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【完結】3度婚約を破棄された姫は護衛の騎士と共に隣国へ嫁ぐ  作者: 七瀬菜々
第一部

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16:エリザ・オーウェンの二つの話

 主人の講義が終わるまで、学園の中庭でのんびりくつろいでいたジャスパーの元へやってきたのは、あまり似ていない彼の妹エリザだった。

 紫の瞳は同じだが、髪は茶色で顔も平凡。彼女はどうやら父親似らしい。

 

 エリザは芝生の上で難しい顔をして寝そべっている兄を覗き込むようにして見下ろす。

 彼女の作る影で、ジャスパーの視界は暗くなった。


「お前、講義は?」

「サボりですわ。お伝えしたいことがございまして」


エリザは兄の隣に座ると、ポケットからチョコレートの包みを取り出し、それを彼に渡した。


「…何?これは」

「難しい顔をしていらしたので、糖分不足かと」

「そういうわけじゃないけど、まあ受け取っておく」

「お兄様、そこは素直にありがとうと言うべきところかと思いますわ」

「…ありがとう」

「どういたしましてなのです」


 兄のお礼にエリザは満足げにニッコリと微笑んだ。

モニカに憧れているせいか、エリザもなかなかに気が強く、有無を言わせぬ威圧感がある。

 故に彼女に礼を要求されると条件反射的にありがとうという言葉が口から出てしまう。

 女とは恐ろしい。ジャスパーは貰ったチョコレートの包みを剥がした。


「何かお悩みでも?お兄様」

「別に大したことじゃないけど…。なあ、好きな人がいるのに恋愛した事ないってどういう意味?」

「それは哲学的な問いでしょうか?そうでないのなら、その文章には矛盾が生じる気がいたしますわ」

「だよなぁ…」


この間、図書館で彼女がポツリとつぶやいた言葉が頭から離れないジャスパーは、ポリポリと後頭部をかいた。

 あれはどういう意味なのだろうか。恋愛したことがないということはつまり、別にノアのことが好きなわけではないという事だろうか。


(…あんな顔するのに?単に自覚がないだけ?)


理解できないジャスパーは眉間に皺を寄せた。

好きじゃないかもしれないなんて、そんな馬鹿みたいな期待をしてしまう浅ましい自分が嫌になる。


「もう少し哲学的思考で考えた方がよろしいですか?」

「いや、いい。大丈夫だ。それより伝えたいことって何だ?」

「それが、二つございますの。AとBどちらから聞きたいですか?ちなみに捉え方次第ではAはお兄様にとって良い知らせかと思います」

「では、とりあえずBからで」

「かしこまりました。あまり長々と話すのは好みませんので端的に申し上げます」

「おう」

「ジョシュア・ションバーグとオフィーリア・ポートマンが学園に来ておりません」


 兄の耳に口元を寄せると、エリザは最近二人を学園で見かけていないのだと言った。


「居た堪れなくなっただけじゃないのか?色々とやらかしたんだから」

「エリザもはじめはそう思いましたわ。しかし、嫌な噂を耳にいたしまして…」


 エリザ曰く、あの事件以降しばらく学園に来ていた二人はものすごく恨めしそうな顔で彼女のことを睨みつけていたそうだ。

 エリザの友人の中には、彼らが必ず復讐してやると呟いている場面を見たことのある者がいるらしい。

 

「そしてこれですわ。このお店に最近二人が出入りしているらしいのですが、お兄様はこのお店を知っていますか?」

 

 そう言って、彼女が制服のポケットから取り出したのは、ファンシーな店にジョシュアが入っていく所を撮影した一枚の写真。

 

「私の友人がこの写真をくださったのですけれど…。このお店、実は街の噂では違法薬物や火薬を取り扱っているという話なんですの」

「ファンシーなショップに見せかけて、闇取引を行なっているということか」

「おそらくは。ただ、なぜか街の皆が知っている噂なのに摘発されないのだそうです」

「匂うな」

「ええ。かなり」

「でも、なぜそこにジョシュアが?」

「それはわかりません。そして重要な点が、もう一つ。このお店は基本的に紹介制をとっていて、取引してもらうには誰かから紹介を受けなければなりません」

「なるほど。誰かがアホ二人を操って姫様にちょっかいかけようとしているって訳ね」

「ご明察。その通りですわ、お兄様」


 今までもモニカにちょっかいを出そうとしてきたやつはいるが、直接的に命に関わるような事をしでかした者は少ない。

 

(…違法薬物と火薬か)


