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【完結】3度婚約を破棄された姫は護衛の騎士と共に隣国へ嫁ぐ  作者: 七瀬菜々
第二章

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50:類は友を呼ぶ

 一瞬、時が止まったかのように場が静まり返って約3秒。

 再び秒針を動かしたのはエリザだった。

 運んできたティーセットを床に落とした彼女は叫ぶ。


「きゃああ!ひ、姫様?!」


 エリザは顔面蒼白のままモニカに駆け寄ると、彼女を組み敷いていたオリビアを突き飛ばした。


「な、ななななななななぁ!?何をしてするのですか!?」


 ぎゅっとモニカを抱きしめて、エリザは懐にしまってあった短剣をオリビアに突きつける。

 モニカはエリザの顔を見て安心したのか、はたまた流されかけていた自分に気づき我に帰ったのか、乱れていた衣服を急いで直した。


「あなた!公爵夫人にこんなことをして良いと思っているのですか!!」


 ものすごい剣幕で怒り狂うエリザに、オリビアは素直に両手をあげて降参のポーズをとる。


「申し訳ございません。つい耐えきれず…」


 テヘッっと舌を出して笑うオリビア。

 申し訳ないなんてカケラも思っていない。


「か…か、かかか確保だ!確保!!!」


 一方、エリザより遅れてようやく現実に戻ってきたジャスパーはすかさず、警備兵にオリビアの確保を命じた。

 動揺しつつも、彼らは命じられるがままに、その妖艶で怪しい女の手首を縛る。

 オリビアはムゥ、と不服そうに口を尖らせているがそんなものは無視だ。


「ご無事ですか!姫様!!」


 モニカの前にひざまづいたジャスパーは、慌てて彼女のスカートを捲り上あげた。


「きゃあ!!何すんのよ!!」

「お兄様!?なな何をっ!?」

「何って、色々と無事かの確認です!」

「もうちょっとやり方ってものがあるでしょうが!!ばか!!」


 突然スカートを捲り上げられたモニカは当然の如く、無礼な騎士の頭を思い切り叩く。

 エリザはすかさず主人のスカートを正して、持っていた短剣を今度は兄の方へと向けた。


「お兄様!動揺しすぎですわ!」

「お前も動揺しすぎだろ。というか、この状況で落ち着けと言われても無理だ!」

「大丈夫よ、まだ何もしていないわ。少し首筋にキスマークをつけてあげただけよ」

「何ぃ!?」


 オリビアの余計な申告に、さらに取り乱したジャスパーはモニカの髪をかきあげてその首筋を確認する。

 すると、彼女のいう通り、赤い鬱血痕がそこにあった。


「ぬぉぉおお!だから嫌だったんだよぉお!!」

「あああああ!姫様の純潔が奪われましたわ!!」

「だから、何もしてないってば」

「ええい!やかましい!!全員鎮まれぃ!!」


 取り乱すオーウェン兄妹に、それを見てケラケラ笑う娼婦。そして色々と状況についていけずに叫ぶ公爵夫人。

 ジャスパーより遅れて駆けつけたノアは、応接室の惨状に首を傾げた。


「な、何があったんだ…?」



 ***


 ジャスパーは、あの時モニカが身代わりになった女がオリビアだったと知った時からこうなる予感がしていたらしい。

 だから彼は門番に『オリビアと名乗るやたら色気のある女が来ても追い返せ』と伝えていたそうだ。


「どうりで、公爵邸の門番さんは誰も相手にしてくださらなかったはずだわ」


 相変わらず手は縛られたままのオリビアは、床に正座した状態でふぅ、と小さくため息をこぼした。

 そんな彼女に敵意剥き出しのエリザは隣に座るモニカをぎゅっと抱きしめながら、同じように反対側から主人を抱きしめる兄に問う。


「お兄様、こちらの方は?」

「俺の、まあ、何というか…友人的なやつだ」

「友人…へぇ…友人ねぇ…」


 どういう種類の友人なのか。

 明らかに雰囲気が夜の街の人間な女性を『友人』と紹介する兄に、エリザは軽蔑の視線を向けた。


「違うからな。色々と多分違うから。お前は何か大きな誤解をしている」

「へぇ…」


 冷ややかな目がジャスパーに突き刺さる。

 そういう事をするだけの友人だとでも思っているのだろう。

 そんな殺伐とした雰囲気が漂う室内で、ノアは大きなため息をこぼした。


「オーウェン兄妹はとりあえず後ろに控えていなさい。モニカが苦しそう」

「あら、姫様。申し訳ございません」

「失礼、失礼」


 悪びれる様子なく、エリザとジャスパーは席を立つ。

  モニカはとりあえず乱れた服と髪を直した。


「まったく。本当に無礼な侍女と護衛だわ」

「でも好きでしょ?」

「まあね」

「俺も姫様のこと好きですよ。両思いですね」

「エリザの方が姫様のこと好きです」

「はいはい」


 後ろの無礼な従者を軽くあしらいながらも、モニカは嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。

 久しぶりに、ジャスパーとくだらない会話をした気がする。それが嬉しいのだ。


