74.事件です 7
「そこでわたくしは、もしやそういうこともあるのでは?と、思いつきましたの!」
「ほう」
ほう、ほう。
これはなかなかバターの配分が絶妙ですわね。
「―――と、わたくし、自分でも見事としか言いようのない閃きでしたわ~」
うん、うん。
こちらの塩味と甘味のバランスもお見事ですわ~。
「次に廊下にいらしたスナリー子爵家のミラヴェル様とパラモール男爵家のフェミニア様にお話を伺いましたの。ああ、ほら、わたくし、エミリアーヌ様とは違ってお友達が多いもので~」
まあ。
背中越しに聞こえるナタリア様のお話に、また新たな名が登場したわ。
もう何人登場したかしら。
たくさんお知り合いがいるのね、ナタリア様は。
それに引き換え、家名は知っていてもほぼ知り合いがいないというのはまずいのではないかしらね、わたくし。
まあ、そちらはまずくとも、とりあえず今はこちらのおいしいお菓子を堪能いたしましょう。
ええ、交友関係は学院に入ってから広げればいいのですもの、おいおいよ、追々。
あら、これはまた種類が違うのね。どれどれ
んー?これは普通ね。先ほどの白い方がおいしかったわ。
でも、固くて噛んだときに大きな音が出てしまったから、残念ながらもういただけないわね。
あら、こちらにも違うものが・・・はっ!こ、これは、まさか。
サクサクもぐもぐ
このチョコレート生地に大きめのチョコレートチップ。
ええ、間違いない、これが本物なのだわ。
なんということでしょう。ここで出会えるだなんて!
ああ、死んでいるはずの右手が、勝手に次をつまみだすほどの感動!
もう、マティウスを見た時の300倍もの感動よ。
久々にテンションが上がるわ~。
これはぜひ、殿下がおいしそうに召し上がるお姿を拝ませていただきたいものね。
「マ・・・シノン様。シノン様、少しよろしくて?」
斜め後ろにいるマティウスにこっそり声を掛けると、彼は大きく一歩こちらへ寄ってきた。
「エミリアーヌ嬢。アランカザル・ウォルトンのことはアランと愛称で呼ばれているのですよね?どうか私のこの耳にも、その湖を渡る風のような澄んだお声にて、『マティ』と囁いてはいただけないものでしょうか」
・・・。
一気にテンションが下がったわ。
絶対にいただけないものだとは思わないから、そういう発言ができるのかしら。
だいたい、アラン様のことはその呼び方しか知らなかっただけなのに。
「・・・シノン伯爵家ご次男マティウス・シノン様。こちらを殿下へ」
「ううっ。せめてマティウスとお呼びください。それで、このお菓子を?殿下にお出しするのですか?」
「ええ。殿下が好んでいらっしゃるお菓子というのはこちらでしょう?」
「え?そうなのですか?」
「あら?違いますの?貴方がおっしゃっていた・・・」
はっ!しまった。
これはマティウスがゲーム内でヒロインに教えた情報だったわ。
少しテンションを上げ過ぎて考え無しだったわね。
ええと、どう言えばごまかせるかしら。
え?さっきからなにをコソコソとマティウスと話しをしているんだ?ですって?
だって、ひとり分空けてはいるものの、なぜか三人掛けの同じソファに座られている殿下がまだ考え込まれているのですもの。
邪魔をしないようにせねばならぬでしょう?
それよりも!よ、ちょっと、あなた、聞いて下さるー?
今わたくしがいただいたこのお菓子なのですけれど、これ、ゲームの中にも出てきましたのよ!
『こちらは殿下が好まれているお菓子です。どうぞお持ち帰りください』と、悪役令嬢の取り巻きにスカートを汚されたお茶会の帰りに、マティウスが持たせてくれるクッキー!
あ、ヒロインにですわよ、もちろん。
え?よく気が付いたな、ですって?
ええ、実は公式サイトにレシピが公開されておりましたの。
推しのレオン様がお好きだという触れ込みのものですもの、当然、恵美も作りましたわ~。
ですから気が付きましたのよ!本物ですのよ、本物!
それにしても、ゲーム内では一切殿下がお菓子を召し上がっている場面は出てこなかったというのに、レシピを出すだなんて。
悪役令嬢からの贈り物を公式グッズにしていたことといい、本当に変な運営サイトでしたわよね。
まあ、もう苦情も入れられないのですけれど。
でも、この場には殿下がいらっしゃるのですもの、これは実物を見られるチャンスでしょう?
ゲームをしていた数多くの乙女たちのなかでも、転生したわたくしだけの特権!神に感謝を!
え?そんなことより、クロード殺害未遂事件の事情聴取はどうなったんだ?ですって?
