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SIDE 道具屋の息子 2

「ミリィ?・・・どこへ行った?」


その日、店は定休日だった。


おやじ達は、材料の調達に行くと言って朝から出掛けた。

定休日にはなんだかんだ理由をつけて出掛けるので、資金繰りか医者探しをしているんだと思う。

俺も遊んでいる場合じゃないと、さっきまで店の奥で自分ができる範囲の仕事をしていた。


とっくに昼食の時間は過ぎたが、妹はいつもみたいに呼びには来ない。

ひとりで食べられたのかなと思いながら、店の奥の通路から家へと戻ると、そこには妹の姿がない。

いつもなら、出掛ける時は隣の家であっても行き先を言ってから行くのにと、近所を探してまわる。

すると、どこで聞いても『リタと一緒にいたよ』と言われるばかりだった。


「ハンス!悪い、やっぱりリタのやつがミリィを連れ出したようだ」


一緒に近所を探してくれていた、隣の木工店のダンがやってきて、自分の妹の行方もわからないという。

とそこへ、そのリタがひとりで現れた。


「リタ!ミリィは?一緒じゃないのか?」


「え?え、ええとー、後で、後で、私が迎えに行くから、大丈夫よ!」


「リタ。まさかと思うが、ミリィを聖歌隊の練習に行かせたんじゃないよな?」


「え?ええと、ど、どうかなー?その近く、かもしれないけどー」


「「やっぱりか」」


その二日前、いきなり妹が『ミリィねぇ、聖歌隊に入るの!練習があるって言うから明日行くね』と言い出した。

話を聞くと、どうやらリタから、お金がもらえるから俺のために入った方がいいと言われたらしい。


聖歌隊は6歳から入れるとはいえ、目の悪い娘を働かせるわけがないだろう!と、おやじが怒る。

怒鳴り込まれたダンは、妹がすまないとあやまっていた。


おやじと俺はあの時、金のために聖歌隊に入る必要はないとミリィに言い聞かせたし、リタにもミリィは聖歌隊に入らせないからと言ったはずだ。

ダンにも、余計なことをするなと怒られていただろう。


だというのに、リタはまたミリィを唆したな。

ミリィに金を稼がせようとするのは、少し前にリタから結婚したいと言われた時、俺が『金が無いから結婚は当分できない』と言ったせいか?

そもそも、結婚とかいう話の前に、リタは俺の恋人ですらないぞ。


ミリィの行き先をごまかそうとしたリタを叱るのは、リタの兄であるダンに任せて俺は中央大聖堂まで走る。

八番街から大聖堂までは、俺の足でもかなり距離があった。

いくら一本道で行けるからといっても、馬車も通るのに危険だ。


ようやくたどり着いて案内板を見ると、練習は音楽堂でやっているらしい。

そちらへ行って入り口で聞けば『覆面をした子供ならば確かに来ていましたけれど、もう出て行きましたよ』と、言われた。


途中で会わなかったから、まだこの辺りにいるはずだ。

黒い布で顔を覆ったミリィの姿は、人目に付くので探す時だけは役に立つ。

その付近にいた人にも尋ねて歩けば、裏の方へ行くのを見たという人がいた。


そうして教えてもらった方向へ来たものの、生垣がいくつもあって一向にミリィの姿を見つけられない。

なぜかここいらには『静粛に』という看板があるが、どうせ聖歌隊の練習でずっと歌が聞こえているんだ、声を出しても大丈夫だろうと、俺は妹の名を叫ぶ。


「ミリィー!どこだー?返事をしろー」


「お、お兄ちゃーん。ミリィはここよー」


いた!良かった。

声のする方へ行ってみれば、妹は奥の建物の壁際にあるベンチに腰掛けていて、そしてなぜか両手を中途半端にあげている。

俺は妹に駆け寄ると、その片腕を掴んで叱った。


「ミリィ!聖歌隊には入らなくていいって言っただろう!なんで練習に来たんだ!」


「あれ?なんで知ってるの?お兄ちゃんには内緒ねって、リタが言ったのに」


「はぁ。やっぱりか。もういい。帰るぞ。だいたい、なんでこんなところにひとりでいるんだ?」


「ひとりじゃないよ。ミリィねぇ、楽譜がよく見えないって言ったら、歌を教えてあげるって言って隣にきた子が歌を教えてくれたの。でも、すぐにあっちに行ってって言ったから、ミリィ、ここまで来たの。そしたら、後ろに窓があるからシスターが来て、歌の続きを教えてくれたのよ。とっても歌が気持ちよかったからもう一回聞きたいって思ったけど、ミリィ、ちょっと目がキラキラしたのね。そしたらシスターが、今日はもうお家にお帰りに?よろ?よろなんとかって言ったらお兄ちゃんが来たのよ。頑張ってって言われた」


