81.鑑定 2
「その聖女様は、生涯ずっと、踊らなければ魔力を使えなかったのでしょうか?」
悪役令嬢として覚醒しそうになった自分を戒めたわたくしは、とりあえず、ヒロインの能力に対する妬みを払拭すべく、自分の長所である推理力の高さを確かめて、自分に自信を付けることにした。
わたくしの推理が正しければ、いいえ、わたくしの正しい推理によれば、その隣国の聖女様も、ヒロインのように最初のお漏らしで勘違いされただけで、後々は普通の聖女様になったはず。
なので、そのダンシング聖女様のことを言い出した魔術師に、そう問うてみた。
「え?ずっと・・・ええと、その、その方は聖女と認定されはしましたが、魔力量はあまり多くはなかったようです。ですから、治療をするとなれば、対象者とふたりで踊る必要があったそうですよ。きっと、怪我人や病人を支えながら踊るのはかなりの重労働でしたでしょうね。そして、その方は元は男爵令嬢だったので、その、たくさん来る依頼を断るのは難しかったようです。ええ、それはもう、その、寝る間も与えられずに。ですから、その・・・聖女であった期間は、とても短かったそうです」
「まあ・・・」
曖昧にされた聖女の人生の結末は、過労死なのか、はたまた、耐えきれずに自害してしまったのか。
たぶん、わたくしの推理は間違ってはいないはずなのだから、発覚が早すぎたのね。
それにしても、男爵令嬢でその扱いならば、平民であるヒロインはゲーム後にどうなるのかしら。
いくらヒロインは、そのダンシング聖女様とは違って魔力が強大だとはいっても、それだからこそと、酷使されてしまうのかもしれないわね。
挙句は国家間の取引などに利用されるのが容易に想像できるわ。
せっかく平民から聖女という立場になったのに、お気の毒と言えばお気のど・・・ああ。
はい、はい。それであれなわけね。
ふん、ふん。
せめて?学院内やイベント期間中だけでも?責務を忘れて?
恋愛なんかしちゃって?楽しく過ごそうと?
はい、はい。そういうこと、そういうこと。ゲームはそこを切り取ったわけね。
ええ、それはもう、現実は選ばれし聖女としてお忙しいのでしょうね。大変なのでしょうね。お辛いのでしょうね。
殿方としては?この可憐で過酷な運命の少女は?自分が支えなければ!と、思ってしまいますわよね。
そうでしょう、そうでしょう。わかります。
えーえ、本当に、選ばれし聖女様だけが大変で、可哀想ですわね。お気の毒様ですわね。ご愁傷様ですわね。
そうであれば、見目麗しい男性の、王太子、ロイス、シャルル、クロード、アンドリューとだって、いちゃいちゃできる特典があって然るべきですわよねぇ。わっかりますわぁ。
対する悪役令嬢は?同じ光の魔力属性持ちだというのに?魔力量が微弱で?皆さまの愛するヒロインの助けにもならない。
妬み嫉み僻みだけが強大な、役立たずのうえに邪魔者。
ならばそれはもう、簡単に処刑したり、追放したり、切り捨ててしまえますわよね!
ええ。よーく、わかりましたわっ!!
