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【完結】3度婚約を破棄された姫は護衛の騎士と共に隣国へ嫁ぐ  作者: 七瀬菜々
第二章

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36:モニカと画家のブライアン

 ギルマン王国に来てから、ノアはグロスター公爵邸の敷地内にある別棟を丸々、モニカに与えた。

 屋敷の人間には事情を説明してあるので、そこでオーウェン兄妹とモニカの三人で生活すればいいと言ってくれたのだ。

 本邸よりも規模は小さいが、それでもかなり立派なその屋敷はノアの前の彼氏が設計したらしい。

 煉瓦造りの二階建て。左右対称の造りになっているこのお屋敷には広間や画廊だけでなく図書室まできちんと完備されている。

 食事だけは本邸の食堂で摂ることになっているがそれ以外は三人で住むには十分すぎる広さだった。


「ブライアンが別棟に住むのを嫌がってくれたおかげで、私たちはあそこに住めているわけだけど、本当に良かったの?」


 絵の具の匂いが充満する煩雑な部屋で、窓辺のソファに腰掛け窓の外を見つめるモニカは、そんな自分を凝視する画家ブライアンに声をかけた。

 チラリと彼の方に顔を向けると、動くなときつく怒られる。

 窓から差し込む光がモニカの金髪に反射してキラキラと輝く様は本当に絵になるだろうが、夢中になりすぎてモデルへの対応が雑になるのは彼の悪いくせだ。

 

