ユリアナの朝
(イズミとフィネが町を出た後のユリアナのお話です。)
今日は仕事が休み。
だというのにいつも通りの時間に目が覚めてしまった。
外はまだ真っ暗だ。
せめて朝日が顔を出すまでは寝ていたかった…。
寝起きのまま洗面所に行くと姉さんが髪に櫛を入れていた。
私と同じ強いくせっ毛で、毎朝大変なのだ。
「おはよ。」
「おはよ…ってアンタ、今日休みって言ってなかった?」
「休みだよー。でも起きちゃった。」
「そりゃ健康だこと。でも起きたからって手伝わなくていいわよ。休みの日くらいゆっくりしてな。」
宿屋の朝は早い。
それにこの宿の客は冒険者が多いから、お客さんの朝も早い。
必然的に朝が一番忙しい時間になるので、私も出勤前に朝食作りを手伝っていた。
休みの日だけは気の済むまで寝かせてもらっているけど。
「ありがと。じゃあ給仕だけやるね。」
「それもいいのに。でもあんがとね。」
「うん。」
私も髪を梳かして着替え、食堂に出る。
まだお客さんは下りてきていないようで、義兄のデニスがテーブルに食器を置いて回っていた。ナイフとフォークが数十本ずつ入ったトレーは見た目よりも重くて、それを軽々と持ち歩けるのは義兄だけだ。
「おはよう。」
「おう! ってユリアナ、今日休みって言ってなかったか?」
姉さんとまったく同じ調子で聞き返される。
結婚前からのことだけど、この夫婦は本当そっくりね。
「休みだけど起きちゃった。給仕だけやるね。」
「休みの日くらいゆっくりしてろよ。」
「ふふ、お姉ちゃんと同じこと言ってる。」
くすっと笑うと、義兄が照れたように頭を掻いた。
「そうかよ。まぁ…ありがとな。注文聞いたら声かけてくれ。」
「うん!」
彼が厨房に入って行くと食堂に一人になる。
一人目の客が来るまでは座って待ってもいいのだけれど、手持ちぶさたなのでフロントの掃除をしようっと。
ここは毎日父さんが掃除している…でもお客さんから見えないところは意外とほこりが残っているのよね。
そうしてしばらく待っていると、誰かが階段を下りてきた。
3人…連泊客のエルヴィンさんたちだ。
もう荷物を全部持っている。
彼らは冒険者だから、朝食後すぐに出発するつもりなのだろう。
「おはようございます。」
「おはよう。朝飯を頼む。銀3つ。」
「はーい! 少々お待ちくださいね。」
銀というのは代金のことだ。
うちは銭貨5枚で卵料理とパンの朝食を出しており、倍額の銀貨1枚にすると日替わりでベーコンかハムを付ける。
卵も肉も焼き加減を選べるのだけど、彼らの場合は聞くまでもなく「いつもどおり」。
「銀3つ! エルヴィンさんたち!」
「「あいよ!!」」
母さんと義兄の返事が同時に返ってきた。
さぁ、今日も一日が始まる。
宿泊客が全員出発すると、みんなでコーヒーを飲んで一息吐く。
そのあとは掃除の時間。
母さんと義兄は厨房、父さんはフロントと食堂がある1階ホール、姉が客室という割り振りだ。
廊下とか階段とか、ほかのところは父さんが昼過ぎにやっている。
私には割り振りなし。
だって朝食時間の途中でギルドに出勤してしまっているから。
でも今日はせっかく家にいるし、掃除を手伝おうかなと言ったら、
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、日も短けぇ時期なんだし早くでかけたほうがいいだろ。」
「そうよ。外に出ないと彼氏もできないわよ?」
「ええぇぇ…」
「彼氏は別に焦る必要はないと思うがな…ユリアナはまだ26歳だし。」
恋人作りに関しては父さんだけが私の味方だ。
実際に恋人ができたら唯一の敵になるかもしれないけど。
