80.鑑定 1
た、たいへん遅くなりまして、申し訳ございません
「ですから、今回もそういう発動条件があるのでしょう」
「でも、当時はまだこのような装置はなかったのですから、同じだと言い切るのは尚早では?」
そう話し合っている魔術師達を前に、ゲームの設定にそのようなものはなかった、ということに加え、この騒ぎの原因まで知っているわたくしは、曖昧な微笑みを浮かべて立っている。
え?どこに立っているんだ?ですって?
ああ、わたくしが現在いる場所は、魔力鑑定が行われる部屋ですわ。
え?もう鑑定が終わったのか?結果はどうだったんだ?ですって?
あらあらせっかちさんね。いましばらく、お待ちになって。
―――あの後、子供に歌を教えていた部屋から元居た部屋へと戻り、さもずっとここにいましたという体勢を取ったところへ、修道士が戻って来た。
そしてなんと!またもや光の魔力が観測されたので、もう少々お待ちくださいと告げてきた。
『まあ!貴方、このわたくしを、まだ待たせるおつもりなの!?』
と、わたくしならば、そのように言ったとお思いでしょう?
いえいえ、わたくしはそのように無関係な方に詰め寄るだなんてこと、いたしませんわ。
なぜならば、それは、ヒロインの仕業だとわかっているのですもの。
そもそも、今日の今!わたくしがここにいるのだって、三日前にヒロインが魔力のお漏らしをしたせいですのよ。
ゲーム開始前だというのに、もうヒロインに迷惑を掛けられまくるだなんて。
これはもはやデフォルトなのだと、諦めるしかないでしょう。
・・・ええ。たしかに。
あなた様のおっしゃるとおり、今のところ、ヒロインは野放しのやり放題ですわ。
もちろん、悪役令嬢の役どころとしましては、すぐさまヒロインに嫌味、いえ、苦言を呈さねばならぬところだと、承知しておりますわよ。
なれどわたくし、いかんせんゲームが始まないことには、ヒロインの前に立ちはだかることができませんの。
ですから『まあ。ルーチェさんったら、またお漏らしをなさったのね。貞操観念が無いだけでなく、締まりも悪いだなんて。ヒロインとしてどうなのかしら?』と、このように、なめらかに、マイルドなセリフが浮かぶよう、心の中でシミュレーションをしておくに留めましたわ。
ええ。ゲームのエミリアーヌのように、その場の勢いで激高してしまえば、断罪まっしぐらですもの。
いかにマイルド風味にできるか、に、かかっておりますのよ。
ですからここは、将来のための練習の場になった、と思い、溜飲を下げましたわ。
寛大なわたくしは、そのように寛大なる考えから、寛大に待つことを了承したのだけれど、せっかく近くにいるのだから、その反応した装置とやらは見ておきたいとも考えた。
この先、わたくしが発動する予定の、微弱な光の魔力でも反応する優秀な装置なのかどうかは、それとな~く探っておくべきだろう。
ゲーム内において明かされることはなかったから、一体どうやって悪役令嬢の魔力属性が判明したのかは、恵美も知らない。
いざという時、すでに自分の魔力属性を知っていることで、挙動不審になってもいけない。
発覚しそうなパターンの想定はしておき、驚く演技のプランをいくつか用意しておくべきだろう。
そもそも、これから受ける鑑定方法からして、想定外だったのだ。
恵美が某コミックスで読んだように、鑑定のできる魔術師に両手を握られて、『鑑定!』と魔力属性を探られるとばかり思っていたのに、まさかの機械判定だとは。
この先の進捗次第では、賄賂を渡してわたくしの魔力属性を隠すことも考えていたのに、もうその作戦は使えない。
悪巧みの修正に利用されるとは知らない修道士は、光の魔力反応が観測された装置を見せろ!と、我儘を言い出した令嬢に対し、見学を快諾してくれた。
決して、待たせ過ぎて暴れることを危惧したわけではない、と、信じたい。
