宿で
町に戻る道中、段々とフィネの口数が減っていった。
本人は大丈夫だと言っているが、その言葉にも元気がない。
多分、自分が思っているよりも疲労が溜まっているんだなと感じた。
町に戻ったら宿に直行しよう。
と、考えているうちに町に着く。
ん…?
遠目からはわからなかったが、門番が変わっている。
中年の太った男だ。
「なぁ、マンヴェンは?」
俺が聞くと、男がガラガラ声で答えた。
「帰ったよ。んで明日と明後日は休み。何か用があるなら3日後に来るといい。」
「あ、いや、用があるわけじゃないよ。」
「んん?」
そりゃあそうか。
マンヴェンだって毎日毎日朝から晩まで休みなく働いているってわけじゃないんだろうし、交代要員くらいいるってことだ。
しかし目の前の男は門番っぽくないというか、戦闘能力のなさそうな男だ。
魔術師なのだろうか?
「まぁいい。アンタたち、名前は?」
「イズミとアドルフィンだ。」
「記録するからちょっと待ってろ。」
フィネを見ると、あまり興味なさそうに髪をいじっていた。
マンヴェンのときとはえらい違いだ。
男は木簡を広げて何か書きこんでいる。
通行記録か。
マンヴェンが書いているのは見たことがないな。
「よぅし、通っていいぞ。」
「ああ。」
門を通り、宿に向かう。
「おかえり!」
「ただいま。」
「ただいま。」
珍しく俺とフィネの声のトーンが同じになった。
ユリアナの義兄デニスも不思議に思ったらしい。
「おや、今日はお疲れかい。」
「そんなでもないよ。元気元気。」
空元気なのが丸わかりだが、デニスもそれ以上は言わなかった。
宿代を払ってそのまま食堂で夕食を食べ、フィネを部屋に送り、自室へ。
さっき日が落ちたばかりで寝るには早い。なのでスキル【鍛冶】の訓練を行うことにした。
【創剣】で鉄の剣を1本作り、【鍛冶】で別の武器に変形させる。
これは武器のイメージを頭の中で構築する訓練になる。
素早く正確にイメージできるほど、いざというときに役に立つだろう。
剣を鎚へ。次に鎚を短槍へ。短槍を5本の投擲ナイフにばらし、まとめて斧に。
少しずつ装飾も増やしていく…
――コンコン。
小一時間ほど訓練したところでドアがノックされた。
フィネはすぐに寝るかと思ったが。
「フィネか?」
「ユリアナです。」
「おぉ! ちょっと待ってくれ。」
意外な来客だ。
内鍵を開けてドアを開けると、ギルドの制服姿のままのユリアナが立っていた。
血色があまり良くないように見える。
「こんばんは~…」
目にはくまがあり、笑顔にも力がない。
「ずいぶん疲れてるな。例のレッサードラゴンの対応?」
「はい…。あ、フィネちゃんはいないんですね。おでかけですか?」
「自分の部屋に…」
いや、ユリアナは先にフィネの部屋に行ったんだろう。
きっとフィネは寝ていてノックに反応しなかった。
だから出かけたと思ったわけだ。
「自分の部屋で寝てるよ。かなり疲れが溜まってるみたいで。」
「そう、ですか…」
ユリアナは思案するように目を動かした。
「とりあえず入るか?」
「はい、失礼しますね。」
ユリアナをベッドに座らせ、俺は向かいの壁によっかかる。
「制服のままってことはまたギルドに戻るのか?」
「ええ、これから夕食で、そのあと着替えてまた戻ります。」
「忙しいんだな。」
「昨日からバタバタしっぱなしで、今日は食事の時間も取れず働き詰めでした…」
「そりゃ…お疲れ様だ。頑張ったんだな。」
なるべく嫌味に聞こえないように気を付けて言う。
ねぎらいの言葉も、言い方次第では反感を買ってしまう。
「ありがとうございます。」
疲れが取れる魔法でもあればかけてやりたいが、回復魔法では怪我は治っても体力は回復しない。
フィネもそうだが、こういう時は体を休めるしかない。が、忙しければそうもいかないんだろう。
あれ?
まだ忙しいってことは討伐隊が成果を出していないってことか?
