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73.事件です 6

「・・・どうも・・・エミリアーヌ・マルセルムですわ」


定型文も言わぬ、必要最低限以下の超そっけないわたくしの挨拶を受けたマティウスは、片手を顔に当てると大げさに嘆く。


「くっ!殿下のせいでなんてことだ・・・ああどうか、その夜空に明るく輝く月の光のような白金が縁取るお美しい(かんばせ)には、そのように凍える冬の風の眼差しではなく、春に咲く華やかな花の笑みを浮かべてはいただけないものでしょうか」


・・・。

なにをおっしゃっているのかしらね、この人は。

ゲームのセリフ以外を言わせるとろくでもないようだわ。


まあ、わたくしの髪はプラチナブロンドで、紫色の瞳は光の加減によってはグレーにも見えるから、ただでさえ冷たい印象を与えてしまうのでしょうね。

悪役令嬢の設定なのですもの、仕方がないでしょう。

今はそこへ、嫌厭の感情も加えているから・・・いいえ、まだ甘い方だと思うわ。

ゲームの中で悪役令嬢がヒロインを睨む顔つきは、さらに憎悪が山盛りに加わるからもっと凄かったのよ。


この間、鏡の前で試しにやってみたのだけれど、いまいちゲームのエミリアーヌのような迫力は出なかったわ。

嫌悪、憎悪、敵意・・・感情は出さぬよう教育されていたはずなのに表情豊かだったわね。

この先、どの時点で、いったいどこで習うことになるのかしら。


んー。逆ハールートではただの恋のスパイス役なのだから、習うことはないかもしれないけれど、一応、少し辛味のバリエーションをわたくしも増やすべきね。

ふむ。では、手始めにこの塩対応にワサビを乗せてみましょう。


「この目付きは生まれついてのものですの。苦情は後から来るわたくしの父へおっしゃってくださいまし」


わたくしのツーンとしたワサビ塩対応に、堪らずマティウスは殿下へ抗議の声を上げる。


「殿下!わざわざ私の印象を悪くなさった理由を、今、こ・こ・で!伺ってもよろしいでしょうかね?」


「ははは。自業自得だ。

どれ、エミリアーヌ。私にも凍える冬の風の眼差しとやらを見せてくれ」


そうおっしゃった殿下は、歩みを止めてまでして、前方のマティウスに向いていたわたくしの顔を覗き込んでいらした。

いきなりの美顔ドアップに、一瞬で深みの足らぬ上辺だけの辛味が散ってしまう。


うう。わたくしの睨み顔など、本気でご覧になりたいわけではないでしょうに。

こじつけてまで押し付け、わたくしを廃課金者にしようと企まれているのね。


「まぁ。殿下、どうか(これ以上の課金は)ご容赦くださいまし」


「んー?」


くぅっ。

その小首をかしげた甘い微笑みのお値段は、いったいおいくら万円するのでしょうか。


見ていないと言えば払わなくて済むかとうつむいてみたのだけれど、ますます殿下が迫ってくる気配がする。


「(これ以上のお支払いは)できかねますわ」


「ほら、一回でいいから」


一回でいい?あと一回ということ?


あと一回で課金を終了してくださるのかと顔を上げれば、殿下はもう、殿下の金髪とわたくしの銀髪が絡むほどの至近距離に。

ああ、最後だからと一番お値段が高いものを出されるなんて。

息は止まってしまったけれど、最後なのだから耐えてちょうだい、わたくしの心臓!


見つめ合っていると、マティウスが戻ってきて殿下にこそりと囁く。


「でーんーかー。マルセルム侯爵閣下がこちらに向かって来られていますよー」


殿下はビシッと姿勢を正すと何事もなかったように歩きだされた。

まだその左腕に右手を挟まれたままのわたくしも、自動的に足を出すことになる。


あ、慎重に、慎重に、踵はゆっくりと・・・足の運びに気を遣わねばならぬから、よけいに疲れるわ。

もう課金タイムは終了したのだから、エスコートを解いてくださればいいのに。

きっと、目的地に着くまでは請求対象範囲なので仕方がないのね。


そうだわ。請求書を出される前に、2枚に分けていただけないか交渉しようかしら。

悪役令嬢加算分だけを別請求で、そのお支払いは12、いえ、36回払い。

分割金利手数料は、なにとぞ殿下負担でお願いいたします、と。


「あー、外へ行くのにめずらしくお供に指名されたからおかしいと思ったら、彼女に好かれる可能性がないからか。人を嫌われるように仕向けておいて、自分はいちゃつきだすって酷くないか?よし、絶対に特別手当を要求しよう。出さなければ、前に薔薇を送ったのは殿下ではなく私でしたとばらしてやろうっと」