「なんだと?キラキラ?目が痛むのか?このままお医者さんのとこに行くか?」


相変わらず、妹の話は長いくせによくわからないが、この日差しの中にいて目が悪化してしまったのかと焦る。

慌てて妹をおぶろうとすれば、痛くないからいいと言う。


そのシスターの姿はすでにない。

シスターがいたという建物の中は、なにやら奥でバタバタしているみたいだ。

忙しいのにミリィの相手をしてくれていたのか。やさしいシスターだ。


「もう大丈夫だからミリィ自分で歩くよ。・・・・・・・・・・あれ?」


座っていたベンチから立ち上がり、いつも歩く時にやっているように、なるべく眩しくないよう顔に掛けた布の下の部分だけを動かしたミリィがそのまま固まる。

その様子に、俺はますます焦った。


「ミリィ?大丈夫か?」


「・・・お兄ちゃん、靴下の柄が右のと違うよ。・・・あれ?」


その言葉に、俺がつい自分の靴下の左右を見比べている間に、妹は帽子を取り、そして顔の布を勢いよく外した。


「ミ、ミリィ?なにをして、」


「ミリィ、なんだかよく見えるよ。あれ?お兄ちゃん、そんな顔してたっけ?」


こちらを見上げた妹が、まぶたを何度もパチパチと動かす。


「は?見える?よく見えるのか?」


「うん!あと、ぜんぜんまぶしくない!痛くなーい!」


妹は、嬉しそうにぴょんと弾むと、辺りを見渡し始めた。

俺は慌ててしゃがむと、妹の両肩を掴んでその目を覗き込む。


「・・・濁ってないな・・・治った?治ったのか?」


「うん!治った!もっとよく見える!」


「治った?ほんとに?治ったのか?」


「うん!治った!治ったね!あ、猫!」


妹が指差す方を見ると、茂みの中には確かに寝ている猫がいた。

今までだったら、動かないものは絶対に気が付かなかったのに。


「そうか・・・猫か。ああ、猫だな、見えてるんだな」


妹にははっきりと見えているようなのに、反対に俺の目から猫の姿はどんどんとぼやけていく。


「お兄ちゃん?泣いてるの?」


「ぐずっ。ミリィ、早く帰ろう。おとーさんとお母さんにも治ったって言わないと。あ、帽子は被れよ。また眩しくなったらすぐに言うんだぞ」


俺は慌てて服の袖で顔を拭い、年の離れた小さな妹を抱えようとして手を伸ばす。

だが妹は、よく見えるから自分で歩くといいはるので、手を繋ぐことにした。


時たま、強く握ってしまう手が痛いと文句を言われ、すぐにスキップを始めるのを諫めながらも、ミリィを急かして門へと向かう。

門を出る前に一度振り返り、ミリィにも言ってふたりで大聖堂に向けて頭を下げた。


その日ほど、神に感謝した日はない。



―――なのに。

せっかく、せっかく、目が治ったのに、なぜミリィまで巻き添えにならなきゃいけないんだ。


いや、待てよ。


「・・・いいや、大丈夫だ。だってもう目の悪い娘はいない。そうだろ?」


まだ頭を下げ続けているダンに向けてそう言うと、ダンは勢いよく頭を上げた。


「ああ!ああ、そうだな。目が悪かった時のミリィは目立つ格好をしてたけど、今は普通だから俺の妹だと言えばばれないな!よし!任せておけ!・・・あれ?でもリタがそう聞かれた時にはもうミリィの目は治っていなかったか?」