あ、あ~ら~!わたくしったら、ごめんあそばせー。おほほほほ
しばらくメアリに付き合ってお菓子断ちをしていたから、出されたお菓子に夢中になっていたとか、そういうわけではないのよ、ええ、決して。
今はもう、すでにナタリア様から一通りのお話を伺った後ですのよ。
それで、お父様はさすが、普段からお話を伺っている相談役ねと、そのお仕事ぶりに感動いたしましたわ。
ええ、今もお父様がより詳しくと質問を始めると、ナタリア様のお話が二巡目に突入してしまい、ついでにちょくちょく脱線もしているというのに、辛抱強~く、お相手なさっているのですもの。
わたくしは、もうとっくにナタリア様の『わたくしは、』『わたくしが、』『わたくしの、』『わたくしから、』に飽いてしまいましたのに。
と、そこへ、わたくしの前のローテーブルに、お茶とトレイいっぱいに並べられたお菓子が出されましたもので。
ええ、ほら、わたくしお昼ご飯がまだでしたでしょう?パンがなければお菓子を食べればいいのでしょう?
ですから、すっかり気がそちらへ向いてしまったのは仕方がないことだとは思いませんこと?
派手にお腹が鳴って恥をかくくらいならば、マティウスしか見ていない今のうちにと思って、こっそりといただいておりましたの。お、おほほほほー
え?そんなことより説明を始めろ、ですって?
あー、ええと、どの辺りからかしら?
ああ、この部屋に入ったところからご説明しないといけないわよね、うんうん。
う、ううん。
えー、それでは皆様。改めましてご案内いたしますわ。
こちらは一応気が利く従者、マティウスが用意したお部屋ですわよー。
これから受ける魔力属性の鑑定をするところと同じ建物の一室、だと思われますわー。
そうですわねぇ、高校の教室くらいの広さかしら。
もうだいぶ前世の記憶が薄れていてアバウトなのですけれど。
あー、右手の窓の外に見えます大木はー、先日の大雨で地盤が緩み、倒れたところをロイス兄様が元に戻したご神木、だと思われますわー。
その向こうに見える建物は、さっき案内図で見たかぎりでは音楽堂、だと思われ・・・って、わたくし、実は現在地がイマイチ把握できておりませんの、ごめんあそばせ~。
―――殿下のエスコート(有料)でこの建物に入る前には追い付いてきたお父様の指示により、部屋にあった椅子の配置が変えられた。
一人掛けの椅子にお父様、ローテーブルを挟んだ向かいの二人掛けの椅子にナタリア様。
横の一人掛けの椅子に殿下。
そして、わたくしは、お父様の椅子の、なぜか背中合わせに配置された三人掛けの椅子に座るよう指示された。
と、最初はそのような位置関係だったのに、なぜか殿下は二巡目がはじまるとすぐにこちらへと移動してこられたの。
さすがの殿下も、ナタリア様の自己主張バリバリ攻撃に耐えられなくなってしまわれたのかしらね。
でもわたくし、一人だったものだから、三人掛けのソファだというのに堂々と真ん中に座ってしまっていて、気付いた時にはもう殿下が右隣にピタリと座られていたものだから、これはまたもや課金イベント勃発の危機!?と焦りましたわ。
すると、お父様がまたもや咳き込まれたの。
だから、これ幸いとばかりに立ち上がり、部屋の隅に置かれた水差しからコップに水を注いでお父様に出しにいきましたのよ。他の方を制して自らね。
ええ、エミリアーヌとして生まれてから、初めて水を運びましたわ。
そしてソファーに戻る時に、しれっと殿下からひとつ空けて座った。と、いうわけで今現在はこの位置にいるわけですの。
え?感じ悪いじゃないか、ですって?
いえいえ。だって、悪役令嬢の隣ですのよ?
殿下だって『意外と近くて失敗したな、これは料金を取らねば割に合わぬな』とお思いになることでしょう? あー、危ない危ない
え?そんなことより、ナタリア様の証言の内容をはよ言え、ですって?
えー、お聞きになりたい?
