SIDE 道具屋の息子 3
「いい匂い!ミリィが開けたい!」
「ミリィ。椅子の上で弾んじゃいけないって学校で言われたんだろ?大人しく座っていろ」
目が良く見えるようになった妹は、先週から学校に通い出した。
この国では、平民も孤児ですらも、よほどの理由がない限り最低三年は学校に行くことが義務付けられている。
年齢規定はないが、5、6歳くらいから通い始めるのが普通だ。
もちろん、金は一切掛からない。
旨い昼食が無料で食えるから、俺も休まずに通ったもんだ。
おっと、今はそんなことよりも、おやじが結び目をほどいたことでなにやらいい匂いが漂い始めたこの包みの話だな。
妹が触ろうとするのを制して、おやじがその包みを更に広げる。
「これはな、納めた型を使ってお嬢様が作ったものらしい」
包みの中にはまたいくつもの、それぞれ色の違う紐で口が括られた包みが入っていた。
その中で一番大きなものをおやじが開くと、四角い塊がゴロリとひとつ出てくる。
うちが納めた四角い型で作ったもの、ということは、これはたぶんパンだろう。
それは間違いないようで、一気にパンの匂いが広がり、とたんに腹が鳴る。
そういや、安心したからか腹が減ったな。
ひとりで食えそうだからかぶりつきたいところだが、それをやったらパン好きな母さんに怒られそうだ。
我慢、我慢。
ならば他の物をと、俺は手前にあった小さめの布の包みをほどいていく。
出てきたのはたくさんの猫と犬、そして熊の形のクッキーだった。
「・・・この白いのはなんだ?カビ?じゃないよな?」
猫のクッキーの表面には白い物が乗っていて、さながら白猫のようだ。
犬は普通のクッキーの色のものと、こげ茶色のものがあり、耳だけこげ茶色のものもある。
熊にいたっては、そんな型を作った覚えはないのに、魚を抱えた姿の熊まであった。
おかしい。
俺が作ったのは、熊が立ち上がっている形の型だけなのに。
俺が熊を摘まみ上げて唸っていると、妹が寄って来て「クッキー?かわいい!」と、歓声を上げて弾みだす。
ふと向かいにいるダンを見れば、納めた型と同数あったらしい『たい焼』を四つ並べて「茶色い魚だ」と言いながら指でつついている。
ああ、まあ、爺さんとおやじの腕がいいから、魚に見えなくもないな。
尻尾は焦げているが。
次におやじが開けた『大判焼き』も、型と同数の六個だ。
魚の姿が無理ならばと注文された型だから、魚料理の形なのかもしれないと思っていたが、なぜか薄い緑色をしている。
もしかして、野菜を作りたかったのか?
疑問ばかりが増えていく中、一番不明だったのは、蓋のついた紙箱にぎっしりと並んで入っていた『たこ焼き』、じゃなくて『たまご焼』だ。
ゆで卵を半分にした出来上がりを想像していたのに、どうやったものか形が丸い。
卵、を作りたかったんだよな?でも白くない。茶色だ。
まあ、焼いて作るんだから、白くできなかっただけか。
まさか、殻付きを表現しているとか言わないだろうな?
「食べてもいい?」
ちゃっかり熊のクッキーを手に取ったリタが、ミリィと一緒に匂いを嗅ぎながら聞いてきた。
しかし、ダンがそれに待ったを掛ける。
「思い出したぞ。前に孤児院に手作りだと言って菓子を持ってきた貴族令嬢がいたって話を。形こそきれいなクッキーだったが、固くて甘すぎでとても食えたもんじゃなかったと。だからそこに居た犬に食わせたら、なぜかお嬢様がとても喜んだそうだ。だから、犬用だったのかもなって話だった。一回しか来なかったが『んまぁ!』ばかり言う、変なお嬢様だったらしい」
それを聞いたリタが、手にした熊クッキーをテーブルにそっと置く。
「よく考えてみれば、そもそも貴族のお嬢様が料理をするか?料理人がちゃんといるはずだよな?」
「実は料理人も雇えない貧乏貴族か?魚もまともに買えないから作ることにしたのか?」
「え?なら今日受け取った金は返した方がいいのか?でも連絡先を知らないぞ」
俺とダンとおやじで話し合っていると、後ろで「おいしーねー」とミリィが言った。
