45:とある週末の話(4)
青空の下。騒然とする商店街の中央で颯爽と現れた金髪碧眼の美しい少女に、周囲は一瞬時が止まったかのように静まり返った。皆の視線が彼女へと釘付けになる。
金髪碧眼の美少女ことモニカは穏やかな笑みを浮かべて男たちの前に立つと、『人質を交換しませんか』と提案した。
泣きぼくろが特徴的な妖艶な女性は『だめよ!』と叫んだが、すぐさま背後の男にナイフを突きつけられて口をつぐむ。
(誰かが身代わりになるのを拒むのか。強い女性だわ)
さすがはジャスパーの友人だとモニカは目を細めた。
「何者だ、お前は」
男のうちの一人がナイフの切先をモニカの方へと向ける。
彼女は肩にかかった蜂蜜色の髪をふわっと後ろにやると、堂々たる態度でこう答えた。
「当代のグロスター公爵、ノア・アルダートンを夫に持つ者です」
その言葉に野次馬たちは一気にざわつき始める。当たり前だ。この国で4つしかない公爵家、それも王弟公爵の妻が町娘みたいな格好をしてこんなところにいるなんて誰も思っていなかったのだから。
「つくならマシな嘘をつくんだな」
「あら、嘘ではないわよ?ほら」
モニカは疑いの目を向けてくる彼らに、ポケットにしまっておいた懐中時計を見せた。
それは王家の紋章が入った貴重なもの。王族とその伴侶に贈られる身分証のようなものだ。
「ま、まさか。本当に!?」
「本当ですよ?何なら確かめてみる?」
懐中時計をぶらぶらと揺らして首を傾げるモニカ。
その様子を人々は固唾を飲んで見守る。
「確かめずともわかる。その独特な紋様と光の当たり具合により色が変わる特別な金属。間違いなく本物だ」
「あら、なかなか博識でいらっしゃるのね。さて、では本題に戻るけれど、私の夫は現在騎士団の統括を任されているわ。あなた方の交渉相手は彼なのではないの?」
「その通りだ。現在牢に捕らえられている大将を含めて、仲間全員の解放を要求する」
「ではどうします?私ならば良い交渉材料となるでしょう?」
「それは…」
「どうか彼女を解放して差し上げて?」
コツコツとヒールの音が商店街にこだまする。
ナイフの切先を向けられているのにも関わらず、一切怯む様子もない堂々とした態度に、男たちは得体の知れない恐ろしさを感じた。
モニカはナイフの先が拳一つ分まで迫ったところで両手を上げ、もう一度問いかける。
「さあ、どうしますか?」
どうするかと問われても、目の前の女の方が人質としては有益だ。
男はチッと舌打ちをすると、モニカの手を掴んで引き寄せた。
そしてもう一人の男に目配せをして、人質だった女性を解放させる。
ジャスパーの友人だというその女性は悲痛な表情でモニカも見たが、彼女は首を横に振り、すぐにその場を離れるように促した。
「随分とお優しいお貴族様だな」
「優しさじゃないわ。ただあの方よりも私の方がこの場所にふさわしいから、ここに立っているだけの話よ」
「いちいち態度がでかいな。その余裕が鼻につく」
「まあ、身分のあるものですからね。それなりには偉そうにしていないと」
「どこから来るんだよ、その余裕」
「余裕なんてないわ。これでも恐怖で震えているのよ?」
「嘘をつけ。全然震えてねーじゃん」
「だって嘘だもの」
「揶揄うんじゃねぇよ。殺されたいのか、貴様」
「殺せるものならどうぞ?その瞬間、あなた方の罪状は公爵夫人の殺害に切り替わり、交渉の余地もなく騎士達の長剣で串刺しとなるでしょう」
「…ああ言えばこう言う女だな、腹立たしい」
「お褒めいただきありがとう」
「褒めてない」
喉元にナイフを突きつけられているというのにこの余裕。只者ではないと男たちは人質を交換したことを少し後悔した。
だがもう遅い。気がつけば会話のペースはすでにモニカに握られていた。
「何なんだよ、この女…」
自分たちと会話しながらもクスクスと楽しそうに笑うモニカに、男は悪寒が走った。
ちなみに彼女の笑みの原因は物陰でこちらを心配そうに見つめている侍女と見せかけて、いつでも暗器を投げれるように重心を低くしているエリザが視界の端に入ったせいだが、それがわからない彼らにはさぞ不気味な女に見えていることだろう。
(さて、事が起こってから約15分。そろそろかしら?)
