戦いのあと③
セルテンが場所を変えようと言うので、ギルドを出て近くのレストランに入った。
「いらっしゃいませ。」
黒いエプロンをつけた女性が近付いてくる。
「先に連れが来ているんだが。セルテンだ。」
「…お待ちしていました。こちらへどうぞ。」
案内されて店の奥に入っていく。
一番奥のテーブルの4人が席を立ってよけた。
セルテンが『悪いね』とでも言うように片手を上げたから、彼らが連れなのだろう。
セルテンに促されるままフィネと並んで席に着くと、セルテンが向かえに座った。立った4人はどうするのだろうと思ったら、近くのテーブルにばらけて座った。
…この辺全員がセルテンの連れのようだ。
「ずいぶんと大所帯で来たんだな。」
「この間の単独馬車が異例でね、むしろこれが普通なのだよ。商隊を組んで移動するんだ。ある程度人数がいた方が襲われにくくなるからね。魔物にも人間にも。」
見ると傭兵か冒険者というような身なりの者もいる。
この町では珍しくもないが、セルテンの商隊の構成員だと思うと違って見える。
「我々の話を他人に聞かれないようにという配慮で一番奥に通してくれたが、どちらかと言うと食事目的だよ、彼らは。気になるなら席を外させるが?」
「そのままで構わないよ。それで、交渉って?」
「早速、本題か。冒険者は話が早くて助かるね。」
セルテンが胸ポケットから紙の束を取り出した。
一緒に括り付けてある木炭を取り外してテーブルに置く。
「知ってのとおり今日、この町の一部の冒険者が、貴殿らが討伐したレッサードラゴンの回収を行った。結果はもう聞いたかい?」
「…知らなかったが、そうなんだな。結果も特に聞いていないぞ。」
「ふむ…イズミ殿が恩人だから進言するがね。今『知らなかった』と聞いたことで私は多くの情報を手に入れた。知らなかったとしても、今のは『ああ。結果はまだだが。』とでも返すくらいがちょうどいいと思うよ。」
「…わかった。」
そういう機微はよくわからないが、交渉術とでも言うのだろうか。
素直に聞いておくべきだろう。
「余計なことだったらすまないね。話を戻そう。レッサードラゴンの数があまりにも多かったそうなんだ。ギルドではまるで捌けないだろうね。」
「それで?」
「ぜひ買い取らせてほしい。」
「……」
どういうことだ?
なんで俺たちにそれを聞くんだろう。
フィネをちらっと見てみるが、メニューを読み始めていた。
「セルテンさん。また苦言を呈されそうだが、ここは正直に言わないと話が進まないと思う。なぜ俺たちにそれを言うのかわからない。」
「ふむ、なるほど。私はイズミ殿とフィネ殿がほとんどのレッサードラゴンを討伐したと聞いている。マンヴェン殿が倒した分以外の素材の所有権は当然に貴殿らにある。だから、買い取らせてほしいと提案したんだ。」
なるほど。そういうことか。
「フィネ、聞いてた?」
「聞いてはいるけど、イズミに任すよ。」
「わかった。じゃあセルテンさん、あなたに売るよ。手放しで任せる。」
セルテンの目が細くなる。
すぐに笑顔に戻って、さっきまでの調子で話し始めた。
「イズミ殿は人が良すぎるな。なんだか私一人で儲けるのが悪い気がしてくる。ふふふ…承知した。貴殿らが利益を追求しないのなら、町への貢献という形にしよう。買い取り条件として、相場どおりの価格で素材の買い取りを行う代わりに、冒険者ギルドが支払う予定のマンヴェン殿の葬儀費用を我が商会で持つ。イズミ殿たちの名前を出してね。」
そう言いながら手元の紙に何か書いていく。
そして一部を切り取って俺に提示した。
【金貨1,000枚(数量精査後、余剰分を支払う。)】
と書かれている。
提示された金額の大きさに目を見開いてしまう。
俺の所持金は金貨12枚とちょっとだが、これでも冒険者の手元資金としては多い方だ。
「…これでどうだろうか。数の確認には少し時間がかかるのでね。」
「構わないが俺たちの名前は出さないでくれ。」
「承知した。では匿名にしよう。」
仕入れで金貨1,000枚をポンと払おうとは、大きな商会なんだろう。
その上、葬儀費用まで拠出するなんて。
