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SIDE 道具屋の息子 1

ブックマーク登録、評価&いいね、そして、ここまでお読み下さりありがとうございます!


時間が少しずれます

少々痛い表現がありますので、苦手な方はご注意を

「お兄ちゃん・・・」


「ミリィ、大丈夫だ。おとーさんはいつも丁寧に仕事をしているだろう?だから大丈夫、問題はないはずだ。絶対に無事さ」


俺の名はハンス。

今俺は、不安そうにこちらを見上げた妹を安心させようとして大丈夫だと言った。

そしてそれは、自分自身に言い聞かせるためにも言ったものだった。


俺ら兄妹の父親は今、貴族の使者と話をしている。

その人がさっき店先に現れた瞬間、おやじから『母さんとミリィを連れて隠れていろ』とこっそり指示された。

だからこうして三人で、裏口から家を抜け出し隣の家に避難しているところだ。


うちはジオス爺さんが開いた道具店を、おやじが引き継いで営んでいる。

腕の良かった爺さんのおかげで店もそこそこ大きく、『なんでもジオスにおまかせを』と書いてあるでかい看板が目印の店だ。


家庭で使う小さな道具から、仕事用の専門的な道具まで。

もちろん、販売だけでなく注文も請け負う。

爺さんは昨年引退したが、おやじだって丁寧な仕事ぶりで引き続き評判はいい。


そんなうちの店に先日、貴族から道具製作の依頼が持ち込まれた。


やっぱりあれはおかしなことだったんだ。

もう一度、あの日のことから思い返してみよう。



―――店のカウンターの前に立ったその人は、さる貴族のお嬢様の使いだと言った。


使者とはいえ、馬車で乗り付けてきて身なりも良い。

たぶん、この人もお貴族様だろうなと思った。


ここは平民が営む店ばかりの八番街だぞ。

下請けで回ってきた仕事はあっても、貴族から直接注文を請けることなど今まではなかったのに。

だいたい、どこでうちの店のことを知ったんだ?

看板がでかいから目についたのか?


同じ疑問を持っただろうに、それでもいつも通りカウンター越しにそつなく応対しているおやじを見ながら、俺は部屋の隅で首を捻る。


当然、うちには上等な客をもてなす用意などないので、母さんは隣の部屋で慌てていたようだが、その使者は茶を出せなどと言うこともなく、立ったままでさっさとおやじに注文書を渡してきた。


おかしい。

だいたい、貴族の家ならばお抱えの道具屋くらいあるだろうに。

もしかして、他では断られ続けた無理難題なのか?

それでもう、貴族からの命令を断れない平民のところまでやって来たのか?


どんなやっかいなものかと覚悟しながら、おやじの後ろへ廻って手元を覗く。

この時、ちょっとワクワクしてしまったのは内緒だ。

数枚の紙には、一応注文書らしく図もあって寸法まで書きこまれているようだった。


この上質な紙に書かれた文字はどう見ても女の字だが、まさかそのお嬢様とやらが書いたのか?


覗き込んでいる俺に気付いたおやじが、こちらへ向けて一瞬怖い顔をしたが、黙っていろって言いたいんだろ?

疑問だらけだが、貴族相手によけいなことを聞いちゃいけないことくらい、おしゃべり大好きミリィだってわかっていることだ。・・・たぶんな。


おやじが、見終わった注文書の一枚目をよこしてくれた。

俺も一応従業員だ。どこかの部品は任されるのかもしれないので早速目を通す。


一枚目は四角い型だった。

『パン生地を入れる』『オーブンで使用』と書かれているので用途はわかった。

四角いパンなんて珍しいが、まあ想像はつくし簡単なものだからすぐに作れる。


次によこされた二枚目と三枚目には『クッキーの型』『実寸大』といくつか図が書かれていた。

型をふたつ組み合わせて模様を付けるのか。

犬や猫の形のようだ。こっちは熊か?

幼稚な絵だな。そのお嬢様は子供なのか?

