語らい
「イズミイズミ、飲み行こうよ。昨日より時間早いし。」
ギルドを出るなりフィネが言う。
「いい…けど、飲んでいい歳なんだよな?」
「これでも20歳だよ!」
口を尖らせるフィネ。
「ってか流石に15には見えないでしょ。」
そうだ、この国は16歳で成人だった。
「大人びた15歳ならありうると思って。」
「えー、それ褒めてんのかおちょくってるのかわからないんだけど。」
「良い酒場知ってるのか?」
「露骨に話そらした…まぁユリアナみたいな大人っぽさはないけどさ…。」
フィネが自分の胸を見下ろす。
やや控えめだが、普通の16歳くらいはあると思う。
いや、20歳なんだった。
「まぁいいや。良い酒場は2つ知ってる。麦酒か葡萄酒なら?」
「ワイン。」
「オッケー、じゃああっち。」
宿屋とは別の方向に歩き出す。
宿には連泊すると言ってあるから部屋は残してあるだろう。
今日からは一人部屋だ。
すぐに酒場に着いた。
周りの家と変わらない建物だが、通行人に見えるようにぶどうとグラスの看板が吊り下げられている。
中にはバーカウンターとテーブル席が5つ。
フィネは迷わず一番奥のテーブルにつく。
「赤派?白派?」
メニューを広げるなりフィネが言った。
「白だけど、今日は味濃いもん食いたいから赤かな。」
「つまりどっちもいけるってことね。アタシは断然赤!とりあえず適当に頼むよ。」
フィネが手を上げるとウェイターが近づいてきた。
「ベスチェワインの赤。チーズの盛り合わせ、チップス、アイランドケーキ。イズミ追加ある?」
「ソーセージ。」
「承知しました。」
ワインとチーズがすぐに運ばれてきた。
フィネが二人分のワインを注ぎ、テーブルに置く。
「何に乾杯しよっか。」
言いながらワインの口をナプキンで拭いている。
意外と丁寧なところがあるんだな。
「パーティ結成でいいんじゃないか?それか初仕事の達成とか。」
グラスを取りながら答える。
「はぁ…」
露骨なため息。
期待外れな返答をしてしまったようだ。
フィネがグラスを軽く掲げる。
「新たな友人に。」
照明が暗いせいか、落ち着いた表情をしているせいか、大人びて見える。
「…新しい陽気な友達に。」
――カン
「ところで、飯が魚でも赤なのか?」
「たぶん…魚って食べたことないけど。」
「えぇ!?」
「そんなに驚くことでもないでしょ。アタシ山育ちだし、ここも内陸だし。」
「川魚は?」
「川なんて崖の下にしかないし、急流すぎて近寄ることもないよ。」
「そりゃ山深いとこだな…ってそういや他国出身って言ってたな。どんなとこなんだ?」
「山の麓に村があるんだ。長の屋敷が要塞みたいになってて、それを囲うように集落ができてる。その周りに広大な畑。外の人は滅多に来ない田舎だよ。」
「俺の故郷も田舎だから田舎仲間だな。」
「イズミの強さ的に、田舎っていうよりは魔境育ちって言う方が似合う。」
「ひでぇ。」
「ちなみにこのワインの産地で、うちの村でも造ってる。」
フィネがワインをくゆらす。
「へぇ!それはすごいな。みんな赤ワインなのか?」
「うん。ワイン造りはみんなでやるからね。逆に隣の村では白だけ。」
「じゃあフィネもワイン造れるのか。」
「アタシは全然。15歳で村を出たしね。」
「そっか…」
村を出た理由は…まだ聞かない方がいいだろうか。
ジョブカードで非表示のままだった号は、ワイン蔵の屋号とか醸造家の呼び名とかかもしれない。
ワインのラベルを見てみる。
ベスチェという文字と、動物の尻尾が描かれていた。
「イズミは?聖アロンのどっから来たの?」
「ああ、俺は…」
それから普通の世間話をして宿に帰った。
――眩しい。
また窓を閉めずに寝てしまったようだ。
一人部屋に移ったが、ここはちょうど枕元に朝日が差し込むらしい。
まだ頭がぼーっとするので体を転がして朝日に背を向けると、人の顔があった。
「うっ!?」
びっくりして仰け反り、ベッドから落ちかける。
そこにはフィネがいた。まだ眠っているようだ。
「……そうだ。」
思い出した。
