新天地へ
「本当に場所指定なしでいいの?」
改めてカミラを見る。
透き通るような肌に赤い髪の美女。
魔法の師であり、かけがえのない友人でもある。
彼女の作った訓練人形のおかげで剣の腕も上達した。
返し切れないほどの恩にもいずれは報いたいと思う。
今日はその第一歩だ。
「…ああ。」
「わかった。何かあったらすぐ連絡してね。」
「お互い様だよ。そっちも問題発生したら連絡してくれ。」
「ええ。…それじゃ、始めるわよ。」
「頼む。」
足元から光が溢れる。すぐに視界が真っ白になった。
周囲の音が遠のいていき、そして別の音が鳴り始める。
風の音と鳥の声。
気付けば俺は知らない森の中に立っていた。
「転送成功、か。」
行き先を指定せずに転送魔法を使ってもらったから、下手をすれば海上や山岳地に飛ばされる可能性もあった。
森の中なら一安心だ。
ここがどこだかはまったくわからないが、植物や周囲の魔力の雰囲気が随分異なる。
ひとまず国外に出ることには成功したようだ。
周りを見渡す。
背の高いナラの木が無造作に立っており、葉の隙間から空が覗いている。
下は足首が隠れる程度の草に覆われ、歩きやすそうだ。
ほどよく風が吹いていて気持ちがいい。
鳥の声がする方に目を向けると見たことのない鳥がいた。
目の周りだけ羽毛の色が違い、目が大きいようにも見える。
ふいに、周囲にいた鳥たち諸共飛び立った。
耳が小刻みな羽音に包まれる。
後ろから気配。大きな何かが近づいてきたようだ。
振り向くと熊。
四つん這いでも2メートルくらいあるだろうか。
余程腹が減っているらしく、よだれが地面に滴り落ちている。
魔物だ。
魔力を持ち、人を襲い、食らう化け物。
首に黄色い帯状の模様があるからイエローベアだろう。
「熊には熊だな。」
スキル【武具収納】を発動し、武器を収納している亜空間から剣を取り出す。
『ツキノワ』と名付けた自作の剣だ。黒い刀身に輝く白い刃が故郷のツキノワグマを思い出させる。
イエローベアが爪を俺に振り下ろす。
力強いが遅すぎる。さっとかわして頭の横から首を落とす。
すると呆気なく地に伏した。
「思ったより弱いな。」
本で読んだだけの知識だが、イエローベアは若熊でもランクD相当の魔物じゃなかっただろうか。
「まぁいいか。素材をいただこう。」
熊の魔物から取れる素材は爪と牙、それに肝だ。サッと爪と牙を切り落とす。
火魔法で小さな火を起こして根本の肉を焼き落として、給水魔法で洗い流した。
肝は取らないことにする。
俺の収納スキルは、武器と防具しか収納できないし、ここがどこだかわからない以上、肝を持ち歩いても腐らせるだけだ。
素材を背負い鞄に入れ、剣を持ったまま歩き出す。
向かう先もない。
ただの散歩ってやつだ。