ここで、なんと、ゲームの真理を解き明かしてしまったわたくしが、無意識に力を込めて閉じたことで、扇がパチリ!ギリギリと、派手な音を立てる。
はっ!まただわ。いけない、いけない。
ヒロインのことを考えるだけで、悪役令嬢としての気質が出てしまうわ。
これはきっと、ゲームの開始が近づくにつれて酷くなってくるものなのね。
「マルセルム嬢?そのように恐れることはありませんよ。侯爵家のご令嬢であるあなた様なら、聖女になられても侯爵閣下が守ってくださることでしょう」
わたくしが、聖女の扱われ方に怯えていると勘違いした魔術師が、そう宥めてきた。
わたくしは、持ち前の俊敏さで猫をかぶると、魔術師に向けて安心しました的に微笑む。
ふう。一旦、落ち着きましょう。
そのダンシャング、あ、間違えたわ。
その、男爵家とは違い、ある程度の依頼は撥ねつける力がある我が侯爵家。
その力を持つお父様でも、ゲームでは愛娘の処刑を避けることはできなかった、ということは、それだけの悪事を娘がやらかしたからこそ、庇いきれなかった、もしくは見放した、に、繋がるのでしょう。
ええ、わたくしを大切にしてくださるお父様に、そのような心労をお掛けするわけにはいかないわ。
悪役令嬢の役割的に、どうしても湧き出でてしまう様々な感情があるとしても、それらは今後、自分の中だけで抑えきりましょう。
だいたい、逆ハーレムルートならば婚約者を取られることはないのだから、その分の憎しみはないはずよ。
そこが悪の役どころでは最重要部なのだから、大きいわ。
そうよ、よく考えてみて、わたくし。
今までは、逆ハーレムルートで悪役令嬢の出番が少ないのは、単純に攻略対象が全員になるからこちらに割り振る時間がないのだと思っていたのだけれど、きっと実はそこまで安泰ではないヒロインの役回りを理解した賢いわたくしが、妬み嫉み僻みの感情を抑えきれて、たいした悪事をやらかさないからこそ『悪役令嬢はたいした出番がない』ということになり、断罪を免れるのよ。
ええ、よくぞこの早い時点でそのことに気が付いたわね。
さすがよ、わたくし。できるわよ、わたくし。頑張りましょうね、わたくし。
往くわよ、悪役令嬢助かりルート!おー!
わたくしがこっそりと決意を新たにしたその時、一斉に部屋の魔石が眩しく瞬いた。
先ほど、鑑定装置の準備が整うと、部屋が一度明るくなるという説明があったので、それだろう。
「ああ、鑑定の準備が整ったようですね。我々はもう、部屋から出なくては」
薄暗かった部屋の中が、違和感がない程度の明るさに落ち着くと、周りにいた魔術師達が出て行く準備を始める。
この方々は、たまたま大聖堂の方で仕事に就いていたところへ、光の魔力反応が出たと聞いてこちらに駆け付けていただけで、鑑定時には、家族以外は案内役と記録係のふたりが立ち会うのだそう。
「本日は、ご教授いただきありがとう存じます」
「こちらこそ、改善のご意見を頂きまして、助かりました。参考にさせていただきますよ」
わたくしが先ほど、刺繍の魔法陣の書き方から出した起動時間短縮に関する意見を、次回ここの魔法陣を改修する時の参考にしてくれるようだ。
さて、ここで社交辞令を真に受けて、天狗になるのがゲームの悪役令嬢なのだろう。
冷静に考えれば、こんな小娘の意見なぞ、プロのお役に立つはずがない。
「そうだ、いっそ3年後の更新検討会にも参加なさればよいのでは?なんなら、学院卒業後は碧き塔へ入られませ」
そうわたくしに向けて言い出したひとりの魔術師に「侯爵家のご令嬢に対してなんてことを言うのだ」と、周りの者が苦笑する。
え?碧き塔とはなんだ?ですって?
ああ、魔術師が所属する組織の通称ですわ。
対して重要でもないので、お忘れになってもかまわなくてよ。
それにしても、ふむ。
これもまた過度な社交辞令だけれど、ここはしれっと乗っておいてもいいわね。
「まあ。そのように言って頂けて光栄ですわ。では、わたくしが侯爵令嬢ではなくなり、就職先を求めて碧き塔の門を叩いた時に、『そんな話はしていない』と、門前払いにしないでくださいましね」
「・・・侯爵令嬢ではなくなるというのは?ああ、最近、お取りつぶしの家がありましたね。でも、マルセルム侯爵家に限ってそんなことはありえないでしょう」
「まあ。『ありえないはありえない』、でしたでしょう?」
ありえないと決めて掛かっては進歩しないという、初級魔術の教科書の1ページ目にある、魔術師になるための心得を引用すると、周りからドッと笑いが起きた。
「ははは。そうきましたか。たしかに、全ての可能性は考慮すべきですね。ええ、その時は歓迎いたしましょう」
よし。これで万が一の際の、就職先は確保したわ。
話しながらすでに扉近くまで来ていたので、見送る為に扉の方に振り向こうとしたわたくしの肩を、入ってきた誰かに押さえられた。
「ほう。我が娘はどこで歓迎されるのですかな?」
「お父様!?」
「あ、その、非常に優秀なお嬢様ですので、ぜひともうちへと、あ、いえ・・・」
いけない。ここでお父様に、裏口就職を潰されてはならないわ。
「お、お父様!わたくし、この優秀な方々に丁寧に魔術講義をしていただき、本日はとても勉強になりましたのよ。是非ともお礼がしたいですわ」
「エミリア・・・礼?ふむ。次回の援助金を増やすか?」
え?お金を出すというお話!?