あの赤ワインが美味しかったから、1本空けたあとにグラスを2杯追加した。
それで結構酔っ払って宿に戻ってきたんだが、あの時点では意識がはっきりしていたから、まだ喋ろうって言ってこの部屋で話していたんだ。
うわ頭痛いな。
ゆっくりとベッドを下りて、床に寝る。
多分話しているうちに酔いが回ってしまって寝てしまったんだろう。
水が欲しい。
荷物に手を伸ばして水筒を取る。
残り少ないが、とりあえず水分補給はできそうだ。
壁までずりずりと移動して、壁によっかかりながら上体を起こし、水を飲んだ。
ちょうど正面にベッドがある。
いつ脱いだのか、フィネは下着姿だった。
初めて会ったときと同じインナーシャツと白い短パン。
色気がまったくないが、貴族の令嬢だって普段はこんなものなのだろう。
俺も上はインナーだけだ。脱いだ記憶はまるでないが。
酸素も足りない。深呼吸する。
ふと、フィネと目が合った。目を覚ましたようだ。
「………」
お互いぼーっと見つめ合う。数秒。
「っ!」
急にフィネが端に寄っていた掛布団を羽織ってベッドの上に座った。
機敏だ。
「なななななに!?」
疑問を呈されてしまった。
とはいえ俺は答えを持たない。
そろそろ体も動かせそうなので立ち上って背伸びする。
「んーー…っ!」
バキバキと背骨や肩から音がする。
変な体勢で寝ていたのか。
ドアの手前に湯桶を見つけた。
昨日もらったんだろうが、使った覚えはない。
中身はもう水だろう。
窓から下を見下ろすと、小さな畑があった。
その先は園地になっているようで、散歩している人が数人見えた。
水を捨てても問題はなさそうだ。
冷凍魔法を使って水を凍らせ、人のいないところに向かって投げ捨てる。
「イズミ…?」
「フィネ、そのまま全部脱いで桶に入れて。洗濯するよ。」
「え、自分で?」
「そう。魔法で。」
「魔法で…!?」
「洗濯魔法ってのがあるんだ。」
俺の恩師オリジナルの生活魔法だ。
複雑な洗濯の工程をこなすため長い詠唱が必要で、使用魔力も莫大だが、俺にとっては大した問題ではない。
「待って。せめて着替え取らせて。鞄にあるから。」
鞄を拾って渡す。
顔が赤い。思ったより恥じらいがあるようだ。
初めて会ったときも同じ格好だったんだが。
「それも一緒に洗おうか?普通の洗濯より綺麗になるぞ。」
「アタシに夕方まで素っ裸でいろって言うの!?…ぅぅっ!?」
フィネが顔をしかめる。
大声が頭に響いたんだろう。
「あ…違う違う。ってかすまん、説明不足だったな。洗濯から乾燥まで全部やるから、数分で乾いた服を渡せるよ。」
言いながら上着を脱いで桶に投げ込む。
「……信じられないから、2回に分けてよ。先にこれ。」
2回に分けるならズボンとパンツは後でもいいだろう。
ベルトにかけた手を下ろす。
フィネが鞄から出した下着を桶に投げ入れた。
そこに昨日フィネが脱いだであろう上着とズボン、靴下を乗せる。
1回の量としては少ないくらいだ。
洗濯物に手をかざして詠唱を始める。
「我、魔力を以て乞う。水の精、風の精、力の精よ…」
「おぉ…湯気立ってるってことはそれお湯だよね。」
詠唱中なので返事はできないが正解だ。
給水魔法でお湯を出している。
さらに水の操作や風魔法を駆使して揉み洗いの上脱水、乾燥まで全部行う。
結構すごい魔法だ。
「ええぇ、服が浮いてる。しかもすんごい動いてる。わ、水飛んで…あれ、水飛んでるように見えるけどこっちまで来ないね。」
相変わらず返事はできない。
水は常に制御しているので脱水した水もコントロールされ、桶に落とすことができる。
洗濯物自体は宙に浮かせてたまま、温風で乾燥させて最後はベッドに落とした。
「乾いてる…」
フィネが洗濯物を確認して言う。
「じゃあそれ着て、今着てるやつ寄越して。」
「う、うん。」
洗濯魔法はお湯を出すところから乾燥までがひとかたまりとなっている術式だ。
俺は術式改良はできないので、すでにある水を使って工程を省略ということができない。
なのでまた水を凍らせて外に捨てた。
掛布団がもぞもぞしたあと、空の桶に下着が投げ入れられる。
