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ベーゼアルラウネ

 それからしばらく歩き回った。

 移動痕(いどうこん)というのは、もしあればはっきり見えるらしく、早歩きでの探索だ。

 最初の魔物ラッシュはなんだったのか、まったく魔物に遭遇していない。


「全然魔物がいないな。」

「ベーゼアルラウネが出たから逃げてるんだよ。ちょっと奥に行けば逆にたくさんいるよ?」

「そういうことか。」

「イトジゴクは滅多に動かないからね。例外中の例外。」

「それに当たるとは運がないんだな。」

「ほんっとうそうだよね!その分、幸運があるといいな!すぐに雫が見つかるとか、大量に見つかるとか!」


 目を輝かせて言う。まるで少年だ。


「あっ!イズミ、あれ見て!」


 フィネが指差した方向を見ると地面が光って見えた。


 二人で近づくと、草にカタツムリが()ったような粘液が残されており、それが反射していたようだった。とはいえ、もしこれがカタツムリなら、体の幅が2メートルくらいある化け物カタツムリだろう。


「大当ったり~!」


 フィネが嬉しそうな声を上げる。

 これが移動痕(いどうこん)らしい。


「フィネ、どれが雫なんだ?」

「んっと、」


「ああ、これこれ。この金色の玉みたいなやつ。」


 フィネが指差した先には小さな玉があった。

 粘液にまみれているが、半透明でキラキラと輝いている。

 ツヤのある感じは真珠みたいだ。

 フィネが鞄から水の入った瓶を取り出して栓を開け、雫をつまんで放り込んだ。


「見てよこの大きさ!」


 フィネが瓶を掲げる。

 親指の爪より2周りほど大きいくらいだ。


「こんなに大きいの初めて見たよ~。これねぇ、空気に触れるとどんどん小さくなってくんだって。」


「…ってことはベーゼアルラウネが通ったばかりってことか?危険じゃあないか?」

「近づきすぎなければ大丈夫!これどっちに行ったかな?」


 草の倒れ方で進行方向は丸わかりだ。


「あっちだね、イズミ。行こ。」

「ああ…」


 足元を見ながら進むフィネにペースを合わせながら警戒しつつ進む。


「うっひゃ~!めちゃくちゃ落ちてるよ、大豊作!やっぱイズミにも分け前あげるね。」


 フィネは少し調子に乗りすぎる()があるようだ。


 あと油断もしすぎ。

 前方20メートルくらい先で移動痕(いどうこん)がクロスしている。

 今追っているこの(あと)の方が(あと)なのであれば問題ないが、もし逆に交差している方の移動痕(いどうこん)のが新しいのであれば、かなり近くに魔物がいるということになる。


「フィネ、止まれ。」

「え、なんで?」

「あそこ、移動痕(いどうこん)がクロスしてる。下手すると近くにいるぞ。」

「んー?」


 フィネが両手を眉毛に当てて目を凝らす。


「げ、そうだね。直進した後にどっか回ってからもっかい通ってるね。退散しよっか。」

「見えるのか?」

「視力は良いんだ。ヤバげだから急いで逃げよ。」

「どっちに?」

「来た道戻る。」

「了解。」


 二人で真後ろに駆けだす。と、すぐ前に大きな植物が見えた。

 さっきは気付かなかったが……ってことは、あれがベーゼアルラウネか!