自分も進行方向に向きなおしたマティウスは、なにやら愚痴をこぼしているようだった。

その隣には、いつのまにやらなにか手帳のような物を手に、ナタリア様が付いている。


まさか、ナタリア様が課金記録を付けていらしたの!?


「んまぁ!マティウス様。はっきりおっしゃって下さらないと聞き取れませんわ。ああ、エミリアーヌ様の態度はいつものことですの。お気になさることではありませんわよ。エミリアーヌ様はわたくしと違って!下位の者との交流はなさらないので、マティウス様のことをご存じないだけですわ。わたくしは!理解しておりますわよー」


すでにマティウスとは知り合いらしいナタリア様は、今度はわたくしの横へ並ぶと得意げに話し出す。


「エミリアーヌ様!マティウス様は過去にお付き合いをされていた方々から、円満に交際解消できると評判がよいのですよ。それで初心者が交際の手ほどきを受けるには最適と、一度目にお付き合いしたい男性として人気がございますの!今も3人が順番待ちをしているくらいですわー」


「そうですか」


マティウスの交際事情なんて、本当に興味がないから愛想笑いする気にもなれないわ。

そのようなどうでもいい情報よりも、大まかな請求金額を教えて下さいまし。


「ナタリア嬢。微妙な補足をありがとうございます。今度その私の恋人になりたいとおっしゃる愛らしい3人の方をご紹介ください。

・・・ああ、もうマルセルム嬢がこちらを見てもくださらない」


ええ。マティウスを見る無駄な時間があるのならば、素敵な殿下を拝みましょう。


盗み見ようとついと右隣を振り仰いで見たら、なぜか殿下とばっちり目が合ってしまった。


うっ。

う、うふふー。

またもや見つめ合ってしまったわー。

ほうら、わたくしのことを好いて下さっているのかと勘違いしそうなほど、殿下が優し気に微笑んでくださっているのよー。

先ほどが最後だったはずなのに、まさか追加金が発生してしまうのー? ドキドキ


もう請求がいくらになっているのか見当もつかないけれど、こうなったら自棄よー。堪能するわよー。

あの至近距離で7秒いけたのだから、目標は15秒、目を逸らさないことねー。


「んまぁ・・・エミリアーヌ様は度量が狭いですわね。たぶん悋気深いのでしょう。わたくしは!エミリアーヌ様とは違って!社交が得意ですから、側室も愛人も統べる自信がございますわー」


ふうん。わたくしを貶しつつ、ご自分のアピールだなんて。

マティウスと結婚したいのかしら。

そもそもわたくしは、マティウスのことを狙う気もないから反論しても面倒なだけね。

ここはナタリア様に同意しておきましょう。


結局14秒しか耐えられなかったわたくしは、横にいるナタリア様の方に顔を向ける。


「ええ。ナタリア様のおっしゃる通り、わたくしには許しがたいことですわ。もし、わたくしの婚約者に近づく、常識知らずでずうずうしい、一生懸命なだけが取り柄の、特にピンク色の髪の女性がいたのならば、あくどい手を使ってでも排除しようとすることでしょう。それはどうやら自分でも止められないようですの」


ええ、間違いなくゲームの強制力が働くから止められないでしょう。

ふふふ。それにしても、攻略対象者である殿下の横で、ヒロインへの犯罪宣言をするだなんて、勇気があるわね、わたくし。


でも、これで万が一王太子ルートに入ってしまっても、断罪の時に『予告しておきましたのに、対策なさらない方が悪いのですわ』と言えるわ。

まあその前に、このあと光の魔力持ちだと知られても、殿下はこのように物騒な者を婚約者にしようとはなさらないでしょうけれど。


「んまぁ!いやに具体的ですけど、なんて恐ろしいことをお考えなのでしょう。貴女、少し雰囲気が変わったように見受けられましたのに、やはり悪女でしたのね!そのような性格では、今回の事件と同じような事態を引き起こしかねませんわよ!お気を付けあそばせ!!」


