78.ずっと歌が聞こえています
「んまぁ。やらかしただなんて、貴女、言葉遣いもずいぶんと雑になりましたのね。まあ、たしかにやらかしたというのがぴったりなこと・・・いえ。わたくしの口からお教えするのはやめておきますわ。たぶんエミリアーヌ様のお耳には入れないようになさっている方がいるみたいですから。せっかくずっと狙っていたサンドリア家が所有している一等地を得られて店を出せるというのに、こちらまで潰されるのはご免ですわー」
リリメリル様がなにをしでかしたのか、話したくて仕方がないであろうにめずらしくナタリア様が口ごもる。
サンドリア家所有の一等地?
ああ、貴族がお取りつぶしになると、そこが所有していた土地などは王家が没収するのだけれど、希望すれば分けられることがあるわね。
ただ、後々それに応じた税を納める必要が出てくるから安易には受け取れないはず。
それでも、サミュール伯爵家は新しいお店の場所を確保したのね。
あ、ロイス兄様が整地した、我が家の新しい馬場ももしかしてそれで?まあどうでもいいけれど。
それよりも、あの腹黒令嬢がなにをやらかしたのかは気になるわ。
悪役令嬢として、悪事は参考にしたいもの。
ふむ。仕方がないわね。一芝居うちましょう。
「まあ。なんということでしょう。知らぬことはない、頼りになるナタリア様が教えてくださらないのならば、わたくし、学院でも話題についていけず、お友達もできず、ひとりぼっちの、寂しーい学院生活になってしまいますのに。よよよ」
悲し気にそう言ってから扇に顔を伏せれば、その優位性に気を良くしたナタリア様が簡単に口を割る。
「んまぁ。そこまで頼りにされては仕方がありませんわね!でも、わたくしから聞いたことは内緒にしてくださいませ。実はリリメリル様は、なんと!いいですこと?なんと!夜這いを企み王太子宮に忍び込もうとなさいましたのよ!!」
「はあっ!?ばっ、あ、いえ。あの、夜這いとは、つ、つまり夜這いのことですわよね?どうしてそのようなばかなことを?」
危ない、危ない。あまりの衝撃に、『ばっかじゃないの!?』と叫ぶところだったわ。
あ、叫ぶのは止められたのに、結局ばかと言ってしまったわね。
いけませんわよ、わたくし。
でも、これは驚いても仕方がないでしょう?
そもそも、王族の住まいへの忍び込みを考えることすらどうかと思うのに、目的が夜這いだなんて。
ナタリア様は、わたくしが動揺していることに更に気分を良くしたようだった。
「ふふ。リリメリル様はよほど婚約者に選ばれる自信がおありでしたのねー。候補から落とされたのは、ご自分の家がお取りつぶしになったせいだと思い込んだらしいですわー。殿下のお部屋へ行けば、絶対に!お手付きになるだろうと、そうお考えになったそうよー」
ああ、お取りつぶしが決まった故のやらかしだったのね。
でも、ゲームの悪役令嬢でさえ、婚約破棄されたからといってそこまでのば、いえ、そこまでのことは企みもしなかったのに。
リリメリル様が諦めきれなかったのは、王太子妃の座か、殿下の愛なのか。
一度聞いてみたいものだわ。
あら?待って。
百万が一、殿下のお部屋に忍び込めたとして、いえ、絶対に殿下に限ってそんなことはなさらないはずだけれど、千億が一、お手付きになれば、そういう経験がないという魔力発現の絶対条件に当てはまらなくなってしまうのだけれど?
