11:モニカの過去
自分の生まれについては、物心つく前から城の色んな人から聞かされていたから知っていた。
それでも自尊心を失わずにいられたのは、ひとえに乳母のおかげだと思う。
悪いことをすれば叱ってくれて、何かできれば褒めてくれる本当の母よりも母な女性。たくさんの愛情を注いでくれたかけがえのない存在。
礼儀礼節も勉学も必要なことは彼女が全て教えてくれたから、モニカは皇族として申し分ない振る舞いだってできる。
だからモニカは乳母と彼女の娘には本当に感謝していた。ずっと大切にしたいと思っていた。
けれどある日のこと。
妹のように可愛がっていた乳姉妹のエリザが、意地悪な双子の姉から攻撃を受けて泣いている姿を見た時、モニカはようやく気づいた。
----大切な人をそばに置くと、その人を傷つけてしまう。
そのことに気づいたモニカは、大嫌いな実母に頭を下げて集めたお金を、踏み倒されていた給与だとして乳母に渡した。
そして娘と共に屋敷に帰るよう言いつけた。
長年苦労をかけたことを謝罪して、もう2度と自分とこの塔に来てはいけないと告げた。
渋々承諾した乳母を見送った日。
遠くなる彼女達の背中を見ながら、モニカは泣きながら自分を抱きしめてくれた乳母の温もりだけを宝物にしてこれからも生きていこうと誓った。
ジャスパーが来るまでの1年間は本当に地獄だった。
たまに送られてくる部屋付きのメイドも護衛も仕事をしないばかりか、暇潰しにモニカをいじめてくる。
彼らからの攻撃は性悪双子の姉たちとは違う、圧倒的な力の差を感じるものだった。
言葉でやり返そうにも語彙力が違うし、力でやり返そうにも敵うわけがない。
正直、あの当時は人としての尊厳が失われるくらいの言葉と力の暴力を受けた。
それでもモニカは決して泣かなかった。
泣いたら負けだと思っていたから。
だから、モニカにとってのジャスパーはまさに救世主だった。
彼が新しい騎士として配属された日、乳母に似た笑顔で彼が優しく微笑んでくれた瞬間。
今まで堪えていた何かが溢れたモニカは、トイレに駆け込んで大泣きした。
素行の悪い男だと聞いていたのに、彼は今のままで誰よりも優しかった。
彼は軽薄でどうしようもない男だけど、モニカにとってはまさに救世主だった。
*
「何すか?」
夜、主人を信用していないジャスパーは窓を閉めにきた。
モニカはベッドで寝転びながら、彼をじっと見つめる。
「元気?」
「元気ですけど…」
「そう、ならいい」
元気なら良いと彼女は布団を被り、窓に背を向けた。
元気ならいい。大事な人だから、やっぱりいつも笑っていてほしい。モニカはそう強く思う。
「そこの机に置いている手紙、今度エリザに渡しておいてほしい」
「自分で渡せば良いじゃないですか」
「そんな事をして、またお姉さまたちに目をつけられたらどうするのよ」
「そんなに警戒する事ないと思いますけど…」
ジャスパーは警戒し過ぎているようにも思えるモニカの気遣いに、複雑な表情をしながらも机の上にある封筒を手に取った。
「あれ?2枚?」
「…一枚は夫人に」
「珍しいですね」
「久しぶりに昔のことを思い出したから。色々と伝えたくて…」
「そうですか」
了解ですと、彼は封筒をポケットにしまった。




