28:第一皇女エレノア
騎士団でジャスパーの解任の手続きを済ませたモニカは、昨夜の件に関する情報を集めた。
騎士団の話によると、ジョシュア・ションバーグとオフィーリア・ポートマンはモニカたちを殺すつもりはなかったと言っているらしい。
だが、客観的に見れば故意にシャンデリアを落とそうとしたのは明白で、その爆弾の起爆装置を持っていたのは彼らだ。
闇組織とのつながりや、ジョシュアの部屋から火薬が見つかっていることなどからも、騎士団の見解は彼が犯人であるとすでに結論づけている。
ジョシュアが供述している紹介者『ホークス』については、普段の素行やエレノアからの話などから第二、もしくは第三皇女のことだと思われているが、決定的な証拠もないので疑惑止まり。
そもそも、第四皇女のために他の皇族の罪を追及するほど、騎士団はモニカに優しくない。きっとホークスについては特に調査されることもないだろう。裏で糸を引いている人間を裁くためにはモニカが自力でどうにかするしかない。
「状況的に見れば、イザベラ様かグレース様が二人を唆して、自分の手を汚さずにモニカを殺そうとしたようにしか見えないんだけど…」
騎士団からの帰り、ジャスパーと顔を合わせたくないモニカは遠回りして庭園を散歩しながら時間を潰していた。
生垣の薔薇を愛でつつ、彼女は辺りを散策する。
モニカの姿が見えるとスッと皆が姿を消すものだから、まるで貸切みたいだ。
「ねえ、どうしてエレノア様なの?」
モニカの後をついて歩くノアは、なぜエレノアは『ホークス』だと思うのか説明を求めた。
すると、彼女は吸い込まれそうな青い空を見上げ、大きくため息をつく。
「簡単な話です。私を憎んでいる人間は多いですが、殺したいほどとなると限られます」
思い当たる人物の中で、女性の、それも公爵家の人間であるジョシュアの廃嫡を取り消すよう言える人間など、皇族以外にあり得ない。つまり、容疑者は皇后か彼女の三人の娘だ。
そして皇后の性格から考えると、もし彼女が犯人ならここまで手の込んだことを計画した場合、標的がシャンデリアに押し潰されて死ぬ姿を直接その目に焼き付けにくるはずだとモニカは言う。
「…エレノア姉様は、ずっと私のことを嫌っていましたから」
「そうなの?そんな風には見えなかったけど…」
ノアは首を傾げた。双子姉妹と比べ、エレノアはモニカに干渉しなかったからだ。
しかしモニカは何かを思い出したかのように、フッと乾いた笑みをこぼす。
「私の部屋から『王の庭園』が見えるのはご存知ですか?」
「え?うん。確か前の婚約期間中に作られた場所だよね?」
「実はあの庭園、作って欲しいとお願いしたのはエレノア姉様なのです」
モニカ以外の皇族しか入れない庭園をモニカの部屋から見える位置に作ったエレノアは、兄弟や両親を連れてよくあそこを散歩している。
まるで見せつけるように、彼女はいつも優雅にあの場所で微笑んでいるのだ。
モニカが窓からその姿を眺めていることを知っていて、彼女はいつもそうしている。
それを聞いたノアは絶句した。
「随分手の込んだ嫌がらせをするんだね」
「下の双子姉妹なんて可愛らしいものですよ」
エレノアは問題にならない行動でモニカを精神的に追い詰めるのが得意だ。
例えば悪い噂のあった家の息子を婚約者として推薦し、質の悪いメイドを送り込んだり。
ぱっと見は哀れな妹のために気を遣っている優しい姉ようにも見えるが、これらの行動はその後にどのようなことが起こるかを理解した上で行っている。
その後、たとえ妹がメイドたちにいじめられようと、婚約者とどうなろうと、直接何かをしたわけではないから彼女自身が責められることはない。
「…犬が一匹、猫が一匹、そしてスズメが一羽」
空を見上げたモニカは遠い目をしてつぶやいた。その言葉の意味がわからないノアは首を傾げる。
「昔、ノア様に会う前のことです。私は寂しさから、城に迷い込んだ動物を拾って育てたことがありました…」
ちょうどジャスパーが護衛に就いてしばらくした頃だろうか。人手が増えたことで、ペットの世話をすることが可能になったため、彼女は塔の中で動物を飼育していたらしい。
「犬のハビーは1週間後、猫のリアは3日後、スズメのサリーはその日のうちに…」
「……まさか……」
「………死にました」
話す内容に反して、とても穏やかな笑みを浮かべた。
ハビーもリアもサリーもみんな、モニカがいない隙をついて殺された。スズメのサリーに至っては、皮を剥いだ状態で机の上に置かれていたそうだ。
あれから、モニカは動物を飼うのをやめた。
「墓を作っても荒らされるだけだから、彼らの遺体は燃やしました。遺灰は今も寝室のベッド脇のテーブルの引き出しの中にある」
「……そんな…ひどい…」
ノアと出会う前といえば、モニカはまだ10にもなっていない時だ。そんな年端も行かない幼気な少女にこの仕打ちは酷すぎる。ノアは口元を押さえて悲痛な表情を浮かべた。
「エレノア姉様がね、ある日聞いたのよ。スズメは元気かと。その時に確信したんです。ああ、これは姉様の仕業だったんだって」
「……モニカ…」
「昔はね、たまに、いじめられている私を助けてくれたりしたこともあったんです。けれど8歳になったあたりからすれ違うたびに嫌味を言われるようになって、気がつくと殺気がこもった視線を私に向けるようになりました」
心当たりはないが、彼女に何かしてしまったのだろう。
随分と嫌われたものだと、モニカは近くにあったベンチに腰掛けた。
「いずれにせよ、エレノア姉様が『ホークス』であったとしても、打つ手がありません。彼女は自分が関与している証拠など残しはしない」
「そんな…」
「だから解雇したんです。とうとう本気で殺しに来たんだから、これで終わるとも思えないですし」
側にいれば必ず巻き添えを喰らう。ハビーのようにか、リアのように、サリーのように…。
悲痛な表情で自分を見下ろすノアに、モニカは泣きそうな顔で笑いかけた。
「死ぬときは、一人がいいわ」




