大商業都市カルスルエ④
「ここだと思います…」
しばらく歩いてそこに着くと、エルがおずおずと言った。
「でかいな…」
「でっかいね…」
フィネも俺と同じ感想になった。
目の前にあるのは白い石作りの重厚な建築物で、一商会の事務所とは思えない大きさだ。
中央には普通の建物の2階分はある青銅の大扉がある。扉は緑色に錆びており年季を感じる佇まい。
天井が高いのは1階だけで2階から上は普通の天井高だとしても…5階分はある。上の方の意匠は教会のような外観をしており、セルテン商会の力を見せつけているかのようだ。
…というか、本当にこれが商会の事務所なのだろうか?
「あの、大扉の脇のレリーフにセルテンって書いてあるので。」
エルに言われて扉を見る。探すまでもなく大きなレリーフが目に入った。
なるほど、確かにセルテン商会と書いてある。ここで間違いらしい。
「へぇ、エルは字が読めるんだ?」
フィネが言った。
そうか、字が読める孤児は珍しいのか。
「はい。孤児になる前に勉強していました。」
「…そうなんだ。」
フィネはそれ以上は聞かなかった。
あまり深入りしない方がいいだろうと俺も思う。
「とりあえず入ってみるか。」
「そうだね。」
青銅の大扉は閉めっぱなしで、出入りはその左右にある扉からのようだ。
それでもフィネの身長の2倍はあるが。
あれ?
エルが付いて来ていない。
…ああ、さっき立っていたところで待っている。
「エル!」
フィネが声をかけながら手で呼び寄せると、小走りで寄ってきた。
「はい。」
「一緒に行くよ?」
「それは…さすがに警備員に止められるかと。」
「…じゃあイズミ、アタシも待ってる。」
「おいおい、とりあえず行ってみようぜ? 話せばわかってくれるかもだし。」
「うん…だね。エル、行ってみよ。」
「えぇ…」
扉の前まで行き、全身鎧と槍で武装した警備兵に声をかける。
「俺はイズミというんだが、『ライサンヨウの親戚に会いに来た。』 通してくれるか?」
セルテンから教えられた合言葉を言った。
ちなみにライサンヨウはセルテンの故郷の歴史上人物らしい。
聞いたこともないが。
「少々お待ちを。」
警備兵が槍の石突を3回地面に打ち付けて鳴らすと、奥から正装の老人が出てきた。
髪から眉まで真っ白だが、背はピンと伸びている。
老人が目くばせをすると、警備兵がまた口を開いた。
「イズミ様です。」
「ようこそいらっしゃいました。本日はどのような御用件で?」
「ライサンヨウの親戚に会いに来た。」
「頼山陽の……承知しました。わたくしはセルテンの秘書、ボックと申します。ふむ…お二人でいらっしゃると聞いておりますが。」
「町に着いてから案内人を付けただけだ。」
「……無粋なことを申し上げました。忘れてくださいませ。こちらへ。」
ボックの案内で中に入る。
1階ホールは銀行のようになっていた。
左右の壁に窓口がある。商談でもするのか、ホール中央には個室や半個室の打合せスペースが左右対称に置かれている。建物の重厚な作りと相まって、打合せ部屋というよりも教会の懺悔室のように見える。
奥側左右には赤い絨毯が敷かれた大きな階段だ。中央の踊り場で合流していて、そこに立てばホール内を見渡すことができるだろう。まるで城のエントランスホールのような雰囲気がある。
一言で言うと、金をかけた空間だ。
「お二方は本日、ご到着されたので?」
「ああ。」
「それはそれは。お疲れのところお越しいただいてありがとうございます。」
「いや…。」
俺はこういう当たり障りのない会話というのが実は苦手だ。
なんと返していいかわからなくなる。
――チン。チン。
ある扉の前に立ってボックが呼び鈴を鳴らした。
引き戸になっているようで、左右に開いて行く。
…あれ?
中に人がいない。
「え、これどうやって開けたの? 魔法?」
フィネが小声で言った。
俺にもわからない。
少なくとも魔力は感じなかったが。
「中へどうぞ。」
扉の中は小さな部屋だ。
椅子もテーブルもなく、ただの空間といった感じの。
言われるがままに進むと、ボックが部屋内の呼び鈴を鳴らした。
――コンコンコンコンコン。
5ノック。
またひとりでに扉が閉まる。
「上の階に参りますので、少々揺れますがご容赦ください。」
ボックがそう言った直後、部屋が浮き上がるような感覚に襲われる。
――カタカタカタカタカタ……
「うっわわわ…」
エルがわかりやすくうろたえる。
この部屋は上に向かって移動しているようだ。
「イズミイズミ! これも魔法?」
「いや…」
「人力でございます。」
ボックが答えた。
人力!?
人の力で部屋を動かしているのか?
しかも4人も乗っているってのに。
「セルテン代表の故郷では一般的な乗り物で、エレベーターと言います。」
おそらく、太い煙突のような縦長の穴にこの部屋を吊るしているのだろう。
そして人力でひっぱって上げているわけだ。
これは落下したら大怪我するな。
風魔法で上昇気流を作って落下速度を下げるか? いや、外の構造がわからないから無理か。
氷魔法で部屋を周囲の壁に固定するか。それならなんとかなるかもしれない。
…などと考えながら魔力を練っているうちにエレベーターが止まり、ドアが開いた。
「到着です。」
フィネがサッと部屋を出る。
続いて俺も廊下に出た。
「こちらへ。」
うろたえ気味の俺たちを特に気にするふうでもなく、ボックは廊下を進んで行った。
そのまま付いて行くと、広めの応接間に通された。
「掛けてお待ちください。代表は多忙なもので、お待たせすると存じますがご容赦を。」
そう言ってボックが出て行った。
ふかふかのソファに腰を沈める。
「あれ、エベレータって言ったっけ? アタシ死んだかと思った。イズミ、よく平気だね。」
「いやいや、俺も驚いてるよ。普通に怖かったし…」
「ぼくも怖かったです…」
「だよねぇ…うん? エルも座りなよ?」
「ええと…」
「エル、フィネに逆らっても無駄なのはもうわかっただろ? 大人しく座るといい。」
「は、はい…」
エルがソファの端に座った。
――ガチャ。
ドアが開いた。
ボックが戻って来たかと思ったが、
「ようこそカルスルエへ! イズミ殿、フィネ殿! 長旅で疲れているだろうに、すぐに来てくれて嬉しいよ。」
セルテンだ。
後ろからボックも入ってくる。
待たせると言われたと思ったが存外に早い。
「やぁ、セルテンさん。」
「こんちゃー。」
フィネと二人で挨拶する。
「もっと待つ気でいたが。」
「私が声をかけたのだから最優先だよ。」
「そりゃあ…どうも。」
「ところで、そちらの君は…」
セルテンがエルをまじまじと見る。
フィネがピクッと反応した。
「この町のことはわからないからな、案内人をしてもらってる。」
「ふむ…エリーザベト君、だったかな?」
「えっ!? なんでぼくの名前を!?」
エルが大きな声で驚いた。
驚いたのは俺も同じだ。
エルはエリーザベトを略していたのか。
いやそれよりも、セルテンは町の孤児の名前まで把握してるってのか?




