門番のマンヴェン
2時間ほど歩くと遠くに町が見えた。
農地に囲まれた縦長の楕円形の町だ。
中央に噴水があり、放射状に道が伸びている。
もう日が落ちかけており、夕日に照らされて建物の影が際立つ様子が美しい。
「そうだフィネ、頼みがあるんだが。」
「なに~?」
「俺がベーゼアルラウネを倒したことは秘密にしてくれないか?イトジゴクも。」
「え、なんで?賞賛の嵐だと思うけど。」
「目立ちたくない。」
「ああ、噂になると困るってことね。貴族の情報網って怖いもんねぇ。」
フィネが意地悪そうな笑みを浮かべるが、すぐに真顔に戻る。
「でも本当にいいの?賞金はすごい額だし、冒険者になるなら一足飛びで高ランクになれると思うけど。」
「むしろ低ランクの依頼から順々にこなしたいな。」
俺は普通の冒険者をやりたい。
着実にランクアップしていくのが理想だ。
「そっか、わかった。イズミがいいならいいよ。」
「ありがとう。」
「いいってことよ!友達のささやかなお願いだしね。」
すんなりと承諾してくれた。ありがたい。
まだ出会ったばかりだが、フィネは話がしやすいと思う。
あっけらかんとしていて、いちいち反応を探りながら話す必要がない。
冒険者仲間としても長くやっていけるんじゃないかという予感がした。
町ももう見えているし、割とゆっくり歩いていると、フィネがはっとしたように言った。
「…あ、でもさ。」
「うん?」
「アルル蝋売れなくなるね。」
「あ。」
確かにそうだ。
素材が素材だけに、他の町で売ろうとしてもどうやって入手したかが問題にされるだろう。
…それに、ベーゼアルラウネ討伐の報告がなければ周辺の住人も恐れ続けることになる。
うーむ、下手するとしばらく討伐隊が来ないかもしれないし、討伐隊が来るころには朽ち果ててしまってベーゼアルラウネが見つからないという可能性もある。
そうなると危険な魔物が去ったと判断されるまでにさらに時間がかかるだろう。
何か代替案を……そうだ。
「フィネ、こうしよう。『道に迷った俺と出会って、雫の採取後でいいならと町に送ることにした。雫の採取をしていたところ煙が見えたので近づいたら、焼死したベーゼアルラウネを発見。誰が倒したかわからないが、アルル蝋が残っていたのでベーゼアルラウネが討伐された証拠として持ってきた。』どうだ、変なところはないか?」
ベーゼアルラウネの雫は空気に触れると小さくなっていくらしいが、死んだばかりのところを発見したのなら大きな雫を得たのも自然になる。
誰が倒したかについては、変に人影や別の魔物を見たことにするよりも不明の方がいいだろう。
「えっとねー、その話だとアタシがイズミに分け前を渡す理由がないかなー。報酬受け取りの時にウチらが分配してるところを仲良いギルド職員とか知り合いの冒険者とかに見られたら不審がられるね。」
なるほど。冒険者とはそういうものか。
だったらそうだな…。
「…雫を見つけたのが俺で煙を見つけたのも俺なら?」
「それならいっか。うん。イズミって頭いいんだね。」
「そこまでのことじゃないって。」
「そぉ?アタシは単純にすごいと思うよ。」
笑顔。
にかっと笑うと八重歯が見える。
「あれ、イズミ照れてる?ちょっと顔赤くない?」
「…夕日のせいだろ。」
「ふふ、もう沈んだじゃん。」
町に到着した。
町全体が魔物対策の柵で囲ってある。
柵が途切れたように低くなっているところがあり、そこに小さな門が付いていた。
この大きさでは馬車や荷車は通れないだろうから、おそらく裏門だ。
かがり火に照らされた看板にはオーベルンと書かれている。
その下に大男が一人、椅子に座って腕を組んでいる。
こちらにはすでに気付いているようだ。
鋭い眼光が俺たちを捉えているのを感じる。
