7:姫様と騎士(1)
ジャスパー・オーウェンはノーセス子爵家の三男で、艶のある銀髪に紫の瞳を持つ整った顔立ちをした色男だ。
彼はその顔面通り、数々の女性と浮名を流してきた無類の女好き。そして、それが原因で皇族の護衛が主な任務の第一近衛騎士隊に所属しながらも、第四皇女の護衛というハズレくじを引かされる羽目になった間抜けな男でもある。
女性は皆、一度は彼に遊ばれてみたいが、彼を夫にするのは絶対にごめん被ると言っているらしい。
「俺、結構一途なんだけどなぁ。そう思いません?姫様」
ジャスパーはドアの向こうで1人で入浴するモニカに話しかけた。
風呂場特有の響き方で、彼の声が浴室内にこだまする。
体を洗ってくれる侍女もいないモニカは一人で泡立てた石鹸で体を優しく撫でながら、ジャスパーの問いに答えた。
「どの口が言ってるのよ」
モニカの護衛という立場を使って、モニカの通う学園の生徒に手を出しては彼女たちのコミニュティを破壊していくのが趣味のくせに。
現代で言うところのサークルクラッシャーだ。
結果的には、モニカに嫌がらせしてくる女子生徒はイジメどころではなくなっているため、彼女もあまりキツくは叱らないが、そろそろ刺されてもおかしくは無いと思う。
モニカは桶で体の泡を洗い流すとタオルを手に取り、ふう、と小さく息を吐いた。
「ジャスパー」
「はい、何でしょう。お背中流します?」
「誰もそんなこと言ってないでしょうが。本当にね、あんまりそんな軽薄な行動ばかりとっていたら、いつか刺されるわよ?」
「ははっ。ご冗談を」
「あのね、私はこれでも本気で心配しているのよ?あなたに恨みを持っている人って多いんだから」
「その恨みを持っている、大勢いるはずの人間が一度たりとも俺を刺しに来ないのは、結局俺が怖いからです。心配いりませんよ」
この城で自分の右に出るほどの腕前を持つ騎士がいないことに対して驕りがあるのあるのか、ジャスパーはモニカの発言を軽く流す。
するとモニカの大きなため息が聞こえた。
そして次の瞬間、突然、衝立の奥から大きな物音がした。
何かが倒れたような音と、ううっと苦しそうに唸るモニカの声に、彼はドアを開けた。
しかし…。
「あれ?姫様?」
そこにモニカの姿はなかった。
「隙あり!」
ジャスパーは背後から突然ぱしゃっと水をかけられる。彼は顔にかかった水を袖で拭い、振り返った。
「ちょっと、何してくれるんですか。姫様」
「いくらあなたでも、隙をつかれれば殺されてもおかしくないのよってこと。女の子と遊びたいのなら、もう少しその辺のことをちゃんと考えた方がいい」
バスタオル一枚の姿で腕を組んでこちらを睨んでくるモニカに、彼は額に手を当てて深くため息をついた。
「姫様こそ、ちゃんと考えた方がいい」
「何がよ」
「俺も男なんで、そういう格好で出てくるのはどうかと思います。婚約者がいる身なら尚更だ」
ジャスパーは目を逸らせながら、濡れた上着をモニカに渡す。
モニカはそれを受け取ると、キョトンとした顔で首を傾げながら上着に袖を通した。
「ジャスパーは異性だけど兄妹みたいなものでしょう」
何を今更恥ずかしがることがあるのかと、彼女は笑った。
自分の上着を着て『大きいね』と屈託のない笑顔で笑う彼女を見ると、本当にたまにだけど、どうにかしてやりたくなる。
ジャスパーはなんとも形容し難い、複雑な表情をしてモニカの額を軽く小突いた。