名乗られたときは一人の商人とか言ってたような気がするが…。
「葬儀費用ってかなりの金額だろ。採算取れるのか?」
「そう見せるのが大事でね。こちらも素材の売り捌きで元は取るから安心してくれ。それに…言わなくてもいいことではあるんだが…マンヴェン殿とは過去に関わりがあってね、もう借りは返したんだが、利益度外視でもいいかという気分もある。」
「マンヴェンは相当活躍してたんだな。」
「有名人だよ、彼は。一部では英雄と呼ばれている。ロトバイルのどこかの公園に銅像でも立ってていいくらいだ。」
「詳しく聞きたいね。」
「いいや、知らない方がいいだろう。公式にはなかったことになっている話だからね、迂闊に口にすればまずいこともある。イズミ殿はそういう使い分け、苦手だろう?」
セルテンはもう俺の性格をよくわかっているようだ。
なら深くは聞かないでおこう。
「ところでイズミ殿とフィネ殿はこれからどうするつもりなのだ?」
「こう見えて冒険者ランクはFでね、当面はランクアップを目指して依頼の数をこなすつもりだよ。」
「行先は決まっているのか?」
ランクFと聞いて驚きもしないか。
もう知ってたってことだな。
「しばらくはここにいる気だ。」
「ふむ…レッサードラゴンの件でロトバイルから傭兵団が動員されたそうだ。魔物が出たときの討伐は彼らが行うし、その他の依頼は一時凍結される。3日後には依頼がなくなるぞ?」
「え!?」
それは困るな。
フィネを見ると目が合った。
知らなかった様子だ。
「それが本当ならこれから行先を考えることになるな…」
「ならカルスルエに来ないか?」
「カルスルエ? ステイナドラーの首都か?」
「首都ではなく代表都市と言った方が聞こえがいいな。ほら、聖アロン帝国に聖を付けないと怒る人がいるだろう。」
「ああ…」
司教とか一部の貴族はそうだったな。
しかしカルスルエか。
大商業都市……ってことしか知らない。
「なぜそこへ?」
「私の本拠地だよ。食客として来てもらうのは諦めたが、冒険者の拠点として来るのはどうかと思ってね。」
「裏は?」
「あるさ! はは、さすがに気にするかね。裏というか、表立って下心があると宣言しよう。」
「どんな?」
「簡単な話だ。二人に便宜を図ろう。困ったときは相談してほしい。買い物についても、私の上客の証であるリングを贈るよ。当商会の系列店ならかなりの割引をする。望むなら宿も。私の息のかかっている宿が不安じゃなければだが、格安で提供する。代わりに、私が困窮したときに助けてほしい。」
「困窮、ね。」
「易々とお願いごとをしたりなどはしないさ。本当に困ったときにだけ依頼をする。だから、私から連絡があったときは最優先で動いてほしい。」
横目でフィネを見る。
フィネは疑いの目でセルテンを見ていた。
「貴殿らがカルスルエに滞在する間にそういう事態が一度も起こらない可能性はあるが、私も職業柄ね、2~3年に1回は死にかけているよ。」
そう言ってセルテンは大笑いした。
周りの客も聞き耳を立てているだろうに、クスりともしないのが自然でも不自然でもある。
セルテンが落ち着くのを待って、俺は言った。
「セルテンさん、俺は魔物や暴力にさらされている人を見たら助ける。そういう性分だというのを自覚している。だから目の前にそういう人がいるとき、それを無視してセルテンさんのところへ向かうということはできない。」
「…茶化すわけではないが、かっこいいな、イズミ殿は。私もそういう台詞を言ってみたかった。」
「……」
「もちろんそれで構わないよ。私に従えと言うわけじゃあないからね。友人として助けてくれるくらいのもので。」
「フィネ。」
「アタシはどこでもいいよ。でも…イズミの目的を達成するためには人が多いところの方がいいかもね。」
俺の目的。
冒険者としての目標。
夢。
フィネだけには話した。
『友達が欲しい』というささやかな夢。
フィネの言うとおり、人が多い方がウマが合う人に会える可能性は高いだろう。
「わかった。セルテンさん、カルスルエに行くことにするよ。これからもよろしく。」




