09.憧れの本物のお姫様は・・・
「あなた、何を、どこまで知っているの?」
お母様の問いかけにドキリとした。
この世界が、ゲームと同じだということを知っているのか、という意味なのかしら?まさか、お母様も転生者?
「何を、と言われましても、ほとんど家にいるわたくしが知ることなど、たかが知れておりますわ」
とりあえず、またワタクシハナニモシリマセンという顔をしてみる。
「・・・そうよね。でも、わたくしがほんの少し留守をした間に、王太子の婚約者候補から辞退しただなんて、誰かになにか吹き込まれたとしか考えられないわ。本当にラウルの方にしたいの?あなたがずっと想ってきた王太子を、急にあきらめるなんておかしいわ」
さすがにお母様は、お父様のようにごまかされてはくれないわね。
「アメリア、エミリアもお年頃なんだ、まだ気持ちもいろいろ移るさ」
お父様のフォローが心に突き刺さって痛い。わたくしは本当は一途なのに。
「あなた、そう思うのならば、エミリアーヌの気持ちがまた王太子に戻ることも考えられたでしょうに。エミリアーヌから言い出したのをいいことに、これ幸いとさっさと手続きしてしまうなんて。大人の事情にかわいい娘を巻き込まないでくださいまし」
「大人の事情、ですか?」
「あー、もう話してもいいか。どうせ辞退の理由として陛下にご報告したのだからすぐに広まることだろうし。あのな、エミリア。お前のお母様が生まれた、エスペル王国の実情は知っておろう?」
「はい、国力が弱く、隣接国にそのうち侵略をされるだろうと言われているのですよね?」
エスペル王国現国王はお母様のお兄様、つまりわたくしにとっては伯父にあたる。
我が家では常々心配をしていた。
「ああ、そうだったのだがな、実は数か月前にとても大きな金鉱脈が発見されたのだ。それで一気に盛り返しておる」
「まあ、よかったですわ!おじい様たちもお喜びでしょうね。ああ、それでお母様がお呼ばれしたのですか?」
お母様は三週間の予定で隣国に里帰りしていたのだけれど、わたくしが怪我をしたことで予定を繰り上げ、昨夜お戻りになった。
今回はわたくしもおじい様、つまりエスペル前国王にお呼ばれしたのだけれど、来週の王太子殿下の婚約者候補を集めたお茶会に参加できなくなるのでお断りしていた。
もし、お母様に同行していたら、こんな怪我をしなくて済んだのに。
でも、そうしたら前世の記憶が戻ることはなかったのかしら?
まあ、考えても無駄なのでやめましょう。
「ああ、それでな・・・今まで我が国より弱かったエスペル王国が、同等、もしくは強くなる可能性がある。そうなると、元王女であるお前のお母様がいる我が家の立場は、繋がりを強化したい我が国にとって重要になる。そのうえで、お前が王太子妃になってしまうと、我が家はさらにこの国での地位が上がってしまう。それでは、四大侯爵家の均衡が崩れるのだ」
「なるほど、わかりましたわ。それでお父様はわたくしの気が変わらないうちにと急がれたのですね」
つまり、わたくしが王太子殿下の婚約者候補から辞退することは、いずれ望まれたことなのだわ。
大げさに言えば我が国のためなったのよ・・・よかったのよ。
ん?ゲームの悪役令嬢は、たぶん逆にこの立場を利用したわね。
だから学院でもいつも強気だったのだわ。
「そんなくだらないことより、エミリアーヌの気持ちを最優先にしてくださいとお願いしたのに、それが結局こうなるだなんて。エミリアーヌ、本当に誰かから何かを聞いたのではないのね?気を遣う必要はないのよ。欲しいものは手に入れなさい」
そうおっしゃってくださるお母様は、一見わたくしに甘く、やさしい人のように思われるけれど、実はとても厳しい人なのよ。
もちろん、今回のように娘が怪我をしたことを聞けばすぐに戻ってきてくれるような親としての愛情は感じられるけれど、お母様の口癖は『欲しいものはなんとしても手に入れなさい』そして『無様な姿をさらすことは許しません』なの。