それは、場合によっては単なる嫌がらせで終わらない可能性がある代物。

 そして、物の出どころはかなり高貴な身の上の人物が何かを企んでいる可能性がある店。


「気のせいだと良いけどなぁ」

「エリザの勘は気のせいではないと申しております」

「俺もだ」


 眉間に皺を寄せて怖い顔をする兄に、エリザは警戒しておくに越したことはないから伝えておきたかったのだと言い、Bの話を終えた。


「Aのお話も聞きます?」

「ああ」

「ではこちらをご覧ください」


そう言って、エリザが次に出したのは大きな薔薇の花束を抱えたノアの写真だった。

 手にはもう一つ、小さなかすみ草の花束が握られている。


「この男が、とある画家の家に入って行くところを私の友人が目撃しました」

「お前の友人は探偵か」

「モニカ様の隠れファンクラブの会員です」


恐るべしファンクラブ。

 モニカ自身が他者と関わろうとはしないため、陰ながら彼女を応援しているそうだが、会員は諜報員の素質がありそうだ。

 ジャスパーは背筋に冷たいものが走る感覚を覚えた。


「それで、その画家の家に住む画家の姉に、玄関先でこの薔薇の花束を渡している場面を目撃したそうなのです」


 エリザはちょうどその場面を写した写真を、1枚目の写真に重ねた。

 ノアと共に写真に映る女性はモニカとは違うタイプの儚げな美人で、ノアは少し照れているような雰囲気もあった。

 そう説明するエリザの声は、平静を装っているが、微かに怒りで震えている。


「薔薇の花束を渡すなんて、どういう関係なのでしょう。エリザにはわかりませんわ」


嫌味ったらしくそう言った彼女は写真をぎゅっと握ってしまった。

 ジャスパーは慌てて妹の手から写真を抜き取ると、写真を丁寧に伸ばし、まじまじとそれを眺める。

 ノアが手に持つかすみ草の花束を見る限り、これはあの夕食会の日だ。

 モニカには小さなかすみ草の花束で、画家の姉には大きな薔薇の花束。

 普通に考えれば浮気の可能性が高いが…。


「…ノア様が浮気なんてするかな?」

「男は皆、浮気します。絶対に」


首を傾げる兄に、エリザはジトッとした視線を向けた。

 数多くの女性と浮名を流してきた彼に『浮気なんてするかな?』と言う資格はなかったようだ。


「その男、調べますか?それとも、そのままにしますか?」


やや強めの口調でエリザは兄に決断を迫る。隣国の王弟公爵をその男呼ばわりとは妹も大概失礼なやつだ。


(…どうするかなぁ)


もし調べて浮気していたのなら最悪の場合は婚約が破談となることもあり得る。そうなればまた、モニカの名に傷がつく。

 逆に、調べなければそうなる心配はない。たとえ浮気が事実だろうと、知らなければその事実は無いも同然だ。

 だが、そうなるとモニカを浮気者の男に託さなくてはいけなくなる。


 うーんと唸るような声を出して悩む兄に、エリザは少し驚いたような表情をしていた。


「お兄様は怒り狂うか、もしくは『自分にもまだチャンスはあるぞ、グフフ』と気持ち悪い笑みを浮かべるか、このどちらかだと思っておりました」

「お前は兄を何だと思っているんだ」

「姫様バカだと思っております」

「正解だ」


 ジャスパーはエリザのこめかみを小突き、『うるせぇ』と呟いた。


もし本当に浮気をしているなら許せない。モニカを裏切っているのなら許せない。その気持ちは妹が指摘するようにジャスパーの中にもある。

 だが今、彼が冷静でいられるのはモニカの『恋愛したことない』という発言を聞いたからだろう。

 心の中に生まれた『モニカとノアは思い合っているわけではないかもしれない』という仄かな期待が、彼を冷静でいさせているのだ。

 

「俺がノア様に探り入れてみるから、とりあえず放置で頼む」

「よろしいのですか?」

「何が?」

「もし本当に浮気なら、お兄様にも付け入る隙があるかと」

「ないよ。そんなの。仮に浮気だったとしても、国家間の政略結婚だからね。そのまま何事もなかったかのように結婚する可能性が1番高い」


 納得のいかないエリザは険しい顔で兄を見つめた。

 しかしジャスパーは、ジョシュアの時のように政治的意図がほとんどない場合は婚約を解消できるかもしれないが、今回の場合は別だと諭す。


「お兄様はそれでよろしいの?」

「よろしいも何も、俺にはどうすることもできない」


 それこそ、たとえ婚約が破談になろうともモニカの兄の枠から抜け出せないジャスパーには、未来がないのだ。

 彼はそう言って、眉尻を下げて笑った。


「嘘ですわ。直接的な言葉で真剣に好意を伝えれば、もしかしたら関係が変わるかもしれないのに、それでも行動しないのは抜け出そうとしていないからです。関係が崩れるのが怖いのよ」

「別にそんなんじゃねーよ。そんな簡単な問題じゃねーんだよ」

 

 痛い指摘に、ジャスパーは顔を伏せる。


 確かに生まれや身分や歳の差を言い訳にして、モニカに自分の思いを伝えたことは一度もない。

 それとなく伝える好意はすべて冗談めかして逃げ道をつくった。 

そんな簡単な問題じゃないけれど、そんなに難しい問題でもないのもまた事実。

 モニカには短いながらも婚約者がいない期間はあった。もしその時に、ちゃんと伝えれば何かが変わっていた可能性はゼロじゃない。

 そう考えると、妹の言うように、結局は怖いだけなのかもしれない。


 エリザは俯く兄に呆れたような悔しいような複雑な表情向けた。

 

「…姫様をずっと守ってきたのは他でもない、お兄様よ」


 彼女は小さくそう呟くと、他の証拠写真を兄に押し付け、『意気地無し』と吐き捨てて去っていった。


「うるせぇわ」


 ジャスパーは写真を上着のポケットにしまうと、芝生の上に寝そべり、深く長くため息をついた。



 意気地がないなんて、言われなくともわかっている。





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