「あの、リリメリル様はまだ11歳?でしょう?もう魔力発現していましたの?」
「ああ、そういう?いいえ、それはまだですわね。まあ、どうせ今後貴族としてはまともに生きられはしないでしょうから、捨て身だったのか、本当に考え無しだったのかは存じませんわー」
「生きられない・・・ま、まさか、しょ、処刑されるとか?」
ごくり。
「いいえ。入り口付近に潜んでいただけの未遂でしたし、さすがにそこまでの処罰ではありませんわね。北の修道院行きになっただけですわー。(そそのかした父親の方は処刑されましたけれど)」
「え?いまなんと?」
「いーえ。まあ、ある意味、貴族令嬢としては処刑に等しいですわね」
それはそうでしょうけれど、実際にはその程度では処刑はされないのね。
ならばなぜ、王太子ルートでのエミリアーヌは処刑に・・・ああ、殿下の真実の愛の相手であるルーチェに危害を加えたから、ということ。
あー、はい、はい。
殿下にとっては、わたくしの命よりも真実の愛の方が大事ということでございますね。
ええ。そうでしょうとも。
生かしておいては危ない者ですもの。
それはさっさと処分なさいますわよね。
「ああ、そうでした!そんなもう終わったことよりも!わたくし、エミリアーヌ様に確認したいことがございますのよ!」
ナタリア様が身を乗り出す勢いで話題を変えてきた。
少し荒んでしまった気持ちを立て直したいのに、確認とはまた面倒なことを言い出すに違いないわ。
鑑定の準備はあと何分くらいかかるのかしら。
「はぁ。・・・なにかございまして?」
ため息を隠すことなくそう問えば、めずらしくナタリア様の声が低くなった。
「貴女、ジュリエーヌ様にドレスを下げ渡しましたわね?」
ちっ。
やはり面倒事だったわ。
それこそ、もう終わった話でしょうに。
「なんのお話でしょう。覚えはございませんわ」
「んまぁ!とぼけても無駄ですわ!王太子殿下とのお茶会の際にジュリエーヌ様が着ていらしたドレス!あれはわたくしの店にあった生地でできていますのよ!ええ、わたくしが使いたかったのに、マルセルム侯爵家に売ってしまったと言われたのでよーく覚えていましてよ!それをジュリエーヌ様が着ていたということは、エミリアーヌ様がお与えになったのでしょう?」
「さあ?もう着なくなった服がどう処分されたかなど、わたくし存じませんわ」
「んまぁ」
「そんなことよりナタリア様。そろそろご両親をお呼びになられた方がよろしいのでは?愛娘が聖女と判明する感動的な場に、ぜひとも立ち会っていただかなければ、ね?」
これ以上その話題を掘り下げられたくないし、いいかげんナタリア様を相手するのも疲れた。
誰か間に入って欲しい。
そこで使いの人でも呼ぼうと呼び鈴を手にしたのに、ナタリア様が勢いよく立ち上がる。
「んまぁ!わたくしとしたことが!ええ、わたくし、ちょっと呼んでまいりますわね!」
「え?これで、あ、の、」
使いを出せばいいものを、ナタリア様本人が部屋から出て行ってしまった。
パタパタと走り去る音がするのだけれど、まさか伯爵令嬢が廊下を走っているとかではないわよね?
教会内のどこかに使いを待たせているのでしょうね?
ご自分で新店舗まで呼びに行ったりは、なさらないわよね?
まあ、いいわ。
はぁ。やっと静かになった。
それにしても、ジュリエーヌ様には口止めしたのにまさかドレスの生地で気付かれるとは。
え?ジュリエーヌ様って誰だっけ?ですって?
ああ、ジュリエーヌ・アウスバーグという伯爵令嬢で、王太子殿下の婚約者候補のひとりですわ。
え?実際はその令嬢にドレスを下げ渡したんだな?ですって?
あー、ええ、まあ。
―――実はアウスバーグ家は伯爵位であっても、並みの子爵家にも劣るほど裕福ではない。
だというのにアウスバーグ伯爵は周りにつられたのか、虚勢をはったのか、目論見があったのかは知らないけれど、年に一度の褒章と引き換えにしても娘を王太子殿下の婚約者候補に出した。
当のジュリエーヌ様は説明会の時、三回は殿下とのお茶会があると告げられたことに対し『そんなにドレスがない』とわたくしの真後ろでつぶやいた。
それを聞き逃さなかったわたくしが、ドレスを譲った―――
と、簡単にいえばそういうわけなのだけれど・・・
え?悪役令嬢のくせに敵に塩を送ったのか。ですって?