だから怪我のことは、大丈夫かと聞かれることなく、怒られ、無様だと嘆かれた。
そうなることがわかっていたので、顔の包帯はお母様が戻られる前に、また更に軽く見えるようにメアリに巻き直させた。
顔に傷が残らないことを医者に説明させて、ようやく許されたのよ。
そんな厳しい母でも、王女であったことを、わたくしはとても誇りに思っていた。
時折、実家から連れてきた侍女にうっかりと『姫様』と呼ばれることを羨ましく思っていた。
わたくしはあくまでも『ご令嬢』
本物の『お姫様』はわたくしの憧れだった。
「子供たちには、私たちのように恋愛結婚をして欲しいというアメリアの愛情はわかっておるが、今回ばかりはな」
「ええ、わたくしが幸せなのは、愛するあなたと結婚したからなのですもの、子供たちにも幸せになってもらいたいわ」
「アメリアが幸せで、私も幸せだよ」
出たわ。
ここからは恒例の両親によるいちゃいちゃが始まる。
あ、脇に控えていたお父様の執事が、おや?お茶のお代わりがありませんな的な顔をして、しれっと部屋から出て行ったわ。
ちょっと!わたくしも連れて出なさいよ!
親の甘い雰囲気に耐えられないので、また架空の人物に心の中で話しかけていいかしら。
このソファーに並んで手を取り合い、見つめ合っているわたくしの両親の馴れ初めは、お父様が外交を学ぶために隣国のエスペル王国に留学したときなのですって。
そこで出会ったお姫様とお互い一目で恋に落ちたのに、残念ながら当時のお父様には親の決めた婚約者がいたのだそうよ。
お互い叶わぬ恋を嘆いていると、それに気が付いたお父様の婚約者がエスペル王国に乗り込んできて、そしてか弱い姫をいじめたらしいの(侍女リリア談)
でも、神様が美しい姫に味方して、悪い婚約者は帰りに馬車の事故で死んだのだそう(侍女メリル談)
そしてふたりは結ばれ、幸せになりましたとさ。めでたしめでたし。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あら?
子供の頃からお母様の侍女たちに聞かされてきたことだけれど、なにか引っかかるわ。
馬車の事故?
そういえば、ロイスルートでの悪役令嬢は、領地に送られる途中で馬車の事故に合って死んだのよね。
お母様の口癖が脳裏によぎる。
『欲しいものはなんとしても手に入れなさい』 ―――お父様が欲しかった?
『無様な姿をさらすことは許しません』 ―――領地送りになる娘は無様?
まさか、お母様が暗殺の首謀者なの!? こ、怖っ!
「あら、どうしたの?エミリアーヌ。青い顔をして」
「い、いいえ、なんでもありませんわっ!あ、ああ、そうですわ!お父様、わたくしを魔獣から助けてくださって怪我をされた騎士様のお名前を教えてくださいませ」
ひゃー!怖くてお母様の顔が見られないー!
「ああ、少し待て、ここに書類が・・・アンドリュー・サラメント。サラメント騎士家の嫡男だな」
ああ、やはり攻略対象者だわ。
「そういえば、殿下に対して、騎士の見舞いに行きたいと言ったそうだな?」
「まあ、なぜエミリアーヌが見舞わなければなりませんの!?仕事を失敗してエミリアーヌに怪我をさせているのに。そんな役立たずは処分すべきですわ」
処分!?どうか処罰ですませてくださいませ!
「そ、そうですよね。わたくしがお見舞いに行かなくてもいいのですよね」
そうよ、関わらなければ、アンドリュールートも発生しないわ。
「ああ、そうですわ!わたくしまだ殿下へのお詫び状を書き終えておりませんわ!ということで、失礼いたしますわね」
わたくしはそそくさと執務室から退散した。
べ、別にお母様が怖いから逃げるとか、そういうわけではないんだからね!