モニカは呼吸を整えて静かに目を閉じた。
野次馬のざわつきや木々が風に揺れる音に紛れ、軽快に近づいてくる足音が一つ。
(上か…)
彼女はニヤリと口角を上げると、何かを思い出したかのように不意に『あ』と声を上げる。
「な、なんだよ」
「ごめんなさい。私の夫は運動神経があまり良くなくてね、ここに来るのには少し時間がかかるかも知れないわ」
「だからどうした」
「だから、交渉する時間なんてないかもってことよ」
そう言い放つと、モニカは急にのけぞり男を背中で押した。
そして瞬時にしゃがみ込む。
すると、次の瞬間には男めがけて暗器が飛んできていた。
「ぐあッ!」
エリザだ。
エリザの暗器は男の肩に見事に刺さり、彼は手に持っていたナイフを落とした。
モニカはそれを足で横に滑らせ、彼女にそれを拾わせた。
「貴様ッ!!」
今度はもう一人の男がナイフを握る腕をおおきく振りかぶって、背後からモニカに襲いかかってきた。
だが、モニカはゆっくりと振り返ると、特に慌てた様子もなく真顔で男を見つめる。
「遅かったわね」
彼女がそう呟くと、ふわりと空から一人の男が舞い降りてきた。
「…なっ!?」
太陽を背に、銀の髪を風に靡かせ颯爽と現れた騎士ジャスパーは、トンと地面に降り立つとモニカを抱き寄せる。そして相手に何かを語る隙すら与えずに主人を害そうとした右腕を切り捨てた。
尋常じゃない殺気を纏う彼は、『腕が』と叫ぶ男を絶対零度の冷たい目で見下ろして低く言い放つ。
「貴様、誰に刃を向けたか理解しているのか?」
「ヒィッ!」
「まあ、理解していようがいまいが、貴様の人生はここで終わりだがな。せいぜいあの世で自分の行いを悔いるといい」
長剣を喉元に突きつけたジャスパー。瞳孔が開き気味の彼は明らかに相手を殺そうとしている。
モニカは彼の剣を持つ手に触れると、やめろと制止した。
「殺しちゃだめよ」
「……」
「捕縛が先」
「……」
「ジャスパー!」
「…わかってますよ。言ってみたかっただけです。冗談冗談」
「まったく…」
声色が冗談じゃなかったと、モニカは小さくため息をこぼした。
「まったく、はこちらのセリフです」
ジャスパーは剣を下ろすと、男の体を拘束し、その右腕を止血する。
難を逃れたかのように、男は安堵したような表情を浮かべた。
どうせここで生かされても、騎士団で死んだ方がマシだと思えるような拷問が待っていることは黙っておいた方が良さそうだ。
「どういうことですかね、姫様」
男を縛り終えたジャスパーは不服そうな顔で振り返り、ジトッとした視線をモニカに向ける。
「…そんなに睨まないでよ」
「睨みたくもなりますよ!上から貴女が人質となっている姿を見た俺の気持ち、わかります!?心臓が止まるかと思いましたよ!!」
何となく騒動に巻き込まれていそうだとは思っていた。だからここまで急いで来たが、まさか人質になっているとは思わなかった。
エリザは何をしていたのか。ジャスパーは拳を握りしめて肩を震わせた。
「色々あったのよ。悪かったわ。心配をかけて」
「色々ってなんですか、色々って!しかも何の予兆もなく、突然反撃しだすし!俺が間に合ったから良かったものの!」
「だって、それはほら。貴方が上にいるとわかったから」
足音でジャスパーだとわかったから、安心したら体が勝手に動いたのだとモニカは言う。
「ジャスパーが近くにいるのに、私に傷がつくなんてあり得ないでしょう?」
「……その言い回しはずるいでしょ。さすがに」
その言葉は全幅の信頼を寄せているという証だ。
屈託のない笑顔でそんな事を軽く言ってのけるモニカに、ジャスパーは嬉しいような腹立たしいような、複雑な気持ちになる。
彼はとりあえずニヤける口元を手で隠した。
「足音だけで判断できるの、すごいっすね」
「ずっと近くにいたのは貴方だけだもの。わかるに決まってる」
「……まあそんなこと言われても、後でちゃんとこうなった経緯は説明してもらいますからね」
「あまり深く聞かないで欲しいわ」
「無理に決まってんでしょ。俺はこれでも結構怒ってます」
「誰に?」
「エリザに」
「それは大変だわ。あの子は悪くないもの」
「じゃあやっぱり姫様が悪いんですね?」
「仕方がないから、そういうことにしておく」
悪びれる様子もなくしれっとそう言う主人に、ジャスパーは軽く舌打ちした。
「後でお仕置きが必要ですね」
「どんな?」
「とびきり卑猥なやつ」
「まあ、大変。接近禁止令の期限を伸ばしてもらわなきゃ」
卑猥なお仕置きをしようとする騎士とそれを受け流す公爵夫人。
捕縛された男はそばでその会話を聞いていて、『謎すぎる』と2人の関係性に首を傾げた。