「焦る時期よ。1年2年付き合ってから結婚するとして、子供ができる頃には30歳になっちゃうわよ。」
「そうそう。ウチの子と歳離れすぎない方が育てやすいしさ。」
母さんと姉さんが言う。
姉さんは先日妊娠がわかったところだ。
お腹はまだほとんど変化していないし、家族以外にはまだ知らせていない。
「それに…前の人からもう3年じゃないの。そろそろいいんじゃない?」
「待て。前の人? 誰だそいつは?」
父さんが敏感に反応した。
これは面倒だ。
しかし母さんは父さんを完全に無視して続けた。
「フィネちゃんと一緒にいた彼なんてどう? イズミさんって言ったかしら?」
「おぉ、あいつか! 控えめなやつだと思ってたが、ほかの冒険者がすげぇって言ってたぞ。」
「フィネちゃんと恋人ってわけじゃないって言ってたしね、アリなんじゃない?」
「な、なに言ってるのよ! イズミさんはそういうのじゃないから!」
「あら…」
母さんが頬に手を当ててにっこりとする。
姉さんもにやにやし出した。
「…デニス。そのイズミとか言うのはどの部屋に泊まっとる男だ?」
父さんが静かに言った。
なぜか食卓用のナイフを逆手に持っている。
「ああ? いやいや親父さん、もういねぇよ。」
「む…?」
「フィネちゃんと一緒に町を出たのよ。フィネちゃんなら覚えてるでしょ?」
「ああ、あの明るい子か…そういやぁこの間から男連れだったな。出てったのか。」
「宿屋の主人なのに客に興味なさすぎだろ…」
義兄が首を振る。
「それに男連れじゃなくて、ただのパーティだって言ってたわよ。」
「だからユリアナ、安心しなよ。」
「だからっ、そういうのじゃないって!」
「そうかそうか、」
さっきまでのギラついた目から一転して、父さんがにこにこしている。
「町を出たんならしばらく会うこともないじゃろう。」
「すぐ帰ってくるかもしれないじゃない。」
「そうだな。だが行き先も知らん男を待っても……いやいや、待ち続けてみてもいいんじゃないか?」
「父さん、魂胆が見え見えだよ。ユリアナを嫁に出したくないって顔に書いてあるし。」
「んー? っふっふっふ…」
「はぁ…」
姉さんと母さんがため息を吐く。
「ま、確かに行き先もわからないんじゃあね…だったらロタールさんは? エルヴィンさんと一緒にいる彼、結構男前よね。」
「あー、あの人。カルスルエに家族いるって言ってた気がするけど…」
行き先なら知っている。
出発前にフィネちゃんが教えてくれた。
二人は今カルスルエにいるはずだ。
奇しくもゲオルグ支部長から異動の話ももらっている。
支部長は近くロトバイル副部長に昇格すると内定があったらしく、カルスルエの本部に部下を置いておきたいらしい。
だから人事交流という名目で私を本部に派遣したいと言われた。
この話に乗れば、イズミさんとフィネちゃんに会える可能性は高い。
フィネちゃんにはまた会いたい。
私の数少ない気を許せる相手だ。
昔からの友達はみんな町を出たし、マンヴェンさんも逝ってしまった。
ギルドの仲間は友達とはちょっと違うし。
イズミさんは…素敵な人だと思う。
今までの恋人は付き合う前から私に包容力とか女らしさを見ていたけど、彼からはそんな感じもまったくない。
何度かフィネちゃんと3人で食事した程度でこう思うのはおかしいかもしれないけど…私を私として見てくれていると感じる。
また会いたいという気持ちはある。
でも、本部に行けば数年は家族と離れ離れになるし、これから生まれてくる甥か姪にも会えない。
それに、追いかけてきたなんて思われたらなんか…重いって思われそうだし。
うぅぅ、迷うなぁ。
でも…




