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69.事件です 2

「事件・・・とは、あちらのことでしょうか?」


わたくしがジャスミン様の方を見ないようにしながら示すと、そちらを一瞥したナタリア様が、扇で口元を隠しながら斜めに顎を上げ、声を潜めて説明を開始した。


「違いますわ。アレはお姉様であるカトレア様が鑑定を終えてお帰りになった途端にいらして、ご自分こそが聖女だから鑑定を受けると言い出しましたのよ。当然お断りされましたのに、鑑定が行われている棟の入り口でさんざん騒ぎ、追い返されると次は大聖堂内の通路から棟へ侵入しようとして阻止されましたの。それでわたくしは!あそこまでしつこいのは、もしかして誰かに会うのが本来の目的ではないかと推察しましたのよ。途中からその方のお名前をこぼし出したので、このわたくしの!読み通りであると確定いたしましたわー。ですから、事件のことを知ればよけいに騒ぐでしょうと、アレには伏せるよう、わたくしが!指示いたしましたのー。ふふふ。延べ2時間は粘ったようですけど、逆に2時間であそこまで追い出せたのは、わたくしのおかげであると言えるでしょうねー。まあ、もう一押しは手を貸して差し上げましょうか」


最初は潜めていた声も、だんだんと得意げに大きくなっていたナタリア様が、パチンと扇を閉じる。

その音をゴングに、ナタリア様とジャスミン様が睨み合った。

すると、ジャスミン様はすぐに「ふん。帰るわよ」と従者へ告げて階段を下りて行く。


「ふふん」


パチパチパチ

瞬殺で圧倒的な勝利でしたわね。

勝者のナタリア様には、賞品として悪役令嬢の座を贈呈しましょう。


え?一睨みで追い出せるのなら、最初からナタリア様が対応すればよかったのでは?ですって?


そうよね、別にナタリア様とジャスミン様の力関係とか、ジャスミン様が誰に会いたかろうとわたくしに害がなければ興味はないし、ナタリア様のお話も後半は意味不明になっていたから、どうやってクロードの足を踏んでやろうかしらと別のことを考えていたのだけれど、とりあえず、ジャスミン様は2時間は騒いでいたとのことよね。


できれば関わりたくない気持ちはわかりますわ。

けれど、少なくとも知り合いらしいジャスミン様が、2時間も前から教会にご迷惑を掛けているのを見ていたのなら、もう少し早めにたしなめるとか・・・ん?2時間?

 

「ナタリア様は、いつこちらにいらしたの?もう鑑定は終えられまして?」


「おーほほほほ。わたくしは開門の7時からおりますわー。昨日鑑定を受けた方からお話を伺って、召喚されることを予測しておりましたのよー。行動は先んじて!が、わたくしのモットーですものー。それに引き換え、わたくしより先に鑑定を受けるはずの貴女は順番が来てもいらっしゃらないなんて。後のお二人に抜かされましてよ。なので、もう残っているのはわたくしと貴女だけですわー。せっかくわたくしが華々しく最後に聖女と判定され、悔しがる貴女に向けるセリフまで用意したというのに、先に受けさせられたら締まりませんもの、気が気ではありませんでしたわー。今は事件が起きて鑑定は中断していて・・・いえ、今回ばかりは遅れてきて正解でしたわよ」


なるほど。今度は聖女になる気でいらっしゃるからもう態度が上からなのですね。


と、そこへ、ナタリア様の更なる捲し立てが始まるのを遮(ってくださ)るように、騎士が二人現れた。


騎士がお父様に向けて敬礼をして口を開く。


「閣下、至急のご報告と、ご確認を願い申し上げます」


「ああ君か・・・報告せよ」


お父様が、なぜかわたくしの方をちらりと見た。

下がれということねと、後ろにいるナタリア様の横に並んでみる。


「はっ。本日午前10時50分頃、大聖堂正門第一入門口前にて、リネット・ピエフという男爵令嬢が、ファドリック侯爵令息のクロード様を襲撃。クロード様は左腕を短剣で刺され負傷。救護院へ搬送されましたが容体不明。男爵令嬢はその場で取り押さえ中央憲兵隊第一署へ連行。現在取り調べには一切応じていないとのことです。しかし、現行犯である為、自白強要」「ウォッホン!」


いきなりお父様が咳ばらいをしたので、報告が止まる。


報告していた騎士はなぜかわたくしをちらりと見ると、口を引き結んで左斜め上方に視線を逸らす。

彼の少し後方にいたもう一人の騎士は、じりっと更に半歩下がった。


お父様ったら、お腹が鳴ってしまったのをごまかしたのかしら。


って、そんなことよりも、な、なんですってー!?


もうクロードルートのメインイベントである殺傷沙汰が発生したというの?

わたくしと婚約をしていないどころか、ヒロインすら登場しないうちに?