あー、いえ、んー。
はい。白状いたします。
あの頃のエミリアーヌさんは、自分が王太子殿下の婚約者に選ばれることに絶対の自信がありましたもので。
ライバルが何人になろうが、逆に『応募総数○○人から選ばれた~』的に自慢できると思っておりましたもので。
それなのに、ドレスごときがないという理由で辞退されては、と、思いましたもので。
あとは後々『あの時、ドレスさえあればジュリエーヌ様が選ばれたのに』といういちゃもんを付けられても不快だとか、それならばその可能性を排除して堂々とわたくしが選ばれよう、とか。
まあ、そういうくだらないことを考えた末の行動というのが本当のところ、ですわ。
ジュリエーヌ様はわたくしより華奢なので、もう着られないドレスを数枚押し付けて当時は満足していましたのに。
ふふふ。
結局、辞退したのはわたくしの方で、ジュリエーヌ様は最終候補に残っているだなんて滑稽ですわね。
はぁ。黒歴史は忘れましょう。
さて、今日はいろいろあり過ぎて、気持ちがジェットコースターに乗っているようですでに疲れたわ。
もう二度と乗れないのだから楽しみましょう!というものでもないし。
ふむ。一度リセットするために、冷たい水で手でも洗ってさっぱりしましょう。
え?殿下の唇が指先に触れたのに洗っていいのか?ですって?
ええ。『もう一生洗わなーい!』などいう非現実的なことは恵美でも言いませんわ。
え?さてはもうこっそりと間接キッスをしたな?ですって?
いいえ。そんなことをしたら、殿下の唇の感触を自分の唇の感触で上書きしてしまうでしょうからやりませんわよ。
まあ、先ほどナタリア様とお話をしている間中、ずっとハンカチに指をこすりつけたので、このハンカチは宝物にしますけれど。
メイドに洗われないように、帰ったらすぐにどこかへしまわないと。
やはり、なにか専用の入れ物が欲しいわね。
以前いただいたお花を押し花にしたものと直筆のお手紙、そしてこのハンカチを入れられて鍵が掛けられるものはないかしら。
つい、なにか思いつかないかとこの場を見回して気が付いた。
あら?そういえばわたくし今、この部屋にひとりきりだわ。
あらあら、なかなかない機会ね。
ええと、せっかくだからなにかしましょう。
先ほどから歌が聞こえているから、わたくしも歌ってみるとか?
アルフ兄様の結婚式で歌った時は、つい恵美が調子に乗って歌手になれそうだとか思ってしまったけれど、やはり長年歌っていなかったエミリアーヌ成分が滲み出てきてまだひとりでは歌えない。
だからといって、ここで聖歌隊の練習に便乗してこっそり練習をしたくても手元に楽譜はない。
違う歌を歌おうとすれば聞こえている曲が邪魔をするのに、覚えられるほどはっきりと聞こえない。
♪神に捧げる~
あ、誰か近いところで歌い出した人がいるわ。
聞いて覚えましょ・・・ん?歌詞が途中からラララになったわ。どういうことかしら。
とりあえず音の方向を探ろうと廊下へ顔を出してみれば、どうやら歌は廊下を挟んだ反対の部屋から聞こえる様子。
しかし、廊下に誰もいないことを確認してから出て、空いていたドアからそちらの部屋をのぞいてみたけれど、そこには誰の姿もなかった。
もしかして外?
声からすると子供のようなので、危険はなさそうだと判断して部屋に侵入する。
開いている腰高窓に近づいてそっと外をのぞくと、すぐ下にあるベンチに人が腰掛けていた。
こちらに背を向けているし、帽子をかぶっているのではっきりとは見えないけれど、やはり子供のよう。
変な子ね。
わりと歌はうまいのだから、ラララで歌わずに、脇に置いてある楽譜をちゃんと見ればいいのに。
あ、もしかして文字が読めないのかしら。
我が国は平民であってもそこまで識字率は低くないはずだけれど。
まあ理由がどうであろうと、聖歌隊の審査するのはわたくしではないのだから関係のないことね。
・・・んー。
でも、メロディは覚えてしまったのに、歌詞が冒頭しかわからないのはやはり気持ちが悪いわ。
楽譜を使わないのならば、少し見せていただこうかしら。
一度離れようとした窓際に戻り、下にいる子供に声を掛ける。
「ねぇ、少しお邪魔をしてもよろしくて?」
「え?どこにいるの?」
上から声がしたからか、その子供が空を見上げる。
「あなたの後ろにいるわ」
あら、これではまるでホラーね。
暑中お見舞い申し上げます