いいえ、悪女ではなく悪役ですわ。似て非なるものですのよ。


「ああ、やはりそれが理由での事件でしたのね。ええ、詳細は分からずとも、男爵令嬢がそれだけ本気の恋をしていらした、そのお気持ちはよくわかりますわ。でも、本当に犯罪に至れば、どのような結末になるのか、それもわたくしは(ゲームで)よくわかっておりますのよ。彼女も、この事件がご自分の家に関わる全てにまで影響を及ぼすことに、どうして考えがいたらなかったでしょう・・・このような事態になる前に、恋を諦めるという選択もできたはずですのに」


勝手にゾンビ化している右手が殿下の腕を掴んでしまう。

きっと、わたくしが諦めた恋心が憑依しているのね。

せっかくだから、そこで幸せなうちに召天なさい。

エスコートしていただけるのも、今日が最後よ。


ああ、彼女も、クロードなんて浮気者、さっさと諦めてしまえばこのような事態にはならなかったでしょうに。

侯爵家に害をなしたのですもの。男爵家など、簡単に潰されてしまうことでしょう。

クロードの怪我がどの程度かはわからないけれど・・・ええ、大丈夫よ。クロードルートでは処刑はされないわ。

でも準備もなく国外追放されるのも辛いわよね。修道院送り程度で済むように祈りましょう。


「まさか、それが理由で辞退を?」


あら、マティウスはなぜ振り返ってまで、驚いたようにわたくしに問うてくるのかしら。

考えなくても、ピラフ、いえ、ええと、ピエフ男爵令嬢は、男女間のもつれからクロードのことを刺す事態になったのでしょうに。

貴方、自分はクロードとは違って上手にお付き合いをしている自負から、そんな事態になるだなんて驚きだとでも言うの?


「・・・あ」「マティウス、黙れ」


「は、はい。殿下」


うっかり、『貴方もいつか刺されますわよ。夜道はせいぜい背後にお気をつけあそばせ!』と言ってしまうところを殿下に遮られた。


「エミリアーヌ」


「は、はい。殿下」


わたくしにも、余計な口をきくなと言っただろうとお怒りなのかと慌てて隣を振り仰ぐと、やはり気分を害されたのか、殿下がとても難しい表情をされていた。


「そこへ繋がるとは思わなかった・・・そこまで・・・ああ、でもさすがに問題があるから少し考えさせてくれ」


殿下が右手で口元を覆われ、顔を右に逸らされる。


ええっ?名探偵の殿下でもこの単純明快な事件がお分かりにならなかったの?

そこまで考え込まれるほど問題視されることなの?


ああ、そうね。

殿下はヒロインと出会って真実の愛とやらを知ってもなお、他の攻略対象者がヒロインのハーレムに入ることをお許しになられるのですもの。

嫉妬心とか独占欲とかは、理解できないものなのだわ。


ああ・・・。

今更なにを失望しているのよ、わたくし。

ほうら、それでも殿下は考えてくださっているわ。

少しは男爵令嬢の情状酌量に繋がるかもしれないでしょう。


そして、それは将来、わたくしの断罪の時にも繋がるかもしれないのよ。

ええ、希望が見えてきたわ。期待しましょう。

だから殿下が考え込まれているのを邪魔してはいけないわね。


「申し訳ございません。どうぞ、わたくしのことはお忘れくださいませ」


「それは無理だ」


「はぁ」


わたくしはお邪魔でしょうからエスコートを解き、課金していることも忘れて下さらないかと思ったけれど無理なのね。


ふと、隣を歩くナタリア様をみれば、彼女も怪訝な顔をしていた。


ああ、もう集計を始めていいのか指示待ちをしていらっしゃるのね。


仲良くさせていただいているよしみで、先にそのメモをチラ見させて・・・何行か削らせて・・・もらえないものかしら?




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