26:解雇処分(2)
『ジャスパー・オーウェン。貴方を解雇します』
不敵な笑みを浮かべてハッキリとモニカはそう言った。
一瞬、何を言われているのか分からず、ジャスパーは中身が飛び出そうなほどに目を大きく見開いた。
「な、何を言ってるんですか?姫様。俺がいなきゃ誰が姫様を守るんですか?」
「アンダーソン伯爵にでもお任せするわ。彼は他と比べてわたしへの敵対心もないし」
「ですがっ!」
到底納得できないジャスパーは食い下がる。
するとモニカは小馬鹿にしたようにクスッと笑みをこぼした。
「歩けない騎士に何ができるのよ」
「…それは…」
「役に立たない護衛などいらないの」
「……それは、確かに、そうなんですけど…」
確かにこの状態の自分にできることなど何もないジャスパーは、それ以上何も言えなくなってしまった。
「元々、素行不良が過ぎるからそろそろ解雇しようかと思っていたの。良い機会だわ。今から騎士団に話をつけに行ってくるから、エリザはお兄様の荷物をまとめて差し上げて?大きいものは後から運ばせます」
「そんな!待ってください、姫様!」
「ちょっと、モニカ!?」
モニカはトドメの一言を付け加えると、エリザやノアの制止も聞かずに部屋を出て行ってしまった。
ジャスパーはノアに心配だからついて行って欲しいと頼む。
ノアは悲痛な表情をしながらも、モニカの後を追いかけた。
パタンと扉が閉まる。
ギリッと奥歯を噛み締めるジャスパーは、爪の痕がつくほど強く拳を握った。
「お兄様…。姫様は多分…」
「わかってる。大丈夫だ」
こんなもの、彼女の本心じゃない。
ずっと虐げられる生活をしてきたせいか、彼女は大事な人ほど遠ざける傾向にある。
自分のせいで傷つけるのが怖いから、自分から遠いところにいて欲しいのだ。
たまに元気にしている姿を遠くから眺めて、安心できればそれでいい。
ジャスパーのお姫様はそんな人だ。
(でも、痛いなぁ…)
それでも、自分だけはずっと手放さずにいてくれたのに。そう思うと胸が痛い。
ジャスパーは大きなため息をつくと、エリザに荷物をまとめるように言う。
「そんな!?このまま大人しく出て行かれるのですか!?」
「仕方ないだろう、全治1ヶ月だ。確かにその間、俺には何もできない。とりあえずは姫様の言う通りにするしかないさ」
添え木をして固定された足を見下ろし、ジャスパーは悔しそうにつぶやいた。
骨がくっつくまでは絶対安静だ。守るどころか、ここにいればモニカの世話にならねばならない。
彼女の言う通りだ。今の彼は何の役にも立たない。
「エリザは納得できません」
「俺だって納得はしてないさ。でも、どうすることもできないだろ」
「お兄様が歩けないのなら、その間はエリザがお兄様の足となります」
エリザは兄の前に跪き、真剣な目で彼を見上げた。
「お兄様。お兄様はホークスの正体に気づいておられるのではないですか?」
「…まあ、大体はな」
「昨夜張ってあった罠は一つではないのでしょう?」
「ああ」
「残りの罠はエリザが回収いたします。指示をください」
「だめだ」
「なぜですか」
「危険が伴う。お前に何かあれば姫様が悲しむだろう…」
ホークスの正体に近づくことは、昨日のあの間抜けを捕らえた時とは危険度が格段に違う。
そう言われたエリザは、『そうですか』と呟くとふらりと立ち上がった。
そして…。
彼女は兄の背後を取り、どこからともなく取り出したナイフを彼の喉元に突きつける。
「エ、エリザ…?」
ジャスパーが油断していただけかもしれないが、それでも速すぎて見えなかった。
エリザは顎を上げ、強い殺気を纏って兄を見下ろす。
背後から感じるその殺気に、ジャスパーは思わず肩を震わせた。
「馬鹿にしないでくださる?姫様もお兄様もエリザのことを誤解しておられますわ」
双子姉妹に泣かされていたあの時から何年経っていると思っているのか。
あれからずっと、いつか必ずモニカのそばに戻るため、ありとあらゆる訓練をしてきた。
剣は使えないが、音もなく敵の背後をとり、その喉元を掻き切ることくらい大したことではないのだと彼女は言う。
「お兄様が屋敷に帰らぬ間、エリザは軍の傭兵部隊に紛れ込み戦場に出たことすらあるのですよ?」
「うっそ…。マジで?」
「姫様をお守りするのはお兄様のお役目と思い黙っておりましたが、大勢での襲撃でない限りは身辺警護くらいできます」
「すげーな、お前…。逆に怖いぞ」
喉仏にあたるナイフの冷たさに、ジャスパーは両手をあげて降参のポーズと取った。
エリザはその反応に、満足げな笑みを浮かべるとナイフを下ろし、スカートの中にしまった。
「だって、お兄様の妹ですもの」
「ああ、そうだな。間違いなく俺の妹だ」
モニカへのその執着も含めて、容姿以外は本当にそっくりだ。
観念したジャスパーは彼女にペンと紙を取るよう言いつけると、サラサラと何かを書き始めた。
そしてそれを彼女に託す。
「これをお前の探偵みたいな友人に調べてもらって欲しい」
「かしこまりましたわ」
「調べるのに何日かかりそうだ?」
「二日もあれば十分かと」
「優秀だな。では頼む。それと、今すぐに焼却炉に向かって欲しい」
「焼却炉ですか?」
「ああ。俺の勘が正しければ、そこに決定的な証拠が転がっているはずだ」
まるで悪代官のような表情をして、焼却炉にあるはずのものを告げるジャスパー。
それは彼が仕掛けた二つ目の罠だ。
エリザは『怖い人』と満面の笑みでつぶやくと、急いで部屋を出た。




