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1:3度目の婚約破棄

 1回目、嫁ぎ先の国の内政悪化により普通に破談。

  2回目、婚約者の父親の不祥事により一家丸ごと国外追放で破談。

  3回目、婚約者の浮気現場を目撃したことにより土下座されて破談…の予定。



 もう3度目ともなれば、さすがに慣れるものだ。

 イグニス帝国第4皇女であるモニカは、自身の3人目の婚約者である公爵家の嫡男ジョシュアと、浮気相手であるところの男爵令嬢オフィーリアが地に這いつくばり額を地面に擦り付ける様を冷めた目で見下ろしていた。


 国立ノワール貴族学園の教職員棟1階。皆が食堂へと向かう昼食時に、昼飯をとる時間すら惜しいとでも言わんばかりに保健医不在の保健室で情事に耽っていた二人は、下着姿のまま一向に顔を上げようとしない。


「とりあえず、服を着なさい」


 モニカは呆れたようにため息をつくと、二人に服を着るように促した。

 それは騒ぎを聞きつけて人が集まる前にとりあえず服は着させておかないと流石に可哀想だという彼女の優しさと、オフィーリアの持つ、たわわな果実へのほんの少しの嫉妬心。

 いそいそと制服に袖を通す二人を眺めながら、モニカは小さくため息をこぼした。


(この男は巨乳好きだったのか…)


 別に自分だってそこまで小さいわけではないのに、とモニカは俯いて自分のそれを確かめる。うん、悪くはないはずだ。

 さて、ではこの状況をどう処理するべきか。彼女はしばらく目を閉じて考えた末、とりあえず半歩後ろで笑いを堪えるのに必死な自身の護衛騎士ジャスパーの足を踏んだ。

 ヒールで思いきり踏まれたせいか、彼はその端正な顔を歪めて身悶える。一生そうしてるといい。


「ジョシュア・ションバーグ」

「は、はい…」

「一応聞いてあげるけれど、この状況は要するにそこの男爵令嬢と浮気をしていたということかしら?」


 モニカは肩にかかった、その緩やかに波打つ蜂蜜色の髪を後ろにやると、ひどく冷めた声でジョシュアに問いかけた。

 宝石のようなキラキラと輝く深い碧の瞳が責めるように彼を射抜く。整った顔立ちをしている人間は真顔で見つめるだけで怖い。


 確かにジョシュアとの婚約は紛れもない政略的なものであり、二人の間には真実の愛など存在しない。

 けれど、それでも名目上は婚約者同士であるわけで、婚約を解消していない内から乳繰り合って良いとはならないのだ。

 それも太陽がちょうど真上に登るこの真っ昼間から、学園の保健室でR指定の行為に励むなど、言語道断である。お天道様もびっくりだ。

 そう言うと、ジョシュアはバッと勢いよく顔を上げ、モニカを睨みつけた。


「う、浮気だなんて!」

「あら、違うの?」

「違います!僕とオフィーリアは本当に、真剣に交際しているんです!ゆくゆくは結婚することも考えておりましてっ!」

「だから、その交際しているという事実。それを浮気と言わずに何と言うのです。というか結婚することも考えているって、現状ではあなたは私と結婚することになっているのだけれど」


 『何を言っているのだ、こいつは』という目で彼を見下ろすモニカ。その後ろでとうとう腹を抱えて人目も憚らず笑い転げるジャスパー。

 騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬はニヤニヤと状況を観察しており、戻ってきた保健医は昼食を取るために席を外した数十分で自分の城が修羅場と化していることに卒倒する。


(カオスだわ…)


 これは早めに事態の収集を図らねばならない。モニカはそう思った。


「貴方のこの軽薄な行動で、バートン公爵家と王家の関係は悪化することになると思うのだけれど、それを踏まえた上で、それでも貴方のこの行動を正当化できるだけの理由を説明できるのならば言ってみなさいな?ジョシュア・ションバーグ」


 モニカは腕を組み、ニコッと微笑む。

 これは貴族流の『言えるのものならな』という意味の言葉だ。彼女はジョシュアには早いところ謝罪をしてもらい、今後のことについては後日話し合おうと提案するつもりだった。

 そう、だから決して自己弁護しろという意味ではなかったのだが、#素直__バカ__#なジョシュアはモニカの意に反して、自己弁護を始めてしまった。


「ぼ、僕と姫様の間に愛などありませんでしたから、だからこれは浮気ではないのです!」

「…と、言いますと?」


 モニカは『馬鹿か、お前は』という言葉を必死で飲み込み、彼に言葉の続きを促す。

  すると、ジョシュアは浮気相手の肩を抱き寄せて、『オフィーリアとの間には真実の愛があると、お前との関係の方がむしろ健全ではないのだ』いうような事を言った。

 これが学年首席だと思うと、モニカは頭が痛い。やはり勉強だけできても意味がないようだ。


「あのねぇ…」


 モニカは額に手を当てて、彼の行動の何が問題なのかを一から説明しようとした。

 しかし、オフィーリアという名の浮気相手は瞳に涙を溜めて、弱々しく彼女に自分の思いを訴え始めた。この国の皇女であるモニカの言葉を遮るようにして。


「酷いです、姫様!そんなふうに彼を責めないであげてください!ジョシュアはずっと悩んでいたのです。公爵家のために姫様と愛のない結婚をせねばならないことをずっと悩んでいたのですよ!?」