「ミリィ?」
振り向くと、妹は両手に犬と猫のクッキーを持って交互に齧っている。
そして、いつの間にか復活していた母さんが、『大判焼き』を食っていた。
それを見たリタが、さっと熊クッキーを齧りだす。
「か、母さん、それ犬用かも、」
「なんだい。人用だろ。ここに『注文通りで大変結構です。早速使ってこれらを作りました。皆様でどうぞ』ってカードがあるんだし。これ、やわらかいし、ほんのり甘いし、中にチーズが入ってておいしいよ」
「クッキーもサクサク!バターの香りがしておいしいよ!」
いや、人が食えるとしても、よくわからない物なのに。
女どもは度胸があるな。
「お、俺、甘いのダメだから魚を食ってみるな」
ダンがそう言って魚をひとつ手にしたが、食わずになぜか俺のところへ持ってきて半分に割った。
「・・・中にクリームみたいなのが入ってるな。すり身か?魚の匂いはしないが」
「魚のクリーム煮ってことか?骨がないから食いやすそうだな」
ダンが俺に魚の頭の方を寄越してきたので、ふたりで「せーの」と言ってから同時に齧る。
「甘っ!」
「うぇ!魚が甘いってなんだよ。魚だろ?」
とまどう俺たちに、リタが言った。
「熊も甘いよ?」
「「・・・」」
甘いものが苦手なダンは、黙って残りをリタに押し付けた。
俺は魚と思わなければ旨いと思ったので、そのまま食う。うん、旨い。
ふと見ると、おやじが『たまご焼き』の箱を手にして考え込んでいる。
「おやじ、それも甘いのか?これ全部菓子かもな」
「ん?いや、まだ食ってない。あの型からどうやって丸くしたのかと思ってな。あと、なんかネギみたいなのが混じっているから、菓子じゃないだろ、これ」
「たしかに、ネギの入った菓子なんて聞いたことがないな。とりあえず、割ってみるか」
テーブルに箱を置き、おやじとダンと三人で頭を突き合わせる。
箱にはなぜか短い木の棒が二本入っていたので、それを使ってひとつ割ってみた。
「中になんか塊が入っているぞ・・・これは・・・タコか?」
「・・・吸盤があるからタコだな。タコの足だ」
「・・・タコ・・・タコ・・・だから『たこ焼』か!間違ってなかったのかよ!なんだよこれ!タコは普通薄切りだろ?ぶつ切りされたタコが入っている料理なんか知らねーぞ」
「そりゃ、お貴族様が食っている料理なんて、俺たちが知っているわけないだろ」
そういや、これはお貴族様の料理か。
二度と食う機会はないぞと、意を決して口に入れた『たまご焼』、じゃない『たこ焼』は、甘くなかった。
魚のだしの味がして、タコの食感がいい感じだ。
ダンがものすごく『たこ焼き』を気に入ったらしく、途中でおやじが気付いて止めなければ、全部喰われるところだった。
母さんが「こうなったら、お高い紅茶を淹れてお貴族様気分になろうか!」と言って、茶葉を取りに家へと戻って行く。
その隙にパンを少し齧ろうと思って見渡したが、すでにパンの姿がない。
よく見ると、向こう側にまだ開けていない包みがあった。
母さんが、食べきれなかったパンを包んだのかもしれないと開けてみれば、またもや『大判焼き』が六個出てきた。
あれ?これは緑色じゃなくて薄茶色だな。
緑の方は母さんが中身はチーズだと言っていたから、目指したのはきっと緑の野菜にチーズを振り掛けたサラダだろう?
だとすれば、こっちの中身はジャガイモで、ポテトサラダとかか?
きっとそうだろうと思いながら『大判焼き』をそのままがぶりと食う。
「甘っ!」
またしても思った味とは違った。
『たい焼』ほどではないが、これも甘い。
割って確認するべきだったと思いながら齧ったところを見れば、中身は茶色いクリームだった。
「これは・・・もしかして、チョコレートのクリーム?」
「「え?チョコレート?!」」
ミリィとリタの声が重なり、ふたりがこちらへ飛んできて『大判焼き』に食らいつく。
ふたりとも、さっき『クッキーとたい焼きでもうお腹いっぱい!』と言ってなかったか?
あ?チョコレートを知っているのか?だって?