だが『ここにはずっとおひとりでいらしたのですか?なにか特別なことをされませんでしたか?』と、やはり悪役令嬢に疑いを掛けることだけは、忘れなかったようだ。
子供に歌を教えていたことは、内緒にするほどのことではないけれど、あの子供の目が日差しに弱いことを知りながら、目が痛むほどあの場に留めていたことを知られるのははまずいだろう。
悪役令嬢は、悪事を惚けるのがデフォルトなのだからと、わたくしは『特には。なにもしておりませんわ』で通した。
ここでも、疑いを掛けられた際には、慌てず、即座に惚ける!という、いい練習になった。
しかし、次には『では、サミュール伯爵令嬢はどちらに?』と問われる。
わたくしは、慎ちょ~うに、ナタリア様は、ご両親を呼びに行った旨だけを告げるに留めた。
・・・ええ。
『お水を三杯もがぶ飲みしたから、お腹がぎゅるぎゅる鳴ってしまったのでしょうね』などというお話は、しないでおきましょう。
その時だって、淑女の情けで聞こえない振りをしてさしあげたのですから。
え?あなた様も、聞こなかった。ですって?まあ。お優しいのね。
うっかり口を滑らせないように、扇で口元を押さえながら廊下へ出て修道士について行くと、案内されたのは奥に見えていた大きな扉の前で、やはり思った通りそこが鑑定室だという。
遠目でも素晴らしいとわかる扉の装飾は、近づけば更に彫りが緻密で凝っていた。
修道士にさっさと開かれてしまうまで、まばたきもせずに見渡した限りでは、不思議なことに、これはこの形を表していると言えるわけではないのに、見ようによっては花に見えるし、魚にも見えた。
これはもしや、魔道書でみたことのある古の紋様なのではと、この扉が見られただけでも感激したのに、その扉の向こうに足を踏み入れて中を見れば、その一歩で足が止まってしまうほどの素晴らしさであった。
鑑定室は、一言で例えるのならば、座席の無い中規模な映画館といったところ。
入り口から見渡せば、左の方が高くなっており、右へ向かって緩やかな階段状に傾斜が付いている。
余計なものは置いていないのであろう部屋で目立つのは、入り口から少し下がった、幅の広いフロアの中央にある、大きな球体が乗った台座だ。
床は薄緑色の絨毯敷きで、台座から少し下がったところには、王太子殿下の為に急遽用意されたであろう、豪華な設えの椅子が一脚。
その更に下にはソファーが3台置いてあり、一番低い場所には横に長い机に椅子が3脚ある。
全てが下方面に向いて設置してあるのは映画館と同じだ。
はわわー。
扇で口を押さえておいて正解ね。
うっかり、間抜けな声を上げてしまうところだったわ。
はぁ。すごい、すごいわ。
なんて素晴らしいのでしょう。
なんだかむずむずするような、弾みたいような、でも見てはいけないような、変な気分よ。
でも見るわ!だって、ここまでの規模のものは、なかなか見られないでしょう。
後で、メアリやシャルルにこの部屋の説明をしても、たぶん、自分の語彙力が乏しいことを悔やむことになるだろう。
表現できないほどに圧巻なのは、壁と天井一面に描かれた、大小さまざまな魔法陣だ。
はぁ、はぁ。
恐れ多いというか、圧がすごいというか。
これだけの陣に囲まれていると、ふたたび異世界転生してしまいそうだわ。
恵美が持っていた、ステレオグラムの本とまではいかないけれど、少しでも気を抜いて焦点をずらしてしまうと、なにかしらの模様が3Dで浮かびそうよ。
間に埋め込まれている、様々な色の小さな魔石がほんのりと発光しているおかげで、窓も照明も無いこの部屋でも、薄暗い程度で済んでいる。
そして、映画館ならばスクリーンの位置になる壁には、たぶんわたくしの拳くらいはありそうな、ひと際大きな魔石がぼこぼこ嵌まっていた。
あの大きさの魔石になると、いったいおいくらするのかしらと、まだ課金による借金疑惑が払拭しきれていないわたくしは、希少な物に感動するよりも、ついつい金額の方が気になってしまう。