このお父様のご様子ならば、我が家は借金苦に陥っていない?
やはり課金イベントは無しだった?
ええと、話し合いをされていた殿下は?・・・後から入っていらっしゃる様子はないわね。
ああ、お忙しいのに、いつまでも茶番に付き合ってはいられないとお帰りになられたのだわ。
ある意味助かったけれど、あの素敵な後ろ姿をお見送りすることができなかったのは残念ね。
わたくしが扉の外を眺めながらそう考えていると、スッと、一人の魔術師がお父様に向けて小さく片手を上げた。
「あのう、閣下。お嬢様のお申し出に甘えて、お礼を頂戴できるのでしたら、あつかましくもお願いしたきことがございます。お嬢様の鑑定に、我々も立ち会うご許可を頂きたく」
「えっ!?我々?そんな。お、お父様、お断りしてくださいまし!わたくし、皆さまのご期待通りの結果は出せませんのよ。恥ずかしいですわ」
今日ここで、わたくしの魔力属性が判明するという確証もないけれど、判明しないという保証もないのに。
待望の光の魔力を出したことでもてはやされようとも、魔力量が超微量であったために、実は失望されていたということを、わたくしはゲームのクロードのセリフで知っている。
いずれバレるのは仕方がないとしても、この大人数が一瞬でガッカリするであろう実際の姿を見たくはない。
メンタル豆乳のわたくしは、エゴサーチはしないので、あくまでも裏で言うだけにして欲しい。
せっかく、一番ガッカリされたくない殿下はお帰りになられたというのに。
「いえいえ。出なくても恥じることはございませんよ。出ないのが普通なのですから」
「ええ、絶対・・・たぶん、出ませんわ。ですから、立ち会いは時間の無駄でしてよ。だいたい、先ほど出たという光の魔力反応も強力なものでしたのよね?では、わたくしのせいではありませんわ。今日はダンスのステップさえ踏んでおりませんし」
「もしかして、緊張なさいますか?我々は前の机の陰に隠れますので、どうかお気になさらず」
「でも、」
「エミリア。別に何人いてもいいだろう。早く終わらせて帰ろう」
魔術師に立ち合いの許可を出すと、お父様はさっさと階段を降りて家族用のソファーに座ってしまう。
続いて魔術師達が、ぞろぞろと一番下まで降りて行く。
数人からは、謎に「頑張ってくださいね」と声を掛けられた。
「くっ・・・」
「では、マルセルム侯爵令嬢。こちらへお願いいたします」
本来の立ち合い人である案内係に促されて、渋々球体が乗った台座へと向かう。
のろのろ歩いても、令嬢だからそんなものだと不審には思われずに数段下がったところで待たれた。
ふぅ。覚悟を決めましょう。
失望だけならば、処刑台に向かう時よりは冷たい目で見られないことでしょう。
だいたい、今日反応が出てしまうと決まっているわけではないのだし。
「では、詳しい仕組みはもうお分かりかとぞんじますが、こちらで改めてご説明いたしますね。あの、台座に乗っている球体の石が鑑定装置です。ここから先は魔力を通さない絨毯が敷いてありませんので、私は同行できません。おひとりで石の前に向かわれてください。私があちらの角でスイッチを入れてから右手を上げます。そうしましたら、石に手を置いてください。魔力があればあちらの魔石の何れかが光ります。30秒ほどしてもあちらになにも反応がなければ、魔力の発現はまだ無しという判定になります。終わりましたらまた右手を上げます。以上ですが、ご質問はございますか?」
・・・下の右の角・・・手を置く・・・ふむ。
「両手をつく必要がございますの?ペタリと?しっかりとついていない場合は、どこかにエラーの表示が出ますかしら?」