 まずい、鉢合わせになってしまった。

 魔物もこちらに気付いたようで、震えるような殺気を向けてくる。


「最悪!イズミ、左右に分かれるよ!」


 いや、最悪は別れた後、フィネが追われるパターンだろう。それじゃあ俺が付いてきた意味がない。

 スキル【武具収納】を発動し、『ツキノワ』を取り出す。


「フィネ、あまり遠くまで行かずに離れてろ!」


 矛盾したことを言ってしまったが、訂正する余裕はなかった。


「フレイムダガー!」


 魔法で炎の刃を2本放つが、束になった(つる)で阻まれた。

 攻撃を防がれたのはこの森に来て初めてだ。


 だったら大きな炎で燃やしてしまえば楽そうだが、森林火災になれば自分たちの身も危ないか。

 剣を強く握る。


「はぁっ!」


 (つる)を切り裂くとはっきりと本体が見えた。黒みがかった茨の中央から毒々しい花が咲いており、その中央に女性の上半身が生えている。

 俺の身長をゆうに凌ぐ大きさだ。『ツキノワ』では一刀両断とはいかないだろう。

 やっぱり焼こう。

 それが早い。


 本体から突き出される(つた)をかわしながら近づく。

 同時にツキノワにスキル【属性付与】を発動、フレイムダガー10本分の魔力を込めて炎の剣にする。


 眼前に(つる)の壁が出現したので跳び越えると、ちょうど女性体があった。

 すれ違うように斬りつける。


 目が合うかと思ったが、目の位置に瞳がない。

 人に似ているだけでやはり植物らしい。


 着地して構え直すと、ベーゼアルラウネの人型が燃え上がるのが見えた。


「フレイムダガー!」


 あそこが核とは限らない。

 花びらや茨にも炎の刃を打ち込む。

 この程度なら大きめの給水魔法ですぐに消火できるだろう。


 周囲に警戒しながらしばらく見ていると動かなくなった。

 粘液を出すだけあって、ベーゼアルラウネの根本は多肉植物のように水分を多く保持しているようだ。

 燃え広がる心配はなさそうである。


「イズミ?」


 すぐ後ろからフィネの声。


「フィネ、怪我はないか?」

「倒したの?ベーゼアルラウネを…?」

「ああ。多分もう大丈夫だ。」


 フィネは俺と魔物を交互に見ている。


「ん、どうかしたか?」

「やっぱすごいよイズミ!イトジゴクのときも言ったけど、その比じゃない!」

「そりゃどーも。」

「仰天だね。正直アタシとイズミ、どっちか死んだと思ってた。」

「そこまでか?戦ってみたら動きは遅い方だったぞ。防御は固かったけど。」

「迎撃中は要塞みたいに防御するからね。でも追撃するときは(つる)で木の枝を掴んで飛ぶように移動するからすんごい速いんだって。」

「それは怖いな。」


 高速移動する植物か。言っててなんかおかしいな。

 にしても二手に分かれなくて正解だったようだ。


「普通は討伐隊が組まれて冒険者数人で囲うような化け物なんだよ?イトジゴクどころかベーゼアルラウネまで単独討伐しちゃうなんて、ホントヤバい。」

「だがこれで雫はもう取れなくなっちまったな。」

「いーのよ。アタシは十分すぎるくらい採れたしね。それに危険な魔物はいない方が、近くの村の人たちは安心っしょ。」

「ならいいが…」

「そ・れ・じゃ・あ…」


 フィネがベーゼアルラウネに近づいていく。


「フィネ?」

「素材回収~!」


 フィネはためらいなく人型部分の根本に手を突っ込んだ。


 そして少しもぞもぞした後、拳大(こぶしだい)の黒い塊を取り出した。


 それを近くの木の幹に投げつけると、殻が割れるように黒いものが取れた。

 中からはオパールのような不思議な色の歪んだ玉が出てきた。


「それは?」

「アルル(ろう)。これで蝋燭作ると紫の火が灯るんだって。金持ちの嗜好品だけど、高く売れるんだ。もちろんイズミの取り分だよ?」


「…半々でいいぞ?」

「いいわけないでしょ!イズミが倒したんだよ?」

「いいよ。俺一人なら採取しなかったものだしな。」


「…本当?金額見てやっぱなしとか言わない?」


 上目遣い。


「言わないって。それよりそろそろ帰らないか?日も沈みそうだ。」

「やったー!」


 余程嬉しいようでフィネが飛び跳ねる。


「そだね、帰ろう帰ろう。」


 スキップでもしそうなくらい上機嫌だ。

 そんなに高価なものだったのだろうか。





「あれ?そういえばイズミ、冒険者志望の旅人って言った?」


 道中、フィネが思い出したように言った。


「ああ、冒険者を目指してるんだ。」

「目指すって、登録するだけなんだからすぐなれるでしょ。どういうこと?」

「え、そうなの?」


 あ、しまった。普通に聞き返してしまった。

 ここは冒険者にすぐなれる国だったのか。


 フィネを見ると、やはり疑いの目を向けられていた。


「イズミさ、やっぱり国外の人でしょ。」


 ばれた。


「なんでそう思うんだ?」


 一応、ばれた理由を聞いてみる。


「服のセンスがコプトの商人みたいだもん。ここ、国境近いしね。それにコプトは冒険者になるのに試験があるって聞いたことあるよ?」


 半分ばれたならもう隠す理由もないだろう。


 両手を上げてみせる。


「隠していて悪かった。でも道がわからないってのは本当なんだ。」

「いいよ。隠してはないけど、アタシも国外出身だしね。」

「そうなのか…ちなみにここがどこだか聞いてもいいか?」

「ステイナドラー南端のオーベルンのさらに南、セラータの森だよ。」

「ステイナドラー…」


 コプト王国の北にある国か。都市国家…じゃなくてなんだっけ、力のある都市の連合国家だったか。


「イズミはコプトから来たの?」

「いや、その先の聖アロンからだ。」


 聖アロン帝国はコプトのさらに南だから、国を一つ跳び越えた形になる。

 ちなみに関所は街道にしかない。魔物の出る険しい山や森を通る者などいないからだ。


「あー、イズミくらい強ければ川さえ越えられれば来れるかぁ。…んで、本当の目的地は?」

「…特にないよ。国外ならどこでも良かった。事情があって聖アロンには住みづらくなったんだ。」

「え、犯罪者?」

「違う違う!そういう事情じゃないって。良い意味で貴族に目をつけられて、俺を抱え込もうとする貴族の勧誘が多すぎて暮らしづらくなったんだよ。」

「そーゆうやつ。まぁあんだけ強けりゃねー。じゃあさ、町に着いたら冒険者登録する?」

「だな。フィネは冒険者なんだろ?色々教えてくれよ。」

「んーん、アタシは冒険者登録まではしてないよ?」

「え、雫の採取は冒険者ギルドの依頼じゃないのか?」

「うん。素材売りにギルドには行くけどね。」

「そうか…」


 冒険者登録しなくてもギルドを利用できるということか。

 だが俺はぜひ登録したいな。

 冒険者は自由の象徴、憧れだ。


「でもま、アタシも行きたいところがあるわけじゃないしね。せっかく友達になったし、一緒に冒険する?」

「友達…」

「何よ、もう友達でしょ。イズミは嫌なの?」

「いや、そうだな、友達だ。嬉しいよ。すごく嬉しい。」

「言わせた感があるんだけど。」

「そんなことない、本心だよ。」


 足を止めてフィネを正面から見る。


「一緒に冒険しよう、フィネ。」

「うん!よろしくっ!」



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