表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/72

門番のマンヴェン

「くそっ、冗談じゃねぇ。」


 最悪の事態だ。


 何が大型のレッサードラゴンの調査だよ。

 こんな嫌な予感しかしない仕事、やっぱり支部長(ゲオルグ)がやるべきだった。

 おれはしがない門番だぞ。

 現役冒険者時代もランクはCどまり。

 レベルもゲオルグより15も低い。

 あげく内臓損傷で今は長時間の運動ができない。

 何かあっても対処できない、ってことはわかりきっていたじゃないか―――





――ぃちゃん!


 ん、なんだ…?


「お兄ちゃん!お母さんが…!」


 妹の声?

 なんで急に…。


 ああ…そうだ、おれは妹のために戦ってきたんだ。

 ずっとそうしてきた。

 そのはずだった。

 いつからおかしくなったんだっけ?


 …思えば、くだらない人生を歩んできたな。



 おれは何の変哲もない普通の家に生まれた。

 父は雇われ農夫、母は村で採れた野菜を地方長官の屋敷に卸す仕事をしていた。

 卸すと言っても価格交渉は村長の役目で、母さんはただ搬送していただけだ。

 それに妹が一人。


 7歳までは幸せだった…はずだ。

 ほとんど記憶にないが、普通の幸せな家庭だったのだろうと思う。

 7歳のとき、なんでもない普通の日だった。

 母さんがいなくなった。

 (あと)で聞いたのだが、役人の屋敷に視察だか監察だかに来ていた人妻好きの領主に見初められて、領主の妾になったそうだ。

 おれと妹には何も言わず出て行ったらしい。

 ああ、そこについては恨んじゃいない。


 だが、その日から親父は変わった。

 まず、おれを殴った。

 そして、妹も殴った。

 以来数年間、おれは妹を守るためだけに生きた。


 今では自慢にはならないとわかっているが、当時おれは喧嘩では負け知らずで、それを誇っていた。

 相手の動きが読めるし、防げるし、かわせる。相手が武器を持っていてもてんで目じゃなかった。

 だから農夫ではなく冒険者になろうと決めていた。

 魔物は村のチンピラとは比べ物にならないくらい強くて恐ろしいってことは冒険者になるまで知らなかったんだ。


 村では16歳で成人となる。

 成人さえすれば冒険者になることができる。

 だからそれまでは耐えることにした。

 おれが親父に逆らえば次は妹が標的になるから親父には従わなければならない。

 喧嘩でいくら強くなろうと、親父には殴られ続けるしかなかったが、結果的にこれが上位ジョブの開花に繋がったんだと思っている。


 16歳の誕生日の二月(ふたつき)前、妹が13歳になった。

 法律上は結婚ができる歳だ。

 実際に13歳で結婚したって話は聞いたことないが、とはいえ祝いの日だ。

 この日ばかりは親父も上機嫌で、食卓にはごちそうが並び、酒を飲んでもおれを殴ることなく眠った。


 そして16歳の誕生日まであと数日か、十日前後になったあたりのなんでもない普通の日だった。

 妹がいなくなった。

 親父を問い詰めると、奴隷商に売っぱらったと言った。


 殴った。

 何度も殴った。

 何度も何度も。

 今までの恨み(つら)み、苦しみ、怒り、憎しみ、悲しみ…全部が(あふ)れ返って殴り続けた。

 家の戸を開けっ放しにしていたせいで、たまたま通りがかった村の男たちに取り押さえられるまでずっと、何度も。


 そしておれは村から追放された。

 誕生日は大木の穴の中で胡桃(くるみ)を砕いて食った。


 数日かけて近くの町に出て、そこからは冒険者生活だ。

 そこの冒険者ギルドには【ジョブ指南】ができる者がいなかったから、金を積んで教会でジョブチェンジするしかない状況だった。

 当然、金はなく、おれは自分のジョブすらわからないままGランクの依頼をこなして日銭を稼いだ。

 そうしてFランクになって、貯めた金でやっとジョブチェンジをすることができた。

 おれの元々のジョブは闘士で、選べるジョブには上位職の騎士(ナイト)があった。

 もちろん騎士(ナイト)になったよ。

 自分で言うのは恥ずかしいが、離れ離れになるまでは妹の騎士(ナイト)だったし、いつか妹を見つけて助け出す気だったから、そのためにも相応しいと思ったんだ。


 それからしばらくして、もうすぐランクDに上がれるってあたりでゲオルグに出会った。

 ゲオルグ・ランゲ、今のオーベルン支部長のあいつだ。

 その頃はまだ髭は伸ばしていなかった。

 おれたちのほか、ガストンって名前の決闘士とポールって双剣士の4人で組んだ。

 全員近接職の異例のパーティだ。

 あいつらと組んでからはそれなりにうまくことが進んでいった。

 冒険者ランクはCまで上がったし、妹探しを始める余裕もできた。


 ちなみに、この国に奴隷制度はなく、基本的に奴隷の所有は違法だ。

 ただし子弟制度というものがあった。