「俺のパンツも洗うから。」
宣言してベルトを外す。
フィネがばっと掛布団をかぶった。
そしてパンツまで桶に入れ、再度洗濯魔法の詠唱。
「………よし、フィネ、できたぞ。」
一応俺が服を着てから声をかけると、フィネがおそるおそる掛布団から顔を出す。
フィネも服を着終わっていた。
「…はぁ。朝からなんか疲れた。」
二人で洗濯物を畳み、荷物をまとめて朝食へ。
今日も銀貨1枚の朝食を頼んだ。
「ってかさっきの魔法さ、金の匂いしかしないんだけど。」
「消費魔力200くらいだから役に立たない魔法って言われてる。」
「あ…そりゃ無理か。」
「てかイズミは魔力ぽんぽん使いすぎじゃない?いくら千あったって朝から400は危険だよ。」
「ん?何が千?」
「イズミの魔力。千超えるとジョブカードの表示おかしくなるって言ってた。」
「ああ。実数はわからないけど、4万くらいあるから大丈夫。」
「それでも10分の1だよ?油断は禁物。」
「100分の1じゃないか?」
「え…?」
しばし思案するフィネ。
「あれ?えと、4千じゃなくて4万?」
「うん、4万。」
「ばっ!」
「ば?」
フィネが大声を出しそうになるが、小声に切り替えて叫ぶ。
「化け物じゃないのぉぉぉ!」
俺の魔力量は先天的に多かった。
エルフや魔族をも遥かに凌ぐらしい。
おかげでスキルも魔法も使い放題だ。
実際、魔力不足に陥ったのは数回しかない。
それもすべて消費魔力が莫大な魔法を使ったときだけだ。
にも関わらずなぜか俺のジョブは物理職。
しかもジョブチェンジで別の選択肢が現れないため、変更することはできない。
変更する気もないが。
フィネの言うとおり、油断は禁物でもある。
物理戦闘で負ければ元も子もないのだ。
冒険者の強さは魔力の多寡ではない。
俺が極めて一方的に活躍できる場は戦争と家事だけだ。
家事は洗濯だけでなく体の洗浄、風呂沸かしなども魔法化してあるし、料理も上手い方だから俺の独擅場だろう。
戦争は言わずもがな。
極端な大魔法が撃てるのだから、敵とぶつかる前に敵陣を焼野原にできる。
まぁそんなことやりたくないからここに来たんだが。
「お待たせっ。」
ここは町の出入口。買い物をすると言って先に宿を出たフィネと合流する。
俺はさっき着いたばかりで、15分も待っていない。
両手にグローブを着けている。
買い物ってのはこれか。
「グローブか?」
「うん。イトジゴクの糸に絡め捕られて外したんだけど、そのまま引き寄せられて噛まれて吐き出された。んで気持ち悪いからそのまま置いて来てたんだよね。」
「ほー、そうだったんだ。」
「これでやっと殴れるよー。お金あるし良いヤツ買っちゃった。指の外側のとこに金属板入ってんの。」
にししと笑いながら言っている。
「そりゃ心強いな。その小指のリングは?」
グローブには両方ともリングが嵌めてあった。
鎖のようなものも見える。
「これは、これこれ。」
腿のポケットから鉄球が取り出された。
鉄球には吊り金具が付いていて、グローブのリングと細めの鎖で繋がっている。
「ベルクスか。」
「イエース!遠心力掛ければアタシでもでかい一撃叩けるからね。」
「扱いが難しそうだな。」
ベルクスは鎖分銅のような武器だ。
鎖がかなり長く、指で操るという特徴がある。
「アタシ器用だからきっと大丈夫。」
「使ったことはないのか?」
「ないよ。イズミのスキルの操鎖を見て思いついただけ。」
「よく売ってたな。」
ベルクスの使い手は滅多にいない。
大きな町でもなければ売っていないだろう。
「や、特注品。」
「いつ頼んでたんだ!?」
基本的にずっと二人でいたと思うが。
「武器屋のおっちゃんに言ったらすぐ作ってくれたよ。」
「すぐ作れるような代物じゃあないだろ。」
「護身用のちっちゃいトゲなしモーニングスターから持ち手の棒取って、鎖を継ぎ足してリングに嵌めるだけ。20分でできたよ?」
「なるほど。改造の範囲か…」
流石本職の鍛冶師はすごいな。
「それじゃ、出発しよ。」
「あ、ああ。」