どうしてこうも、クロード関係は展開が早いの?せっかちさんなの?


「詳細は後で聞こう。それで確認したいこととはなんだ」


「はっ。その・・・そのリネット・ピエフが事件を起こす前に・・・ま、マルセルム侯爵令嬢を探していたと、他のご令嬢から証言がありました。お、お嬢様に、面識の有無をご確認願います!」


騎士は当然、直接わたくしに問うことはせずに、お父様に問う形を取る。

なぜか、なにか覚悟を決めたような顔つきで。


って、そんなことよりも、またもや、な、なんですってー!?


「ほう。エミリア、ピエフ男爵家は交友関係にないはずだが、知り合いか?」


「い、いいえ、まったく、まったく、存じ上げませんわ。わ、わ、わたくしが指示したのではありませんわ」


リゾット?ピラフ?この世界には今のところお米が見当たらないから、しばらく食べていないわよ。

え?違う?

もしかして、学院で悪役令嬢の取り巻きになるモブの登場まで早まったの?

恵美はゲームに出てきたモブの名前まで覚えていないから、顔を見ないと知らないとは言い張れないけれど、引きこもりで入学前のエミリアーヌには、まだそれほど知り合いは多くないのよ。

そんな方、知らないと言い切れるわ!


・・・まさか、国外追放も早まるとか?

ゲームのようにわたくしが直接クロードを刺したわけでもないのに?

『エミリアーヌ様のご指示でした』と男爵令嬢に濡れ衣を着せられて?

せめて追放時には乾いた服を持たせてくださいまし。って、違うわ!


しまった。追放後に換金できるような物を一切身に着けていないわ。

メイドのリアーナの言うことを聞いて、アクセサリーを付けてくればよかった。

いいえ、まだ諦めてはダメよ!わたくし!

まだ男爵令嬢本人の供述ですとは言っていないでしょう。

一度帰って、追放後に持ち出す荷物の準備を・・・でも、帰りたいなどと言えば、証拠隠滅する気なのかとよけいに怪しまれるわよね?

ど、どうしたらいいのかしら???


え?クロードの容体は気にならないのか?ですって?ならないわ!

傷を治してくれる聖女(ヒロイン)の登場を待たなかった、せっかちなヤツが悪いのよ。

それにどうせヤツは、看護師さんをたらし込んで手厚い看護をされていることでしょうよ。

わたくしの方がわけのわからない泡を食って瀕死よ!


はっ、これはきっと毒の泡よね?

毒に慣れたさすがで素敵な殿下が口移しで解毒剤を与えてくださる・・・わけはないのにー!


すると、アワアワするわたくしの隠し切れない慌てぶりを横から訝し気な表情で見ていたナタリア様が、皆に聞こえる程度の声で囁く。


「んまぁ、そんなに動揺なさるだなんて、そんなにクロード様が刺されたことがショックですの?わたくしなど、その場に居合わせていても、このように落ち着いていますのに」


居合わせた!?ヤツが刺された現場に?


鋼メンタルのナタリア様は、今度はお父様に声を掛ける。


「マルセルム侯爵閣下。発言をお許しくださいますか?」


「・・・どうぞ」


「では、皆様。サミュール伯爵家長女、ナタリア・サミュールが証言いたします。ピエフ男爵令嬢とマルセルム侯爵令嬢は少なくとも顔見知りではございませんわ。なぜなら、あの方、()()わたくしに向かって『貴女がエミリアーヌ様ですか?』とお尋ねになりましたもの。ですから、失礼ですわ!と一喝して差し上げましたのよー」


さながら推理物の舞台に立つ俳優のような仕草で、ナタリア様が周りの方々にわたくしの無罪を証言してくださった。


生物的共通点以外は、まったく似ていないわたくしとナタリア様を間違うだなんて、それは完全に知り合いではないということになるわね。

ナタリア様に助けられる日が来るとは、思ってもみなかったわ。

感謝して、その『失礼』がどういう意味なのか問うのは保留にして差し上げましょう。


しかし、安堵したのはほんの一瞬だった。

皆が注目していることに気を良くしたのか、ナタリア様が得意げに続ける。


「そして、わたくしが!考えるに、最初の狙いはエミリア―ヌ様だったと思いますわ」


え・・・なんですって?


どういうことなのかと、めずらしくナタリア様の次の言葉を待っていると、ナタリア様越しに見える正門から入ってきた人が、ものすごい勢いでこちらへ突進してきた。


今度はなに?なに?なに?

いいえ、遠くても一目でわかりましたけれども!


「エミリアーヌ!」


なぜ?なぜ?なぜこちらへ?そしてどうしてわたくしの元へ?

まさか、またわたくしが関与してもいないのに、そちらルートのメインイベントが発生したとかで断罪にいらしたの?


もう、次回からタイトルを『転生したら攻略対象者がせっかちだった件』に変えましょう。




変えません

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