が空いてたってのは、本当でも嘘でも怪しい。」

「でもまるっきり嘘って感じじゃなかったけどな。」

「だから怪しいんだよ…」

「ま、なんかあったら俺がなんとかするよ。」

「はぁ…そこは信じてるけど。だから反対しないって言ったわけだし。」

「今日はため息が多いな、フィネ。」


 フィネがじと目で俺を見る。


「……そうだね!」



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