 金持ちが息子の学友を募集し、その条件に適した子供を仲介人が探しだし、その親の同意の上、子供を募集者の家に住まわせることができる、というものだ。

 これが実質的には奴隷制で、仲介人が奴隷商だった。

 仲介人は金で口減らしの子供を集める。その後に裏オークションで購入者を決め、あとから子弟手続きをする。子弟の募集条件なんて売買後にどうとでもできた。


 売られた子供は金持ち自身の玩具(おもちゃ)にされるか、妻や息子の玩具(おもちゃ)にされるだけとなる。

 制度上は、子供は成人したときに自分の進路を決めることができる。だが、おれは『そのまま使用人としてその家に残る』という書類しか見たことがない。


 不幸中のたった一つの幸いは、『監察』という手続きがあったことだ。

 監察は、子弟手続きの書類の確認や、子供が不当な扱いを受けていないかを調べるものだ。

 これには別の州の役人が来ることになっており、中には賄賂の利かない公正な者もいる。

 だから奴隷を簡単に殺すことはできないし、目立つ外傷も付けられない。

 ただし、子供との面談は短時間で決まりきった質問をするだけのもので、監察が入ったからと言って子供が救われることはなかった。


 この監察対策として、奴隷商…仲介人は顧客の代わりに書類を準備するというサービスを行っていた。

 仲介人は立ち会いができないから、書類だけでも完璧なものにしていたのだ。

 そのためにやつらは顧客の書類をしっかり管理していた。


 だからおれは仲介人の屋敷で過去の書類を確認し、奴隷解放を行った。

 潰した仲介人は26人。解放した奴隷は全部で392人になった。

 初めは妹の可能性がある者だけを解放していたが、途中からは潰した仲介人が取引した全員を助け出すことにした。


 それでも実際に助け出せたのは3割にもならなかった。

 392人の中にはすでに死んだことにされ、最低な扱いを受けていた子供が大勢いた。

 半数は州都の医療院に運ばなければならない状態だったし、そのほとんどはもう死んでしまった。

 なんとか生き延びても、普通の生活は送れない者が多かった。

 それに元気な子供でも身寄りはないに等しい。

 そんな彼らの受け入れ先に困ったから寂れた教会で孤児院を開いた。

 おれは金を出しただけで、ほとんどのことはマザーがやってくれている。


 そんなことをしていたら、州府が動いて実態調査が行われ、子弟制度は廃止になった。

 その時、おれはおれで捕まって尋問(じんもん)を受けた。

 結果的に無罪放免とはなったが、内臓損傷が完治することはないらしい。

 冒険者は廃業、しばらく療養して僻地(へきち)の関所ででも働こうかと思っていたら、いつの間にかギルド職員になっていたゲオルグが番兵をしないかと誘ってきたから番兵になった。



 おれの人生はこれだけだ。



 …結局、妹は見つけられていない。

 そう、結局のところ、妹がどうなったのかはわからないし、母さんがどうしているかは知らないし、親父があの後どうなったかも聞いていない。

 おれはまったく、本当に、ろくでもない。





――ァアア!


 ふいに、目の前の景色が変わった。

 いや、これは元に戻ったと言うべきだろう。

 走馬灯というやつだろうか?

 死ぬ直前の一瞬に見るって聞いたが…。

 まぁそんなことはどうでもいい。


 今は目の前の問題が重要だ。

 数十匹の小型レッサードラゴンが向かってきている。

 その奥には中型の重量級のやつも見えた。


 緊急事態、それも最悪の事態ってやつだ。

 だが悪態ばかりをついてはいられない。

 調査隊の指揮者として、この場を切り抜けなければ。


 多分、肺をやっちまうが…声を張り上げる。


「お前ら!! 逃げるぞ!! 全員散り散りに退避!! オーベルンまで全力で走れ!!」


 口の中に血の味を感じる。

 構うもんか。

 愛用の穂先の大きな槍(パルチザン)を手に取る。


「振り返るなよ! 隣を走るやつがやられても走り続けろ! ゴホッ!」


 喉の奥から上ってきた血で(むせ)た。

 あーちくしょう。

 格好つかねぇな。

 だが、おれは騎士(ナイト)だ。

 妹は守れなかったが、せめて何か一つでも守ろう。


「おおお!!! こっちを見ろ雑魚ども!!」


 パルチザンを両手で持って顔の前に掲げる。

 スキル【勇気の火】を発動!

 魔物の注目を集めるスキルだ。

 一瞬にして魔物の殺気がおれに集まった。

 さらに肉体強化スキル【守衛】、【突撃】を発動。


「ゲオルグ…」


 槍を回して構える。

 ここが番兵(おれ)の正念場だ。

 1秒でも長く敵を足止めする。

 ろくでもない人生だったが、あいつらとの冒険だけは楽しかった。


「おれが相手をしてやる!! 我が名はマンヴェン!! 門番のマンヴェンだ!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