「えぇと、イズミさんは緊急依頼のことは聞いてらっしゃいます?」
「あー、討伐隊が組まれるらしい、ってとこまでしか。」
「お昼前に、ギルドで待機していた冒険者の方々に緊急依頼を出しました。『レッサードラゴンの調査』と、『討伐』の2つです。その場で調査隊か討伐隊かを選択してもらって、調査隊はすぐに出発しました。」
なるほど、そういう順序か。
しかしこの話の流れ。
俺たちも討伐に参加しろって言われそうだな。
「討伐隊は明日また集合して、調査結果を確認後に出発する手筈でした。今日の調査でレッサードラゴンを発見できなかった場合は、明日も調査隊が出て、討伐隊は昼にまた一旦集合。というような具合です。」
「ふむ、その様子だと…発見できなかったのか?」
「それが…調査隊が帰ってきていないんです。」
「……」
それは嫌な話だ。
調査隊に何かあったってことだろう。
一人も帰っていないなら、最悪の事態もありうる。
「明日、討伐隊の中から高ランクの方と調査に有効なスキルをお持ちの方を選りすぐって調査隊の捜索を行います。そこに参加していただけませんか?」
「俺たちは高ランクじゃあないし、索敵スキルもないぞ。」
と、言いつつもフィネは素で索敵能力が高いんだが。
それはまだ言わなくてもいいだろう。
「イズミさんの担当職員として、私が特任推薦を行えば参加が可能になるんです。この間のイズミさんがD-REX種を討伐したお話、私は信じています。ギルドからではなく、私個人のお願いでしかないんですが、なんとかご協力いただけないでしょうか。」
「個人の?…なんでそこまでするんだ?」
いや、聞かなくてもわかる。
調査隊に知り合いか友人がいるんだろ。
俺としては、友達が困っているというだけで協力する理由には十分なのだが、フィネがいないところで回答していいものか。
「調査隊には私が担当している冒険者の方が大勢いますし、それに…マンヴェンさんが心配で。」
「マンヴェン?門番のか?」
「はい、支部長は討伐隊の指揮に当たるので、調査隊はマンヴェンさんが指揮を執ることになったんです。」
「なんでマンヴェンが?」
「マンヴェンさんは私が小さい頃からお世話になっていて、伯父のような方なんです。」
「そうだったのか。」
心配する理由はわかった。
しかし俺が聞いたのはなぜ門番が指揮を執るような要職に当てられたかについてだったんだが…。
「そりゃ心配にもなるな。だけどすまん、ユリアナ、俺が聞きたいのはなんでマンヴェンが指揮なんだってことだ。もう戦えないって言ってたぞ。」
「ですから調査隊です。指揮者は戦闘は想定していませんし、なにより指揮をお任せできるような現場経験の豊富な職員は支部長とマンヴェンさんだけなので。」
え!?
マンヴェンってギルド職員だったのか。
あ、そうか、門番自体がギルドの仕事なのか。
引退した冒険者が就くにはうってつけでもあるしな。
ううむ…マンヴェンに何かあったのかもしれないってことならフィネも二つ返事で協力してくれるに違いない。
あれで結構懐いているようだし。
「…わかった。明日朝イチでギルドに行くよ。」
「っありがとうございます!」
喜びかけるユリアナの顔の前に手の平を向ける。
「ただし条件がある。いくらユリアナの頼みだからってタダで受けるわけにはいかない。」
「はい。私にできることならなんでもします。」
なんでも?
え、マジ?なんでも……?
いやいやいやいや、雑念は捨てろ。
「…フィネの同意を得ていない。もし明日の朝フィネが早起きしてこなかった場合、俺一人で参加することになる。」
「もちろん構いません。」
「そこじゃなく。一人で参加した場合は、ユリアナの家族に言伝を頼む。その時に俺はもう宿にいない。つまり事後報告だ。」
ちょっと回りくどい言い方になってしまった。
ユリアナが頭の上に疑問符を浮かべている。
あとは結論だけにしよう。
「フィネが怒ったり拗ねたりした場合、一緒に謝ってくれ。」
「……」
ユリアナは少し呆然としたあと、いつもの笑顔になった。
「もちろんです!」