「王侯貴族の結婚とは大概愛などないことが多いけれど…。仮に愛のある結婚を求めていたとしても、だからどうしたとしか言えないわね」

「ひどいっ!そういう冷めたところが、ジョシュアは辛かったのですよ!彼がどれだけ貴女に歩み寄ろうとしていたかわからないんですか?」

「ええ、わかりません」


 歩み寄るとは、もしや肩を抱き、無理やりキスしようとしてきたことだろうか。

 ロクに話もしていない時期からそれをされて全力で拒否することの何がいけないのか。普通のことだろうにとモニカは思う。


(…頭悪いのかしら、この子)


  モニカは扇をパシンと広げると、それで口元を隠し、鋭い目つきでオフィーリアを睨んだ。

 オフィーリアはその射殺すような視線に、思わず肩がビクッと跳ねる。


「ねえ。ポートマン男爵家のオフィーリアさん」

「な、何よ…」

「そもそもの話なのだけれど、誰が話して良いと許可を出したのかしら?」


 そう。モニカは一度たりとも彼女に発言することを許していない。

 たとえこの場所が学園であろうとも、社交界のルールは適用されるのだ。目下のものが許可なく目上のものに話しかけることも、目上の者の発言を遮ることも許されない。


「そ、そういうのは古いと思います!そういうのは変えていくべきだと思います!人はみんな平等なのです!」

「人は皆平等だと言うのならば、貴女は今すぐこの学園から去るべきね。ここは貴族が通う貴族のための学園。階級がものを言う世界です」

「なっ!」


 脳内お花畑女オフィーリアの言葉にど正論で返し続けるモニカ。ジョシュアは『酷いわ』とシクシク泣く浮気相手を抱き寄せて彼女に物申した。


「貴女のそういう容赦のないところがずっと嫌だったんだ」

「私も貴方のそういう思慮の浅いところが嫌です」

「そうやって、すぐに僕を馬鹿にして!」

「馬鹿を馬鹿にして何が悪いのですか?」

「僕は学年首席だぞ!」

「あなたが学年首席であることをきっと学園長先生は嘆いておられるでしょうね」

「なっ!俺はバートン公爵家の長男だぞ!次期公爵だぞ!?」

「私は皇帝陛下の娘、一応低いながらも王位継承を持つ第4皇女ですが?位で言うと私の方が上かと」

「それがどうした!?たいして宮中で力を持たないお前を僕がもらってやったのに」

「結婚してないので、まだもらわれてません」

「本当にああ言えばこう言う女だな!女は男を立てるものだろ!」

「貴方は女性に補助してもらわなければ自立することもできないのですか?赤ん坊なのかしら」

「何を!!好き勝手言いやがって!だから3回も婚約が破談になるんだ!」

「婚約が破談になった理由は、1回目は嫁ぎ先の国の内政悪化によるもので、2回目は嫁ぎ先の公爵家が横領と麻薬取引で取り潰されたからです。ちなみに3回目は婚約者の浮気」


 私に非があると思う者は挙手を、とモニカは野次馬に採決をとった。すると当然の如く手は上がらない。


「く、くそ…っ!!」


 悔しそうにジョシュアは奥歯を噛み締めた。

 そんな彼に彼女はトドメの如く追い討ちをかける。


「そうね、ジョシュア・ションバーグ。では仮にあなたがそこの男爵令嬢と結婚するとしましょう。もしそうなる未来が決まっているのならば、貴方が1番初めにすべきことは私との婚約の解消ではないの?婚約も解消せずに他の女と乳繰り合っているこの状況は世間一般的に見れば浮気でしかないのよ。お分かり?」

「ち、ちがっ…!」

「何が違うと言うのかしら?別に私は貴方に対して、1ミクロンほどの愛情も持っていなかったわけですし、貴方が素直に真実の愛を見つけたと言って婚約の解消を申し出てくださったのなら、私も陛下にそう進言して差し上げましたのに。それに元々、この婚約に政治的な意義はあまりありませんでした。私の伴侶に良さげな人がいなかったから、あなたに白羽の矢が立っただけです。貴方は公爵家の為にと言うけれど、正直なところバートン公爵家との関係は良好ですし、この婚姻がなくとも公爵家は何も変わりません。まあ、あなたの行動で今後どうなるかはわかりませんけれど」

「あ、愛していなかったって…そんな…」

「気にするところはそこなの?本当に浅はかな人ね。ええ。私は一ミクロンも貴方を愛していませんし、これから先も愛することはありません。というか、そもそもあまり興味がありません」


 そんなはっきり言わなくてもいいのに。それはジョシュアだけでなく、その場にいた野次馬たちも思った事だった。

 本当に容赦がない。そういうところが一部の下位貴族の女子生徒にウケて、陰でファンクラブができている所以らしいが男からしたらオフィーリアのように、か弱い女の方が良い。

 男子生徒はジョシュアに同情した。


「…これ以上話したところで意味はなさそうね…。まあ、いいわ。とりあえず、こうなった以上婚約は解消いたします」


 モニカはくるりと回れ右をして、仁王立ちで野次馬の方をじっと見据える。


「皆さん。私はこのバートン公爵家嫡男ジョシュア・ションバーグとの婚約を解消いたします。理由は彼の浮気です。今後、このお二人はそれはとても辛く厳しい人生を歩むことになるでしょうが、どうぞ暖かく見守って差し上げてくださいね?」


 彼女は不敵な笑みを浮かべると、それではごきげんようと言って優雅にその場を立ち去った。


 残されたジョシュアとオフィーリアに冷たい軽蔑の視線が集まる。


 『公爵家も終わったな』

 『オフィーリアは退学になるんじゃないか』

 『社交界では針の筵に座らされることだろう』

 『命があっただけ感謝するんだな』


 など、そんな言葉が彼らに突き刺さった。

 これから先、彼らはまともな人生を歩むことができないだろう。だが、それはモニカには知ったことではない。


 筋を通さないからこうなるのだ。自業自得である。


 

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