 結局、ブライアンがモニカの質問に答えたのはそこから1時間後のことだった。


「何の話してたっけ?」


画材を片付けながら、ブライアンは難しい顔でモニカに尋ねた。

 長時間のモデルで体が凝り固まったモニカは背伸びをしながら答える。


「だから、別邸の話。断ってよかったの?」

「ああ、そのことね。いいに決まってるだろう。なんで俺がアイツの昔の男が建てた屋敷に住まねばならんのか」


形に残るもの、それも排除しにくいものを残すなんて、それだけ元彼との関係が深かった証拠だとブライアンは不貞腐れた。


「そういうの、気にする人だったんだ。意外」

「悪いかよ」

「いいえ、可愛くて良いと思うわ」

「うるせぇ。可愛いっていうな」


 ブライアンは少し恥ずかしそうに頬を染め、口を尖らせる。

 癖のある茶髪に灰色の瞳、そして幼い顔立ちの彼は仕草まで幼く見えて可愛い。モニカは目を細めた。  

 そんな彼女の優しい微笑みに、ブライアンは感嘆のため息をこぼす。


「やっぱ、モニカは絵になるな」

「そう?」

「ああ、性格は難ありだが見た目は国宝級に美しい」

「一言多いわ」

「本当のことだろ」


 相変わらず、可愛い顔をして口が悪い。 

 自分に対する遠慮のない態度はどこかの不遜な騎士を思い出す。


「そろそろ護衛が迎えにくる頃だろ?」

「そうね」

「あの騎士、いつもはすごく嫌そうにお前を置いていくのに、今日はやけにアッサリだったな。何かあったのか?」

「貴方が気が散るからと追い出したんでしょ?」

「そうだけどさ、もっと嫌がるかと思ってたのに、今日は気持ち悪いくらいあっさりと引いたから驚いた」


カーディガンを羽織り、帽子をかぶったモニカは『確かに』と小さくつぶやいた。

 いつもはブライアンのアトリエまで送ったあと、すごく名残惜しそうに部屋を離れるのに、今日はやけにアッサリとモニカを置いて行った。

 何か用事でもあるのだろうか。彼女はコテンと首を傾げる。


「というか、ブライアンも屋敷に住めばこうして通う必要もなくなるのに」

「やだよ」

「どうして?ノア様が部屋を用意してたわよ?」

「いいんだよ、俺はこういう場所の方が合ってる」


 ブライアンは何かを誤魔化すような笑みを浮かべた。

 王都のハズレの古びたアパート。駆け出しの芸術家に貸し出された部屋の一室にブライアンのアトリエはある。

 ノアはずっと屋敷にブライアンを呼んでいるが、彼はなかなか首を縦には振らない。


「どうして嫌なの?」

「…大した理由じゃないよ。たださ、なんか惨めになるだろ?あの屋敷に住むと、身分の違いを痛感してさ…」

「そんなこと…」

「お前らがそういうことを気にしない人種なのは知ってる。けど、どうしても劣等感を抱いてしまう。俺は小さい男だからさ…」

「ブライアン…」


王族のノアとブライアンの間にある壁は性別だけではない。

 結局、二人はどう足掻いても相容れない存在なのだ。

 モニカは悲痛な表情でブライアンの手を取った。

 すると、彼は彼女の頭を鷲掴みにして乱暴に撫で回す。


「そんな顔するなよ。お前がノアと結婚してくれたおかげで、俺たちは堂々と会えるんだから」


以前は中々結婚しないノアに男色疑惑が持ち上がった事もあったらしい。そう考えると、今は既婚者だから会いやすいのだとブライアンは笑った。


「それに、身分差で苦しいのはお前のとこも同じだろ?」


 ブライアンは引き出しから取り出した封筒を帰り支度を済ませたモニカに渡す。

 本当はモデル料など別に要らないのだが、何度も要る要らないのやり取りをしてはその都度押し切られてきた彼女は素直に封筒を受けとった。

 こういう事はちゃんとしたいとブライアンはいつも言う。

 真面目なのか、それとも自分との間に一線を引いているのか、モニカにはわからない。


「…ところがどっこい。もう奴は身分の差など一ミリも気にしちゃいないわ」

「マジか」


 部屋を出て玄関へと向かうモニカは大きなため息をつきながら、この間エリザに怒られたことを話した。

 するとブライアンは生暖かい目を彼女に向ける。


「そこは拒めよ。妹が可哀想」

「こ、拒みたいとは思ってるのよ!?」


ちゃんと拒まないからジャスパーはつけ上がるのだ。それは彼女もわかっていた。

 けれど好きな人に触れたい、触れられたいと思うのは自然な事で、自分の中に芽生える彼への想いが拒むことを拒む。

 そう話すと、ブライアンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「そんなに好きなんだ?」

「う、うるさいわね!」

「まあでも、拒まないといけないならさ、その顔を騎士の前でするなよ?」

「なんで?」

「タガが外れるから。最後のわずかな理性すらも粉々になること間違いなしだ」


 ブライアンは玄関にある全身鏡を指差す。

 そこに映る自分にモニカは驚いた。

 頬を赤く染め、目を潤ませて彼を思う自分の顔は客観的に見て、ただの恋する乙女だったのだ。

 モニカは恥ずかしそうに帽子を深く被った。

 

 初めて会った時よりも、肩の荷が降りたみたいに色んな表情をするようになったモニカに、ブライアンは目を細める。


「…モニカ。今は楽しいか?」

「ええ。とても」

「そうか。それは良かった」


 兄のような優しい目でブライアンは『幸せになれよ』と呟いた。

 そして、彼女をエスコートするようにドアを開けると、アパートのエントランスまで誘導する。

 

「あれ?いつもならここで待ってるのに」

「出かけてまだ帰ってないのか?どうする?」

「しばらくここで待つわ」


モニカはエントランスに置いてあるベンチに腰掛けた。

 すると、隣に座ろうとしたブライアンが座るのをやめてエントランスの窓にペタンと張り付く。


「…は?」

「どうしたの?ブライアン」

「….おい、あれ」

「ん?」


彼の視線の先に目を向けると、そこには腕を組んで仲睦まじく歩く男女の姿があった。

 オフィーリアのような豊満な肉体を持つ妖艶な美女と、見たことのある顔の色男。


「…え?ジャスパー…?」


別れ際、女はジャスパーの頬にキスをした。

 ジャスパーは何か抗議しているようにも見えるが、モニカの目には照れ隠しのようにも映る。

 

「…浮気かよ、あの男」


ブライアンはギリっと奥歯を鳴らした。

 ジャスパーは名残惜しそうに彼女の背中を見つめると、踵を返し二人が見ていることも知らずにこちらに向かってくる。  


「一言文句言ってやる!」

「待って!」


 頭に血が登ったブライアンはジャスパーの元へと行こうとしたが、モニカはすかさずそれを止めた。


「なんで止めるんだよ。あんなのどう考えても浮気だろ!?」

「わからないじゃない。友達かもしれないし…」

「どう考えても友達の距離感じゃなかっただろう!キスまでしてたし!」


この国にも帝国にも頬にキスするような挨拶はないとブライアンは言う。

 確かにそうかもしれない。けれど、それでもモニカには彼を糾弾できない理由があった。


「そもそも私たちの関係では、浮気だとか言えないというか…」

 

モニカとジャスパーの関係は主人と従者、もしくは護衛対象と騎士だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 キスはするがその関係にまだ名前はつけられないのが現状だ。


「だからね、仮に、ジャスパーが他の人を好きになっても、私にはそれを咎める権利はない」

「…モニカ。だけどさ…」

「3年間、ジャスパーは待っていてくれるって勝手に思っていたけど、そうとは限らないわよね」


 モニカは精一杯の作り笑顔で『大丈夫だ』と言った。

 ジャスパーはカッコいいし優しいから、普通にモテる。こんな訳ありの姫に固執しなくとも出会いなどそこら辺に転がっているのだ。

あまりに当たり前にそばに居るから、勘違いをしていた。


「あ、お待たせしましたかね?」


二人が先程の光景を見ていたことに気づいていないジャスパーは、何食わぬ顔でエントランスの扉を潜る。

 ブライアンは彼に聞こえるように舌打ちすると、『遅い』と冷たく言い放った。


「…えーっと、そんな待ちました?」

「少しね」

「すみません、なんか…」

「大丈夫よ。問題ないわ」


 本当に悪いと思っているのかわからない態度でヘラヘラと謝るジャスパーをブライアンは鋭い目つきで睨みつけると、モニカの手を取り、口付ける。


「ブライアン?」

「じゃあな、モニカ。何があれば言えよ?」

「え?うん…。ありがとう?」


 一瞬だけジャスパーに威嚇するような視線を送ったブライアンはモニカの手を離すと、一度も振り返ることなく自分の部屋へと戻って行った。

 あからさまな敵意を向けられたジャスパーはキョトンと首を傾げる。


「俺、なんか彼に嫌われるようなことしました?」

「いいえ?お昼ご飯を食べ損ねたから機嫌が悪いだけよ」

「なるほど。血糖値が低下してるときの人間は怖いですね」

「間違いないわ」


 当然のように差し出された彼の手を取ると、モニカはブライアンのアトリエを後にした。


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