残念ながら、光の魔力反応はまたしても短時間しか現われなかったそうで、わたくしが到着したときにはすでに反応が消えた後だった。
案内された、入り口近くの壁の、金枠で仕切られた区画にあるビー玉大の光の魔石が、光の魔力を感知すると光るのだそう。
もう一度くらいお漏らしで光らないかしらと、まったく光っていないその魔石をしつこく見ていると、せっかくなので、鑑定の準備が整うまでこの部屋を見学させてやろうと考えた修道士が、そこにいた魔術師にわたくしを託す。
決して、まだ鑑定時間前なのにここまできて、無駄足だった!とわたくしが癇癪を起こすことを危惧して、他に意識を向けさせようとしたのではない、と、信じたい。
渋々、厄介なものを押し付けられた感満載で装置の説明をなげやりに始めた魔術師は、わたくしが質問を挟んだことから、わたくしがちゃんと説明を理解していると気付いたようで、そこからは嬉々として説明を続けた。
ふふん。これでもわたくし、刺繍の技術に加えて、魔法陣、魔術紋等についても、お母様の侍女であるメリルによって、幼い頃より叩き込まれておりますのよ。
図案があって、それを刺繍するだけではなく、図案自体を書き起こせるようにと。
楽譜があって、それを演奏するだけではなく、作詞作曲もできるように教え込まれたと言えば、わかりやすいかしら?
そのおかげでわたくし、そこそここの手のことには詳しくてよ。おほほほほ
と、悪役令嬢らしく、浅はかな知識しかないくせに偉そうにしてはみたが、本当はまだまだ勉強中なのは自分でもちゃんとわかっている。
ひとくくりに魔法陣と言っても、まじないの要素の強い刺繍のものと、ここにあるものはかなり違う。
また、国によっても違うので、なかなかに奥深い。
魔術師は、自分が考えた出したものを得意げに語りたがる性質の生き物なので、ある個所でかなり説明が白熱していた。
そこに質問を重ねていた所、いつの間にか鑑定装置の起動時間の短縮についての助言を求められ、気が付けば、数人の魔術師に囲まれての検討会になっていた。
魔術師特有の、漆黒のケープに施された銀糸の刺繍も、ひとりひとり微妙に違っている。
それをちらちら盗み見て、属性、階級、効果などを読み解きながら話を聞いていると、ひと段落したところでひとりの魔術師が『こんなに早く魔力反応が消えるのはおかしい』と言い出し、今度はそちらの検討に入る。
そこで、五十年ほど前の隣国に、踊っている間だけ魔力が発現するという、異例の条件付きの聖女様がいらしたので、今回の光の魔力保持者も、同じように条件があるのではないか、という発言があったのが、今現在である―――
うーん?
ヒロインにそのような設定はなかったわよね。
うーん、んん?
そもそもゲーム内では、会話には出てきたものの、あまり聖女として魔力を振るう場面は出なかったような気がするわ。
まあ、そもそもが乙女達の為の恋愛ゲームなのだから、ヒロインが派手に活躍するのを楽しむより、ヒーローの甘いセリフを聞く方がメインなのでしょう。
スチルもほぼ、ヒーロー達の姿だったのだし、その辺りのストーリーは適当でも仕方がないわよね。
それにしても、今回も前回も短時間だったとは、ヒロインはいったい何をしているのかしら。
そういう風に不安定だから、きちんと覚醒するまで発覚しなかったのでしょうね。
現時点ではまだ完全覚醒前であるヒロインが、短時間で魔力をまき散らすような、なにか・・・あ、もしかして、その隣国の聖女様と同じように踊ったとか?
ああ。そうね。きっとそうなのよ!
きっと、くるっと回った遠心力で、魔力が散ったのだわ!!
まあ。わたくしったら、また正解を引き当ててしまったのね。
それにしても、それだけのことで感知されるほどの、強大な魔力を振り撒けるだなんて・・・妬ましいこと。
・・・はっ!いけない、いけない。
そういうところですわよ、悪役令嬢。