まあ、クッキー型は普通にあるものなので利用方法はわかった。

よしよし、大丈夫だ。これなら俺でも作れるぞ。次をくれ。


手を出そうとしておやじの方を見ると、四枚目を手に考え込んでいる。

そして、それをこちらへ寄越さずに見はじめた五枚目で微かに唸る。


・・・ここでいよいよ問題のものが来たか。


ようやくまとめて渡された紙を恐々見れば、四枚目には『たこ焼き』と書かれていた。

半円がずらりと並んだ型で、まったく用途が不明だ。


更に五枚目の、魚の形をした『たい焼き』というのに至っては意味がわからない。

俺の首は自然と傾いでいく。


どちらにも『直火対応』とあるし、『焼き』とあるからにはなにかを入れて焼くんだろう。

フライパンのような使い方をするのか・・・。


それにしても『たい焼き』はなぜ魚の形なんだ?

しかも対で、挟む形にしろとある。


・・・。


ああ!わかったぞ。

注文主は食材など見ることはない貴族のお嬢様だ。

さては魚はこうして型で作ると思っているな。

お嬢様相手に、誰も違うとは言ってやれなかったのか。


それで『たこ焼』は『たまご焼き』の書き間違いだ。

これは半分にしたゆで卵の形なんだ。

『ま』ぬけか!ははは。


たまご焼きも魚の方もサイズが小さいのは、きっとこのくらいの大きさで充分なんだろう。

たしか貴族令嬢は、小鳥程度にしか量を食べないから細っこいと聞いたことがあるぞ。


きっとそうだと、ひとりで頷きながら六枚目を見ると『たい焼きが無理ならばこちらでも可』と、丸いカップ状になっている『大判焼き』なるものの図があった。


・・・魚の形が無理な場合は簡単な形のものでいいとは、平民の技量を侮って追加したのか?

こんなもの、作れないものでもないぞ!

俺は無理だがおやじなら!と、俺はムッとしたが、おやじは余計なことを言わずに請け負う旨を使者に告げて、代金を計算している。


すると使者は、かなり高めに付けた代金を、値切り交渉もせずにポンと先払いしてくれた。

そして、納期も急ぎではない、10日後に進捗を伺う者を寄越すと言って帰っていった。


いつもうちの商品を入れる箱を作ってくれる、隣の木工店のダンにその話をすると『下手なものを作ったら首が飛ぶかもな』と笑いながら言う。

俺は幼馴染のその冗談に笑ったが、一緒にいた母さんは真っ青になり、すぐに隣町に隠居したジオス爺さんを呼び寄せた。


俺たちは、母さんからうるさいほど良い物を作れと言われて、ほぼ儲けが出ないほど良い素材を使い、できるだけ急いでそれらを仕上げた。

そして10日後に来た別の使いに出来上がりを報告して、その翌々日には納品した。


ああ、そうだ。それでその仕事は終わったはずだ。


おかしい。

急いでいても丁寧に作ったのに。

『たい焼き』は手間が掛かったがちゃんと図の通りの魚に仕上げたし、おまけで『大判焼き』も付けた。

納品の時にはちゃんと検品もしてもらったじゃないか。

だというのに、またすぐに使者がやって来たのはなんでだ?

追加注文ならいいが、なにか荷物を持って来たということは苦情か?返品か?

その場合、単に作り直しや返金ですむのか?


相手は貴族で俺たちは平民だ。

ダンの言ったことが冗談ではすまされなくなった。

下手をすれば父さんは理不尽にも罪人にされ、店も潰されてしまう。

そうなったら、家族はどうなるんだ?


いつもの威勢のよさもなく、もはや死にそうな顔をした母親の顔を見て、そしてその腕に抱かれている妹を見る。


母さんは納品日が決まった時『もしかするとお嬢様本人がくるかもしれないよ』と言って、商談の時に使うこともある部屋の掃除をし、茶葉と菓子を買いに裕福な平民なら店に入れる三番街まで出掛けた。

それで店の人に茶の淹れ方を聞いてみたところ、貴族は毒を入れられることを警戒するから茶は飲まないだろうと言われたらしいが、一応店で一番良い茶葉を三人分だけ買って来た。