「ペタリ?あ、いえ、特にエラーの表示というものはありませんが・・・ああ、球体だからちゃんとつけているかご心配なのですね?ええと、昨日から、強く両手を押しつけたり、抱き着く方も多々見受けられましたが、そんな必要はございませんよ。片方の手だけでも、指先だけでも、軽く触れてさえいれば大丈夫です。まあ、手を置く感じが一番良いでしょう」
ふむふむ。指先だけでも、なのね。
「わたくしの背丈では、石の上部ではなく、横に手をつくような形になるのですが、体の前でもかまいませんこと?あなた様は前に行かれるのですよね?わたくしの周りには誰もいませんね?」
「え?ええ、どこでも構いませんので、どうぞ、楽に手を置けるところで。おひとりだとご不安ですか?」
「いいえ!わたくしひとりで大丈夫ですわ!任せてくださいまし!それはもう、しっかり!ペタリと、なんなら両手をつけますわ!貴方様の位置からではまったく見えないでしょうけれど、それはもう、完全に手の平までペタリとつけておりますのよ!さあ、始めて下さいまし!」
「はぁ。では」
案内人が離れて行くのを見ながらほくそ笑む。
ふふふ。さすがわたくし。よくぞ思い付いついたわね、素晴らしいわ。
え?なんだ急に鑑定に乗り気だな。悪巧みか?ですって?
うふふ。では、あなた様には特別にお教えしますけれど、内緒ですわよ。
実はこの部屋、床にも魔法陣が描かれていて、それを鑑定を受ける対象者以外が踏まぬように、特殊な絨毯が敷いてありますの。
そして、鑑定の石が乗っている台座の周りだけは絨毯がなく、対象者がそこに立ち、石に触れることで、鑑定ができるのですわ。
つ・ま・り!石にさえ触れなければ!鑑定されない、と、いうことですわよ!
ほうら、こうして石の前に立てば、やはり、ですわ。
ヒールが高い靴を履いていても、鑑定石の上部はわたくしの顎のところで、なんとか顔が出る程度。
横幅の大きさ的にも、下へ行った皆様から見れば、ほぼわたくしの姿は隠れて見えないはず。
周りには誰もいない。
つ・ま・り!わたくしが実際石に触れているかどうかの確認はされない、と、いうことですわ!
まさか、自分が聖女かもしれないと、わくわく鑑定を受けにきているはずなのに、まじめにやっていないなどと思うはずがないでしょう?
それを逆手に取るのですわ。ふふふふふ。
これで今日のところは間違いなく回避できる。
なんなら、ヒロインが現れるまでこの手で逃げるのも有りかもと、にやけてしまう表情を抑えていると、案内人が言っていた位置に着いた。
すぐにでも合図をされると思ったのに、わたくしがいる位置とは違うところを見ているようなので、まだかと目の前の鑑定の石を眺める。
よく見ると、こちらにもうっすらと魔法陣が刻まれていたので、うっかりあるかわからない魔力でも飛ばさないように半歩下がっておく。
「では、エミリアーヌ・マルセルム嬢の鑑定を開始いたします」
宣言に案内人が右手を上げたので、あちらから見えるようにわざわざ一度両手をあげる。
案内係以外は皆、映画館ならばスクリーンにあたる箇所の魔石を見ているので、こちらは見ていないはずだが手は抜かない。
その後も石に触れていますという演技の為に、胸の前まで手を上げて、肘を横に張り出す。
7、8、9、・・・30秒は待つと長いわね。
もちろんわたくしは、魔力があれば光るはずの、お高そうな大きな魔石をわくわくしながら見ている演技も忘れない。
本来ならば、あの光の魔石がうっすーーーら光り、あちらの闇の魔石がビカビカ光るのかしらね。
ん?あの線はなにかしら?
・・・・・まさか?