やはり予想通り、恋愛のもつれからの犯行でしたから面白みには欠けますわよ。
まあ、わたくしもさすがに、ナタリア様が冒頭『今、わたくしたちの間では、クロード様が学院の教師になられるという噂でもちきりですの。女性関係も清算されているようですわ』と言い出された時には、変な声が出てしまうところをグッと堪えましたけれど。
ええ、クロードはヒロインと出会うための準備に入ったということですわよ。
それはつまり、わたくしを貶める準備に入ったということになりますわ。ちっ
ああ、それでそういう噂話が出回っているところに、昨日の光の魔力の鑑定の場にクロードが居たものだから、参加者の間で『これはもしや、聖女との結婚を視野に準備をしているのではないか?』という話になったのだそうですの。
メイドのデリアが言っていた『もし聖女様だったらあのファドリック侯爵家のクロード様と結婚できるかもしれないんですよ?』というセリフはこれが元で出たものと思われますわね。
それで、・・・この先は、ナタリア様があちらこちらから取材で集めた話を繋げたもののようですけれど、ナタリア様が憶測で付け加えた分がかなり含まれていると思われるので、そのつもりで聞いてくださいまし。
まあ、ナタリア調を省いて、簡潔にお送りいたしましょう。
―――自称『クロード様の内緒の恋人』であるピエフ男爵令嬢は、クロードが結婚準備に入ったという噂を聞きつける。
恋人である私にはまだ結婚の申し込みはないが、それは内緒の恋人であるがために、あまりクロード様とは会えないせいである。
クロード様のことだから、きっとロマンチックな場所で素敵なプロポーズをしようと準備に時間をかけているのかもしれない。
彼は責任感が強いから、私を不安にさせないよう、きちんともろもろの地盤が固まってから言おうとしている可能性もある。
聖女云々というのは、身分差のある私との結婚に向け、私を聖女に仕立てる策略なのだと思う。
私は火の魔力しか持っていないので、話を合わせておかなくてはならないが、今のところ手紙もきていない。
誰かの妨害などなにかしらの事情があって、連絡することができないに違いない。
明日も鑑定が行われるのならば、中央大聖堂に行けば会えるだろう。
きっとクロード様も、私がそう思い付くだろうと考えて待っているはずだ。
内緒の話と言いながらも、そう他の令嬢たちに吹聴していたピエフ男爵令嬢は、今日鑑定を受ける者の付き添いに紛れて鑑定の行われる建物へ入る。
しばらくするとクロードが現れたので、挨拶をするフリをして声を掛ける。
しかし、なぜかつれない態度のまま、クロードは鑑定室へ行ってしまった。
きっと周りに人がいるので内密の話はできないのだろうと、タイミングを伺って建物内をうろついていると、修道士たちの『クロード様が聖女だと確信しておられるマルセルム侯爵令嬢の順番まであと8人だ。もうおみえになっているのではないか』という会話を聞いてしまう。
どういうことか理解できない。
すぐに控室へ確認をしに行ったが、マルセルム侯爵令嬢とは面識がないので顔がわからない。
聞いてまわってみても、当人を知っている者すらほとんどいない。
そうこうしているうちに、順番がきたというのにマルセルム侯爵令嬢が来ていない、順番をどうするのかと騒いでいるのが聞こえた。
すると、クロードがマルセルム侯爵令嬢を出迎えるために門へ向かうのが見えた。
(ここからはナタリア様が目撃者)
ピエフ男爵令嬢は後を追って行き、門の外へ出て道を見ているクロードにどういうことかと詰め寄る。
『なにかお考えあってのことで、本当は恋人である私と結婚する準備をされているのですよね?』
『いいえ、貴女のことは恋人にした覚えもありません』
それに逆上したピエフ男爵令嬢は、持っていた護身用のナイフでクロードに襲い掛かる。
あまりにも近かったために避けきれず、腕を刺されてしまったが、彼女のことはクロードが取り押さえた―――
というのが事件の一連の流れのようですわ。
門の外へ出てしまったがために、教会の守りの魔術が効かなかったようですわね。
え?ナタリア様はどうして現場にいたんだ?ですって?
ああ『エミリアーヌ様がちっともいらっしゃらないものですから、わたくし、心配で心配で。何度も門まで様子を見に行きましたのよー』だそうですわ。
まあ、別に、わたくしのことが、心配なわけではなかったようですけれどもね。
それにしても、どこにわたくしが狙われる要素がありまして?
絶対にナタリア様の妄言でしょう。
仮にもし、わたくしが事件前にピエフ男爵令嬢と対峙していたとしても、いきなり刺されたとは思えませんわ。
まずはお話し合いをしたはずでしょう?
悪党というのは、ヒーローが間に合うよう、やたらだらだらと話をするものと相場が決まっておりますもの。
え?そういうことなら大きな勘違いをしているよ。ですって?
ああ!そうですわね!失礼いたしました。
わたくしはヒロインではないのだから、ヒーローは助けに現れないのでしたわね。
あー、それでも、わたくしは悪役令嬢ですもの、刺される側ではないはずですわ。
ええ、絶対に、彼女もまずは事実確認をしてきたはずですわよ『クロード様とご結婚なさるのですか?』と。
そうしたら当然わたくしは、間髪入れずにこう答えたことでしょう。
『万が一にも、億が一にもございませんわ!』と。
ええ、やはり、わたくしが刺されることはなかったようですわね。
はい。これにて一件落着!
え?なにか忘れていないか?ですって?