「グロスター公爵閣下はジャスパー・オーウェンのこの態度をお叱りにはならないのですか?」


 妻を口説かれて平然としているノアにオリビアは首を傾げた。

 その場にいた全員が口元を引き攣らせた。


「…ジャスパーの軽口は昔からだからね。いちいち気にしてもいられないんだよ」

「この男、随分と女たらしですけれど、心配にはなりませんの?」

「これでも主人には忠実だから、大丈夫だ。ご心配には及ばないよ」

「そうですか…」


  オリビアは怪訝な表情でジャスパーを見た。

 ノアとモニカが離婚する事を前提に結婚をしている事は公爵邸の人間しか知らないし、知られてはいけない。 

 ジャスパーは動揺がバレないように胡散臭い笑みを彼女に向けた。


「そうですわね。心配する必要なんてありませんわよね。だって彼は求婚するための指輪を既に用意しているんですもの」


  流石の彼でも結婚したい相手がいるのに人妻に手は出さないか、とオリビアは笑った。


「…え?指輪?」

「お兄様?どういう事ですの?」

「ジャスパー…え…誰に求婚するつもりで?え?浮気?」


 冷ややかな視線がジャスパーに向けられる。

 離婚までまだ1年と半年残っているこのタイミングで指輪を作るなら、相手はモニカでは無い誰かだとこの場にいる全員が思っていた。

 もちろん、彼が指輪を送りたい相手なんて一人しかいないし、どうやって渡そうかなどを毎晩考えながら眠りにつくくらいには一途なのだが…。


(最悪だ…)


 ジャスパーの顔からはまた血の気がなくなっていく。

 モニカの疑いの視線が痛く突き刺さって、心が折れそうだ。

 オリビアとの浮気疑惑を解消したばかりだと言うのに、また厄介な誤解を植え付けられた彼はとりあえず弁明した。


「…多分違うからね?みんな誤解してるからな?」

「へー。誤解ですか。へー」

「ふーん。そう」

「だから違うってば…。というか、オリビア!内緒だって言っただろ!?」

「内緒と言われましても。せっかく出来上がったのに取りにも来ないし連絡も無視されてたんだから仕方がないでしょう。だからこうやって無礼を承知で押しかけたのよ。奥様にもお会いしたかったし」


 オリビア曰く、数ヶ月前、彼女の叔母が営む宝石店へジャスパーを案内したらしい。

 そして彼は、そこで彼の給与で買える範囲のピンクダイヤの指輪を用意してもらった。

 今日彼女が持参した指輪は、ジャスパー・オーウェンという男がデザインまで吟味して選び抜いた最高の一品なのだとオリビアは語る。


「閣下、枷を外していただきたいのですが」

「モニカに近づかないならいいよ」

「はい。お約束します」

「よろしい」


 ノアはジャスパーに枷を外させた。

 手の拘束を解かれたオリビアは手首を回し、持参したカバンに入れていた小さな箱を取り出した。

 テーブルの上に置かれた箱を一同はマジマジと見つめる。


「…見たいですか?」

「「見たい」」

「では開けますね」


 皆の『見たい』という欲望に答え、オリビアは注文した本人であるジャスパーに許可も取らずに箱を開けた。

  箱の中央に光るそこそこ大きなピンクダイヤは色の濃度が濃く、また鮮やかだった。また、指輪自体のデザインもシンプルだが珍しい形をしており、立体的で流れるような曲線が美しい。この軽やかな曲線を描いたアームは、手元を自然に、且つ優雅に見せてくれるだろう。

 パッと見る限りでもそれが高価な物であることはわかる指輪。オリビアは少しオマケしたのだと言うが、それでも一介の騎士にしては頑張った方では無いだろうか。

 そう語る彼女の横で、ジャスパーは額を抑えて『こんなはずじゃなかったのに』と蹲ってしまった。


「まあ!すごく綺麗!ジャスパー、指輪には触れないからもう少しじっくり見てもいい?」

「…いいですよ、別に。もう何でも…」


 それが誰に贈られる物なのかは頭に無いのか、モニカは箱を手に取り上から横からと舐めるように眺める。

 そんな彼女にオリビアはすかさず営業をかけつつ、補足情報的に送る相手はMから始まる名前の人物だと言った。

 指はの内側に『J to M』と刻まれているらしい。

 その言葉で色々と察したエリザとノアは憐れみの視線をジャスパーに向ける。


「もしかして、サプライズ的なやつだった?」

「…別に、そんな大それた事をするつもりはなかったんですけど、まあ、そうっすね。はい」

「…お兄様、なんか、その、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だ。ちょっと涙が出そうなだけだから」

「全然大丈夫じゃないっ!?」

「僕たち、もう退室したほうがいいかな?」

「いや、別に…ハハッ…」


 乾いた笑みをこぼすジャスパーになんと声をかけて良いのかわからない二人は、俯いて押し黙ってまった。

 謎の思い沈黙が30秒ほど流れる。気まずい。

 最後には空気に耐えられなくなったノアとエリザがオリビアの両脇を抱えて、逃げるように応接室を出て行った。





 

 

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