「だって、兄さんが、しばらくミリィに近づくなって、言うから、知らなくて・・・」


「そうか!その前にお前がミリィを唆して聖歌隊の練習になんて連れて行ったから、接触禁止にしたんだったな!」


あの日大聖堂から家へ戻ると、心配して両親と一緒に待っていてくれたダンにも妹の目が治ったことを報告した。

母さんとダンは泣いて喜んでいたが、おやじは意外と冷静で、まだ無理をさせずに様子をみようと言った。

だからしばらくは、近所の人にも黙っていたんだった。

まあ、おやじは後でこっそり泣いていたと、数日後には母さんが皆にばらしたけどな。


「でもよー、なんであの人はここに目の悪い娘がいるかって聞いて来たんだ?なんでミリィを知ってる?貴族だろ?知り合いか?」


「それは、俺も考えていたとこだ。貴族だぞ?知り合いじゃない」


ダンと顔を見合わせてから、ふたりしてミリィの顔を見る。


「ミリィ。お前どこかでお貴族様に会ったか?」


「お貴族様?お貴族様だよって言う人には、ミリィ、会ってないよ」


「お嬢様だからな。『おほほほほ』って笑う女の人だよ。可能性があるのは、大聖堂に行った時か?」


ダンのその言葉に、リタが「あ!」っと、声を上げた。


「またお前が関わってるのか?!」


「ち、違うよ。大聖堂に行った時に、今から音楽堂の方に入っていいけど、今日は貴族の人が集まってて、まだたくさんいるから気を付けるようにって、言われたんだよ。だから、私はミリィを音楽堂までつれて行って、すぐに帰ったんだよ。ね?ミリィ」


「あー、おじさんが、ミリィに絶対にぶつからないようにねって言ったね。ミリィ、誰にもぶつかってないよ」


「じゃあ、その日誰かにうちの店の話をしたか?いつものように『なんでもジオスにおまかせを』って看板があるって、誰かに言った覚えがあるか?」


「えっとねー・・・ミリィ、しゃべった人全部に言った!」


「「それでか」」


ダンとふたりで頭を抱えた。


「まさかミリィは、お嬢様本人にそんな話をしたんじゃないよな?たまたま誰かに話しているのを、お嬢様に聞かれただけだよな?」


「そこじゃないぞ、ダン。なんでもまかせろと看板に書いてあるのに、この程度の出来かとおやじは咎められているんだ」


「えー、看板が原因か?」


今から看板を下ろせば言い逃れができるかもと、ダンと二人だけで外へ出ることにする。

ひとりで行くと言ったのに、幼馴染は付き合うぞと言ってくれた。


「ここに隠れていることが貴族にばれないように、ドアはそっと開けないとな」


そう言いながら、ダンがドアのノブにそろりと手を伸ばす。

でもその手が届く前に、ガチャリと音を立ててドアは開いてしまった。


「悪い!勘違いした!」


「お、おじさん?」


勢いよくドアを開けて顔を出したのは、おやじだった。


「おやじ?」


「おとーさん!」


ミリィの方を見てにかっと笑ったおやじの顔を見て、張り詰めていた気が抜けたらしい母さんは、大きく息を吐くとテーブルに突っ伏した。

ミリィは母さんの腕から抜け出すと、おやじに抱き着きに行く。


「はぁああああ。おやじ、無事だったか。・・・勘違いってなんだ?」


俺もよろよろと元の椅子へ座って、テーブルに半身を投げ出す。

いろいろ考えすぎて疲れた。


「どうせお前も俺と同じ勘違いをしてただろ?大丈夫だった。苦情でも返品でも処刑でもなかったんだ。この間納品したあれな、注文主のお嬢様はとても喜んでくださったそうだ。それでなんと、代金の倍額を渡してきたぞ!前に受け取ったので足りたと言ったんだが、お嬢様からのお心遣いだから受け取れと言われた。だからありがたく受け取ったさ」


「はぁー。そうか。そうか、お嬢様は喜んだのか。そうか、よかった。ほんとうによかった・・・じゃあ、その荷物はなんだったんだ?」


おやじが、まだ突っ伏している母さんの横に置いた物を見る。


返品じゃないとすれば、その布に包まれているものは、一体なんなんだ?





あと一話で本編に戻ります。たぶん

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