結局、受け取りに来た使者には丁重に断られてしまったが、母さんだってもてなそうと奮闘したのにどうしてこんな目に会うんだ。


「母さん。万が一の場合、俺はおやじと同じ扱いになると思う。母さんも納品の時に会ってしまったから一応覚悟をしてくれ。でも、ミリィのことは知られていないはずだ。大丈夫、近所の奴らはカンがいいから聞かれても余計なことは言わないさ。だから爺さんのことも、もう引退したからこの件には関わっていないと主張しよう。

・・・ダン。まさか箱にまで文句を付けてくることはないだろう。爺さんが迎えにくるまで、ミリィのことを頼むな」


せめて、まだ6歳の妹だけでも生きていけるようにしなくては。


「なに言ってんだ。あれだけの仕上がりでダメなはずないだろ?跡取りが自信をもて・・・おいおい、お前のとこからの仕事がなくなったら、俺が・・・俺が、困るんだぞ。やめてくれよ・・・なぁ、リタ?」


茶化すような口調で無理に笑おうとして失敗したダンが、同じ部屋にいる自分の妹の名を呼ぶ。

しかし、俺らから離れた隅の椅子に座っているリタの返事は「どうしよう・・・」だった。


「リタ?」


「ご、ごめん、なさい。その、最初に、あの、馬車が、その、前の道に止まった時、ちょっと、ちょっと見に行っちゃって、降りてきた人が、その、かっこよかったから、近くに、行ってみちゃって、そしたら、そしたら『この道具店には目の悪い娘がいるか』って、聞かれたから、その、『いる』って返事しちゃった」


「リタッ!!お前はどうしていつも余計なことを!・・・ハンス、すまない」


リタの兄であるダンが頭を抱えながらあやまってきた。


そう。

たしかに、俺の妹のミリィは目が悪かった。

原因は、俺が怪我をさせたせいだ。



―――あれは一年程前のこと。

その日の俺は、朝からおやじに怒られていた。

継げる家業があることが恵まれたことだと理解せずに、あまり真剣に仕事に取り組まなかったからだ。


むしゃくしゃした俺は、仕事にかこつけて大きな金槌で力いっぱい鉄を叩き、憂さ晴らしをした。

そして、上下にばかり腕を振っていたから疲れたので、なにげに金槌を横に振る。

妙な手ごたえに、続く大きな音。

なにごとか理解しないうちに上がったうめき声に振り向くと、妹が工具棚の下に倒れていた。

その小さな体の上には、なぜか重い釘箱が斜めに乗っている。


すぐさまおやじが、棚の上にあったはずなのに地に散らばっている工具類を踏んずけながら妹に駆け寄る。

いつも俺には、仕事道具である工具を大事にしろと怒鳴るくせに、と、そんなことを思いながら、おやじが妹を抱えて外へ飛び出していくのを呆然と見送った。


出来の悪い頭がようやくまわり、自分が妹を殺してしまったかもしれないと震えたのは、どれくらい時間が経った後のことだったか。


幸い、すぐに医者に診てもらえて妹は死なずにすんだ。

体中にできた腫れや痣も、しばらくするときれいに消えた。

そして、得意のおしゃべりもまた始まった。


だが、半年程が経っても、目だけはよくならない。

母さんは、何度も妹を医者のところへ連れて行った。

それでなんとか物の形がわかる程度になった頃、とうとう『もう良くならないけれど、悪くもならないからこなくていい』と言われてしまったそうだ。


妹の目は、眩しいと痛むらしく、日中はほぼ顔を覆うほどの黒い布を被っている。

それでもひとりで近所へ遊びに出かけては、いらんことまでしゃべってくる。

面妖な恰好でゆっくりと歩く姿は、目立ちはしたものの近所ならいじめられることもなく元気に過ごしていた。


誰も俺を責めなかった。

でもこれが一生続くとなれば、俺は妹にどう償っていけばいいのだろう。


おやじはまだ諦めずに、少し金を貯めたら別の医者に診せると言っていた。

いくらこの国は平民でも医者に診てもらえるとはいえ、もうこれまでもかなりの金が掛かったはずだ。

おやじは何も言わないが、たぶん借金もしているんだろう。

俺も心を入れかえて、懸命に働いた。



そして、その日は唐突にやってきた。







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