14:婚約者と夕食会(2)
しばらくして、前髪で顔を隠したノアが城のメイドに案内されてモニカの部屋へとやってきた。
彼はオドオドとしながらも、メイドを下がらせて一人で部屋の中へと入ると、静かに扉を閉める。
「き…」
「き?」
「緊張したぁ……」
扉を閉めた途端、崩れ落ちるようにその場に蹲るノア。
ジャスパーは彼の腕を掴むと、少し乱暴に立ち上がらせて肩を貸す。
「大丈夫っすか?」
「ありがとう、ジャスパー。悪いね」
「また人見知りですか?」
「お恥ずかしながら…。女の人は特に苦手なんですよ」
そう言うと、ノアはへへっと笑った。
長い前髪から覗く彼の目は、目尻に皺を作り優しげに細くなっていた。
随分と年上なのに、あどけなく笑う彼につられて、ジャスパーも同じように微笑み返す。
「変わりませんね、ノア様は」
いい人だとわかっているから、どうすることもできない。
その複雑な心境から、無意識に嫌味っぽい言い方になってしまったジャスパー。
すると、ノアは彼の瞳を覗き込み、優しく尋ねる。
「そう言う君は少し変わったみたいだね?」
「そうですか?」
「僕と同じ目をしてる」
「同じ目?」
「もしかして、恋でもした?」
「…え?」
ジャスパーは一瞬だけ大きく目を見開いた。
ノアには彼の目が『恋をしている』ように映ったらしい。本当に、オドオドとしている割には鋭いところがある。
気づいて欲しいが、気づかれてはいけない恋心。
ジャスパーは誤魔化すように『俺はいつでも恋してますよ、姫様に』と冗談めかして答えると、モニカに投げキッスを送った。
モニカはそれを扇ではたき落とすフリをする。
そのやり取りはいつも通りの冗談で、いわゆるノリというやつだ。
ノアはそれをわかっているためか、椅子を引きジャスパーに『振られちゃったね』と声をかけて笑った。
穏やかな時間。昔と同じ、気の置けない友人同士の集まりだ。
かすみ草の花束を渡されて頬を赤らめるモニカと、照れ臭さそうに彼女と話すノアの姿に、ジャスパーは自分だけが変わってしまったのだという事を実感した。
***
部屋いっぱいに広がるチキングリルの香ばしい香りが充満する室内。
毒味が必要な高位貴族は中々食べることのできない温かい庶民風の料理に、ノアは喉を鳴らした。
「ほら、ジャスパーも座って」
モニカはどうすればいいかわからずに突っ立っていた彼を座らせると、食事の前の祈りを捧げた。
本来はこういう席では同じテーブルに着くことのできないジャスパーも、3人だけなら食事を共にすることができるからいいねと彼女は笑う。
「ジャスパーはもう、ほぼモニカの一部だもんね。僕は構わないよ」
食事を始めて早々に、モニカが護衛の騎士とともに嫁いでも良いのかと話すと、ノアは迷うことなくOKを出した。
張本人であるジャスパーが心配するほどに、あっさりと許可を出すものだから、彼は思わず『本当にいいのか?』と聞いてしまいそうになった。
だが、ここで聞き返して『やっぱりなし』と言われても困るので、その言葉は飲み込む。
「でもいいの?ジャスパー。王国についていくってことは、簡単には戻ってこれないよ?恋人とかいないの?」
「恋人はいないので問題ありませんよ」
「恋人『は』ね。遊び相手なら腐るほどいるのよ、ジャスパーは」
「その言い方だと俺が女遊びの激しい男みたいじゃないですか」
「『みたい』じゃなくてその通りでしょう」
「わあ、ジャスパーは破廉恥だ」
「破廉恥って…」
大の大人が破廉恥と発言して、『ちょっとかわいい』と思ってもらえる男は世界中探してもノアくらいなものだろう。童顔は得だ。
モニカの言葉に、ノアは両手で顔を隠しつつも指の隙間からジャスパーを見た。
すると彼はナイフを持っていない方の手で目潰しのポーズをする。
「隠せてませんよ、ノア様」
「ひっ!潰される!?」
「こら、ジャスパー。ノア様の目を潰そうとするんじゃありません」
モニカはジャスパーの手を握って重ねて下げさせた。
たった一瞬でも、婚約者の前で他の男に触れるのは問題なのではなかろうかとも思ったが、ノアは平気そうにクスクスと笑っている。
あれだけ熱烈な求婚をしておいて、婚約者の側に男がいることには何も思わないのだろうか。
自分を男として見ていないだけなのか、単に自分が気にしすぎなだけなのか、ジャスパーには判断できない。
(余裕があるのか?簡単について行くことを了承するし、何考えてるんだろう。ノア様は)
ジャスパーは仲睦まじく会話をする二人をジッと見つめた。
すると、その視線に気が付いたのか、ノアはニコッと微笑む。
その微笑みがどこか勝者の微笑みに見えてしまい、ジャスパーはわかりやすく目を逸らせた。
「ノア様。月末には、私たちの婚約パーティーが開かれるそうです。お聞きになりまして?」
「いや、まだ聞いていないよ。けど、やっぱりするんだね」
「ええ。流石に隣国の王族との婚約となれば致し方なくて」
モニカは困ったような顔で笑う。
ノアとの婚約は二度目だ。そして、モニカ自身の婚約発表はこれで四度目。
形式的に行わなければならないことは理解しているが、やはり気分の良い会にはならない事が予測される。
きっと、いろんな人から嫌味や皮肉を言われるとこになるだろう。
「ごめんなさい。ノア様はパーティーそのものも苦手なのに」
「どうしてモニカが謝るのさ。婚約を申し込んだのは王国側なのだから、むしろ謝るのは僕の方だよ」
ノアはモニカの手を取ると、その甲に口付けた。
「大丈夫、当日は立派な婚約者を演じてみせるから」
「本当に?」
「うん。頑張るよ」
ニコッと優しく笑うノアにモニカも同じような笑みを返した。




