冒険者ギルドへの報告
フィネに続いて中に入ると、3人組の男女の一人と目が合う。
しかし俺が知り合いじゃないとわかると興味を無くして他の二人との会話に戻った。
建物内には丸板のハイテーブルがいくつかあるが椅子はない。
ほかには大きな掲示板と、窓口が3つだけ。意外と簡素な造りだ。
壁は木製…あれ、レンガじゃないぞ?
…ああそうか、重厚なレンガは正面だけで、建物自体は木造らしい。
フィネが軽い足取りで窓口に向かうので付いて行く。
歩きながら鞄から雫の入った瓶を取り出している。
瓶をカウンターに置き、そして挨拶もなく話しかけた。
「ベーゼアルラウネの雫!見てこの大きさ!」
「あら、アドルフィンさん、採取できたのね。ってほんっとう、大きいわぁ。」
おっとりした印象の女性だ。
ギルド職員の制服なのか、フリルがひらひらしたディアンドルを着ている。
ブラウスは胸元を隠すように作られているが、それが逆に胸を強調しているようにも見えた。
「それとベーゼアルラウネの討伐報告もあるから支部長呼んで。」
「いや討伐はしてないだろ。」
後ろからつっこむ。
「あら?アドルフィンさん、そちらの方は?」
「イズミ。道に迷った旅人で、今日これから冒険者になるんだ。アタシと一緒に。」
「…イズミさん?」
女性が困ったような笑顔で俺を見る。フィネの話は雑すぎるな…。
「はい、イズミと言います。冒険者登録がしたいです。それにこの雫と、他にも魔物から採った素材があるので売却査定をお願いします。それと、雫の採取中にベーゼアルラウネの死体を発見しましたので、その報告もしたいです。順番はおまかせしますので御対応を。」
「……」
女性から笑顔が消えた。
「すぐに支部長を呼んでまいります。そちらの扉から中に入って掛けてお待ちください。」
「わかりました。」
女性は席を立って奥に引っ込んでいく。
やはり最初にベーゼアルラウネの死を報告することになるようだ。
受付ブースの端のドアを通って応接室のような部屋に入る。
フィネは雫の入った瓶をローテーブルに置き、迷いなくソファに沈んだ。
「フィネ、説明が雑すぎるぞ。」
「ユリアナはわかってくれるから大丈夫だよ?」
彼女はユリアナと言うらしい。
俺もフィネの隣に座る。
これ以上言っても意味がなさそうだから話題を変えよう。
「支部長ってどんな人なんだ?」
「髭だね。」
「…それだけ?」
「んー、他に特徴はないかな。」
「性格は?」
「他のギルドの人よりは話がわかるけど、やっぱ冒険者上がりなんだなって感じの髭。」
感じの髭て。よっぽど強調したいのか。
ガタガタと階段を下りる音が聞こえた。
古い建物のようだから音がよく響く。
足音はすぐにこちらにやってきた。
――がちゃ。
俺たちが通った扉ではなく受付ブース側の扉が開き、短髪の大男が入ってきた。
腕は筋肉質だが、全体的に身体が細い。
顔を見ると口髭が反り立っている。イノシシの牙みたいだ。
しかしあご髭はなかった。
「ベーゼアルラウネの件を聞いた。」
男は向かえのソファにどかっと座る。
鋭い目つき。
髭を少しでも笑えば首を両断されそうな気迫を感じる。
この町の男性は怖い人ばかりなのだろうか。
「君が倒したのか?」
男はフィネに見向きもせず俺を見ている。
「違う。俺たちは死体を見つけただけだ。」
「…なるほど。詳しく聞こう。おれはゲオルグ・ランゲ、冒険者ギルド、オーベルン支部長だ。」
「俺はイズミ。こっちは」
「アドルフィン!」
「アドルフィンは知っている。そうだな、イズミ君、君が説明してくれるとありがたい。どういう経緯なんだい?」
外見の割に言葉遣いが柔らかい。