「やっほー、帰ったよー!」
少し遠めの距離から、フィネが大声で話しかけた。
「声がでかいぞアドルフィン!夜なんだから静かにしろい!」
返事の声も相当大きい。
「さっき日が落ちたばっかだよ、モンヴァン?」
モンヴァンが腕組みをしたまま立ち上がった。
筋骨隆々とした偉丈夫だ。
彼の後ろの柵には穂先の大きな槍が立てかけてある。
持ち主に似た大きく武骨な得物だ。
「モンバンじゃねぇ、マンヴェンだっつってんだろ!」
男がフィネに怒鳴る。
訂正。モンヴァンではなくマンヴェンだそうだ。
「いーじゃない、門番なんだし。」
フィネがなおも挑発する。
「あ!?」
一瞬の間。
「…んん?そっちの兄ちゃんは?」
マンヴェンがこちらを見て言った。
「イズミだよ。今日この辺に着いて、オーベルンに寄らずに森に入ってたんだって。」
「ば…ばかじゃねぇのか!?あの森には今ベーゼアルラウネが出てんだぞ!」
マンヴェンに凄まれる。
元々の顔も怖いのでたじろいてしまう。
「しかも森で迷ってた。」
「はぁ!?」
また怒鳴られそうなので先手を打つ。
「待った。ベーゼアルラウネの件はもう解決したよ。」
「はぁあ!?何わけかんねぇこと言ってんだ!?」
より大きい声で怒鳴られる。正直ちょっと怖い。
たじろく俺の代わりにフィネが説明をしてくれる。
「モンヴァン、死体を見つけたんだよ、ベーゼアルラウネの。証拠も持ってきたから今からギルドに報告するんだ。」
それを聞いてマンヴェンが硬直した。
首だけをフィネに向きなおして低い声で言う。
「見つけたらもう死んでたってのか?」
「そう。」
「…嘘言ったってしゃあねぇしな。だったら素直に喜ぶとすっか。」
「意外と話早いね、モンヴァンは。」
「マ・ン・ヴェ・ン。もういい、通りな。」
マンヴェンが門を開ける。かんぬきは差されていないようだ。
「あんがとー。」
マンヴェンが再び俺を見る。
「イズミだっけ。知らない土地に来たら先に町に寄らんと、命がいくつあっても足りないぞ?」
「忠告ありがとう、マンヴェン。今度からはそうするよ。」
「おう。まぁ今日はゆっくり休みな。」
そう言ってマンヴェンは門を閉めた。
中に入ると、柵沿いの道が左右に2本と、真正面に向かう道があった。
正面の道はメインストリートのようで、石畳の広い道が真っ直ぐ続いている。
その道の左右には木造の建物が並ぶ。
1階が店舗、2階~3階が住宅というものが多いようだ。
俺が周りを眺めている間にフィネが露店で串焼きを買っていた。
2本持ったうち1本を俺に向ける。
「ほい。」
「俺、この国の通貨をまだ持ってないんだが。」
この国、ステイナドラーの金はまだ持っていないから代金を渡すことができない。
聖アロンの金貨と銀貨ならあるが、他国通貨は取引の時に重さを量るのが慣例だから使いづらい。
冒険者ギルドで魔物から採った素材…熊の爪や狼の牙を売れば多少手に入るとは思うが。
「このくらいおごりでいいって。」
フィネは肉を口に入れたままシシシと笑う。
「サンキュ。」
それならと、ありがたく受け取って肉に噛みつく。
大切りの肉と野菜が刺さった串だ。
何の肉かわからないがうまい。
今度俺も何かおごろう。
食べながら歩いていると、レンガの建物の前でフィネが立ち止まった。
木造の建物が並ぶ中、ここだけが重厚なレンガを見せつけている。
3階建てに見えるが、よく見ると1階の天井が高い造りの2階建てのようだ。
吊り看板には派手な紋章が描かれているだけで文字が入っていない。
入口はウェスタンドアと言うのだろうか、胸の高さにスイングドアが設置され、その上下から中が見える。
フィネが最後の肉を飲み込んで言った。
「これが冒険者ギルドだよ!」