大商業都市カルスルエ⑤
「なんでおっちゃんがエルを知ってるの?」
「うちの孤児院の子なんだ。ひとまず失礼するよ。」
そう言ってセルテンが向かえのソファに座る。
しかし、フィネにかかればセルテンもおっちゃん扱いか。
実年齢は知らないが見た目はまだ20代だし、顔もかなり良いと思うのだが。
「孤児院をやっているのか?」
「ああ。ただの偽善だがね。」
「偽善?」
「…昔、この国は他国に比べて孤児が多かったんだ。少し通りを外れると至る所にいて、路上生活をしていた。若い頃は見て見ぬふりをしていたんだが、それに罪悪感があってね。事業が軌道に乗ってきたところで孤児院を始めた。」
「それは普通の善行じゃないか?」
「いいや偽善さ。孤児院一つで全ての子を助けられるわけではないからね。当時も目に付いた子だけを拾い上げていた。」
それでも善は善だと思うが。
「商会が大きくなるにつれて孤児院の規模と数も大きくしていって……気付けば孤児院も商売の一つになっているよ。これが偽善でなくてなんなのか。」
「孤児院が商売になるとは思えないが。」
「受け入れる子供の年齢は様々だ。家はないが飯代くらいは稼いでいる子や、もうすぐ成人するような子も、悪事を働かないことを条件に受け入れている。その子らが恩義を感じてくれてね、成人後にうちの商会で働いてくれているんだ。冒険者になった子も、ギルドではなくうちに納品してくれている。エリーザベト君だってそうさ。観光案内の稼ぎの一部を院に入れているだろう?」
エルが恥ずかしそうに頬を掻く。
「物を売って利益を出す。これは商売だよ、売り物が恩でもね。」
「ばつが悪そうだな。」
今までのセルテンは、商売の話をするときは常に上機嫌だった。
レッサードラゴンに追いかけられて死にかけた直後ですら。
「私は…いや…そうだな、後ろ暗い気持ちがある。せめても、と思って収益は全て孤児院の維持と拡大に使っているがね。」
「俺はセルテンさんの気持ちにはまったく共感できないな。善人だと思うよ。なぁフィネ。」
「思う思う。胸焼けしそうなくらいね。」
「そう言ってくれると少し気持ちが楽になるな。」
「あ、あのっ。ぼくたち孤児も感謝しています!」
エルがそう言うと、セルテンが俯いた。
落ち込んだようにも、何か思案しているようにも見える。
そして少し間を開けて口を開いた。
「……ありがとう。」
声が震えている。
彼が何を思っているのか、正直なところまるでわからないが、落ち着くまで少し待った方がいいのかもしれない。
「ところでおっちゃん、本題なんだけど。」
…さすがフィネ。
「ああ、すまないね。今準備するよ。ボック。」
「すぐに。」
「さてフィネ殿、イズミ殿。勝手ながらうちの商会でやっているセルテン銀行に口座を作らせてもらった。中身は金貨1,030枚だ。すぐに全額現金で引き出してくれて構わないし、他行に送金してもいい。」
ボックが棚から運んできた金属のカードをテーブルに置いた。
金色に光っており、文字が刻印されている。
【セルテン銀行 イーエフ 14480322】
よく見ると『イーエフ』だけはインクで書かれているようだ。
「イーエフのところには名前が入るから、これからも口座を使う場合は名前を登録してくれ。これは営業だが、金貨は重くて大量に持ち歩くのは大変だし、利便性の面でも口座は持っておいた方がいい。預かった金には利息も支払うよ。」
「考えておくよ。」
と言っても金貨1,000枚は持ち上げることもできないだろうから、口座は利用することになるだろう。
カードを取る…金属製にしてもかなり重い。
かなりと言うか、これは重すぎる。異常と言っていいくらいに。もしかしたら…
「まさか、これ金でできてるのか?」
「そうだ。純金ではないがね。イズミ殿なら奪われる心配はいらないだろう?」
「まぁ…」
カードをフィネに渡す。
フィネも重さを予想できなかったようで、一瞬落としそうになった。
「それとこれも。」
セルテンが、ボックが運んできた別の品を取ってテーブルに置いた。
指輪だ。
大小2本ある。
「私の上客の証であるリングだ。これを着けて系列店に入るか、買い物中に見せてくれ。かなり割引くから。」
「あんがとー!」
俺が返事をする前にフィネが言って指輪を中指にはめた。
俺も同様に指輪を着ける。
「宿はどうする? 先に言ったとおり、私の系列の宿なら安くできるが。」
「頼みたい。」
「わかった。ボック、エリーザベト君に宿の場所を伝えてくれ。」
「承知しました。エリーザベト様、こちらへ。」
「様なんてそんな…」
エルが言いながら立ってボックに近寄る。
ボックは小さな声で宿の場所を教えているようだ。
「ところで冒険者ギルドにはもう行ったのか?」
「いいや、まだだよ。」
「そうか。ではこの次に行くのかな?」
「そのつもりだ。」
「アドバイスと言えるかどうか…副本部長のジェードという男の言うことは信用しない方がいいし、できれば話を聞かない方がいい。」
「…?」
「私も職業柄、他人の悪口を言うことがあるんだが、不必要に他人を貶めることはしない…んだが、ジェードには食客を何人か潰されていてね、私としても業腹なのだよ。」
「悪人なのか?」
「悪人だ。それは断言できるが、その目的がわからない得体のしれない男だ。冒険者を潰しても何のメリットもないはずなのだが…」
とにかく、ジェードという副本部長に気を付ければいいということだろう。
セルテンを100%信用するわけではないが忠告は受け取ってもいいはずだ。
「わかった。気を付けるよ。」
「ああ、それがいい。」
「セルテン様。」
ボックがセルテンに声をかけた。
エルへの説明が終わったらしい。
セルテンが手で返事をして、俺たちに向かって言う。
「それじゃあ、イズミ殿、フィネ殿。私からは以上だ。二人からは何かあるかい?」
「何も。」
「わかった。ボック、エントランスまで見送ってくれ。二人とも…エリーザベト君も、来てくれてありがとう。」
「ああ。」
「じゃあねー。」
ボックに続いて部屋を出る。
エルは出る前にお辞儀をしていた。
丁寧な子だ。
…待てよ。
帰りもエレベーターに乗るのか?
「あー、そうだボックさん、階段はないかな?」
「ございます。」
「じゃあ階段で帰る!」
フィネがすかさず言った。
俺もそうしたい。
「承知しました。こちらへ。」
ボックはすんなりと階段へと案内してくれた。
エレベーターを怖がる客には慣れっこなのだろう。