「ああ…まず、俺は旅をしていたんだが途中で道に迷ってしまって、この町に気付かずに…あー、フィネ、森の名前はなんて言ったっけ?」
「セラータの森。」
「そう、この町に気付かずにセラータの森に入ったんだ。その中でアドルフィンに会って、町への道案内を頼んだ。その時にベーゼアルラウネの出現と、雫の採取が目的であることを聞いた。それが終わってから町に帰ると言われたから、同行することにしたんだ。」
話におかしな部分はあるかもしれないが、つっこまれる前に話を先に進めていく。
「そしてベーゼアルラウネの移動痕を発見、雫も見つけた。その瓶のとおりな。そんで、採取の途中に煙が見えたんだ。今考えると危険な行動だと思うが、安易に煙に近づいて行った。そうしたら、燃やされ、火の消えかけているベーゼアルラウネを発見した。」
話を聞くゲオルグはピクリとも動かない。変わらない眼光を俺に向けるだけだ。
気圧されないように心を強く持とう。
「周りに人影や魔物はいなかったと思う。念のためフィネがアルル蝋が残っていないか確認したら、フィネ。」
「ほいほい。これね。」
フィネが鞄からアルル蝋を取り出してテーブルに置く。
「このとおり残っていたってところだ。」
「なるほど。アドルフィン、何か訂正や補足することはあるかい?」
「ないよ。」
「わかった、二人とも感謝する。確認のため調査隊を明日派遣するから、あとで詳しい場所を教えてくれるかな?」
「案内すればいいのか?」
「いいや、地図上でどこだって教えてくれるだけでいい。」
「フィネ、できるか?」
「らくしょー。」
フィネはソファによっかかった姿勢が徐々に低くなっていっていて、もうそろ寝そべりそうだ。
「それと確認なのだが。」
ゲオルグが再び口を開いた。
「ああ。」
「君たちが見つけたとき、ベーゼアルラウネはもう死んでいたかい?それともまだ息はあった?」
「死んでいた。明らかにな。じゃなきゃ近づいたりしない。」
「燃えていたのは魔物だけ?周りの草木は?」
「魔物だけだ。魔物本体も、根本までは燃えていなかった。」
「…それでよく死んでいたってわかったね。まだ火も消えていなかったんだろう?」
「ああ、本体の人型の部分が両断されていたんだ。言い忘れていたよ。」
「ふむ、そうなると他の魔物の仕業というよりは…しかし誰かが倒したのなら素材回収はしそうだよね?」
「知らないやつの考えることなんてわからないな。それに極端な話、人じゃなくてもドラゴンなら同じことができるだろ。」
「ははは、確かにそうだ。もしそれが真実ならドラゴンの討伐隊を本部に要請しなきゃならなくなるがね。」
口では笑っているが、目が笑っていない。
「一例だよ。ドラゴンなら飛び上がる時に気付いただろうし、それはないだろう。」
「わかっているさ。ただ、誰があの凶悪な魔物を撃破してくれたのか、現場を見た君の印象を聞きたかったんだ。」
「憶測で話すのはよくないかと思ってな。」
俺の言葉に返事はなく、圧だけを受ける。
何か喋れってことか?
とはいえ、下手なことは言わない方がいい。
フィネも何も言わなかった。
俺に合わせてくれているようだ。
しばしの沈黙のあと、ゲオルグが先に口を開いた。
「…そうだね。よしわかった。二人ともありがとう。」
ゲオルグは座ったまま背伸びをした。
「ええと、」
目線が雫の入った瓶に移る。
それを見たフィネがピクッと反応した。
「このベーゼアルラウネの雫は買い取り希望かな?」
「そ。こんなに大きいんだから高く買ってよ~?」
フィネが息巻いている。
「重要な報告をもらったから色を付けるように言っておくよ。買い取りは窓口で。それじゃあ。」
ゲオルグが立ち上がって言った。