馬鹿にするなよ。
平民だってチョコレートくらいは食うさ。
二年に一度くらいは。
茶器を手に戻ってきた母さんが淹れた、三人前の茶葉の紅茶を六人で飲む。
まあたしかに、普段飲む紅茶よりは香りはいいな、というのが俺の感想だ。
味はよくわからん。薄め過ぎだ。
母さんはまだ使えると、茶葉をまた乾燥させる気らしい。
紅茶を飲みつつ、ちまちまと自分が作った型の形どおりの熊クッキーを齧っていると、リタが「これももらっていい?」と声をあげた。
「まだ食うのか?」
そうあきれた兄に、リタが手に持った物をひらひらさせる。
「違うよ、これ、リボンでしょ?よく見て!全部違うリボンなんだよ。それと、これ、ハンカチだよね?隅に刺繍が入ってる!こっちはフリルが付いてるよ!」
リタに言われてよく見れば、確かにクッキーを包んでいた布はハンカチっぽいし、口を閉じていた紐は全てリボンだ。
リタが掴んでいるのは、一番高そうな白いレースのリボンなので、ダンに「あつかましい」と言われている。
「お貴族様は麻紐なんて使わないんだな」
「口を縛るだけにしては長いねぇ。お嬢様はミリィのことをご存じのようだから、あとでミリィが使えるようにとリボンとハンカチにしてくれたのかもしれないよ。ああ、この赤いリボンはミリィの服に縫い付けようか」
「うん!ミリィ、このハンカチも使う!あ、おばあちゃんにも猫のクッキーあげよう。おかあさん、こっちのハンカチに入れて、青いリボンで結んでね。おとーさん、明日のお休みに持って行く?ミリィも行くよ」
「そうだな。お客に納めた道具で実際に作られたものを頂くなんてこと、今までなかったからな。爺さん達も喜ぶだろう。それにミリィの目が治ったのも見せに行かないとな。ミリィ、明日は早く起きるんだぞ」
「うん!熊も持って行く」
「じゃあ、帰るか。ダン、迷惑を掛けたな」
そういや店を開けっぱなしだったと言って、おやじはミリィを連れて先に家へと戻る。
母さんも茶器を片付けて運んで行った。
残ったものをごそごそと片付けていると、リタが寄ってきた。
「ねぇ、ハンス。この型、もう一回作れる?この魚のお菓子、作って売ったら、稼げるんじゃない?」
たしかに変わっているから売れるかもしれないが・・・いや、魚が甘いと苦情がこないか?
いやいや、そもそもそういう問題じゃない。
「リタ。これは貴族のお嬢様が考えたものだ。許可も取らずに商売にしたら、本当に首が飛ぶぞ」
「じゃあ、連絡して」
「いや、どこのお嬢様かは知らないんだ。知ってたとしても、許可なんて取りに行けるか。だいたい、俺は道具屋だ。たい焼き屋にはならん」
「それは私がやるよ!夫婦で力を合わせて頑張ろう!」
それに返答をする間もなく、ダンがやってきてリタの首根っこを捕まえる。
「リタ。都合の悪いことは聞こえないお前の耳に、もう一度!言っておくぞ。ハンスには恋人がいるが、それはお前じゃない!いいかげん諦めろ。それと、お嬢様の型の話はよそではするな!ミリィだって、お客に関する話は一切しないだろ!」
そう。妹はおしゃべりだが、そういうところはちゃんとわかっている。
あ、いけね。
恋人といえば、恥ずかしいものを忘れるところだった。
「ダン・・・その、さっき預けた手紙を返してくれよ」
「ふっ。ほらよ。思ったことは直接本人に言え」
実はここへ逃げ込んだ際、一番に恋人であるリズに別れの手紙を書き、ダンに預けていた。
処刑されるかもしれないと思った時、始めに頭に浮かんだのはやはり彼女のことだった。
リズはミリィに怪我をさせてしまった時も、別れずに支えてくれた大切な人だ。
少し待たせてしまうかもしれないが、やはり言えるうちに言っておこう。
「・・・よし!俺、明日、リズに結婚の申し込みをするよ」
「お。やっと決めたか」
「え?別に今でもいいよ」
「だーかーらー、リタにじゃない!リズにだ!お前、絶対に病気だろ。なぁ、ハンス。これも教会に連れて行ったら治るかな?あ、そういや、探してたシスターは見つかったのか?」
後日、母さんと一緒に中央大聖堂まで行き、あらためて神様にお礼を言った。
それと、妹に歌を教えてくれた親切なシスターにもお礼を言いたかったのだが、それは叶わなかった。
「いいや。あの日はよその教会からも大勢来ていたらしくてな。どのシスターかわからないと言われたよ」
「そっか、それは残念だったな。でもまあ、お前のところは良いこと続きだから大丈夫だ!明日、頑張れよ!」
「ああ。ダン、いつもありがとう。仕事ももっと頑張るから、これからもよろしくな」
俺は幼馴染と、固い握手を交わした。
―――
今朝は、例のパンがスライスされて食卓に出た。
母さんが紅茶を取りに戻る際に、家へ持って帰っていたらしい。
それは以前、おやじが間違えた風を装って母さんのために買って来た、四番街の新しい高級パン屋のパンより旨かった。
美味しい物で腹も気持ちも満たされた俺は、花を買って、今、恋人に会いに行く。




