68.事件です 1
「やけに人が多いな。こちら側から行くか」
「ええ、もうお昼休みに入ってしまったのでしょうか?」
中央大聖堂へ到着したのは、正午にはまだ少し早い時間。
馬車を下り、お父様に付いて敷地内へ入ると、右の道の奥の方にたくさんの人が集まっているのが見えた。
道は大聖堂を中心に左右に分かれる。
鑑定は大聖堂裏手にある付属建物で行われるとのことで、大聖堂正面の大階段へは上がらずに左から廻る道へと進むことにした。
お昼休みに入ってしまい、ここで午後まで待つようならば、お昼ご飯を食べてからくればよかったわ。
我慢はできるけれど、鑑定中にお腹が鳴ったら恥ずかしいし。
そこのあなた、ピザを注文してくださらない?
季節限定のクォーターがいいわ。サラダとポテトも忘れずにね。
届け先は異世界で、支払いは金貨でも、デリバリーしてくれるところはないものかしらね。
そんな叶わないことを考えていないで急げば、まだ午前の部(?)に間に合うかもしれないと、高いヒールを石畳に引っ掛けないように注意しながら足を速める。
しかし「だから!私が!聖女なのよ!」と、ひと際大きく叫ぶ声に、つい足を止めてしまった。
振り返って少し見上げた先にある、大聖堂の閉じられた扉の前には、まるで侵入を拒むようにして立つ三人の修道士。
そしてそれに対峙しているのは、場にそぐわない真っ赤なドレス姿のひとりのご令嬢。
まあ!もしやあの方が今回の光の魔力の持ち主なのかしら!?
髪がピンク色ではないから、ルーチェではないわね。
・・・なーんてね。
ええ、聞き覚えのある声で、見ずともどなたなのかはわかっていたくせに、つい見てしまったのよ。
怖いもの知らずを、怖いもの見たさで、ね。
彼女はジャスミン・バーンズ伯爵令嬢。
そう、(ラウルをご覧になられに)わたくしの誕生会に(押しかけ)参加してくださっていた(あの)方よ。
「ですから!何度も申し上げております通り、鑑定は年齢順に行っております。貴女様宛に召喚状が届くのを、お帰りになって!お待ちください!」
うん、うん。わかりますわ。見ていなくても状況が。
呼び出されてもいないのに鑑定を受けたいとごねていらっしゃるのね。
お相手をしている修道士さん、頑張ってくださいまし!
わたくしは、関わりたくないので失礼させていただきますわ。
魔力量が少ないくせに聖女と持ち上げられ、つけ上がるはずだったわたくしには言われたくないでしょうけれど、あんな聖女は嫌ね。
まだ男漁りだけが欠点のヒロインの方がマシだわ。
「ふん!さっきトラブルで鑑定は中断してるって言ってたし、仕方がないから今日のところは帰ってあげるわ。でも、あんたたちのことは覚えたわよ!私が聖女になっても怪我を治してあげないんだから!
あ!あんなところにエミリアーヌ様がいるじゃない!ちょっと!あの人知り合いよ。付き添いってことで入れなさいよ!」
帰ろうとしたのか、階段の方へ振り返った彼女に見つかってしまった。
それでわたくしたちの存在に気付いた修道士が、ひとり聖堂内へ去る。
今、トラブルで鑑定は中断していると言っていたわね。
説明してくださる方を呼びに行ってくれたのかしら?
行き違いになるといけないから、ここに留まった方がいい?
それにしてもジャスミン様は、わたくしに付き纏う、いえ、付き添うつもりなの?
たとえメイドとしてでもお断りよ。
一度ガツン!と教育的指導をして差し上げるべきかしら?
いいえ、この間管理不行き届きを散々詫びてくださった、あのできた姉のカトレア様に免じて、寛容な措置をして差し上げましょう。
はい!出会ったら舌打ちしたい人、なんと第三位に決定よ!
急上昇ランクイン、おめでとう。
「あの無礼者と知り合いか?」
眉をひそめたお父様に問われる。
「ええ、あの方はバーンズ伯爵家のジャスミン様ですわ。先日のわたくしの誕生会に来て下さったので、知り合いだと言われてしまえば、そうなってしまいますわね」
「ああ、あれが。なるほど、聞いていた通りの人物のようだな。姉が王太子の婚約者候補に残っているというのに、このようなところで騒ぐとは愚かなことだ。それにしても、連れている男は誰だったか・・・」
「連れている男?お父様はジャスミン様の従者をご存じなのですか?」
ジャスミン様の少し後ろに控えているのは、誕生日会の時にもジャスミン様に付いていた男だった。
相変わらず、雰囲気が不気味だわ。
こちらを薄ら笑いしながら見ていないで、さっさとお嬢様を連れ帰りなさいよ。
お嬢様がこちらへ来て騒ぐようなら、黙っていないわよ!お父様が。
すると「ああ、思い出した」と言ったお父様は、わたくしをあちらから隠すように立ち位置を変えられた。
「あれは半年ほど前に、うちへ執事補佐の面接にきた者だ。身分も経歴も申し分なく、一度目は好印象でいっそ執事にしても良いかと思っていたのに、二度目には人が変わったようになっていてな。『お嬢様を見てから雇われるか決めたい』などとふざけたことを言い出したから追い出したのだ」
え?まさか、あの人が逆ハーレムルートで悪役令嬢が婚約する執事?
え、嫌。
たしかに、背は高い・・・でも、この間見た時に歩き方が変だった。
顔もまあまあ良い方・・・けれど、雰囲気が、目つきがこう・・・生理的に無理っ!
まさかの可能性にゾゾゾっと背筋に寒気が走る。
身を震わせていると、背後に人の気配を感じたので、ついまた振り返ってしまった。
振り返った先にいたのは、白い着物の、幽霊!?
「ひっ!」
「んまぁ!なんですの?人を化け物のように。失礼ですわ!」
「・・・ナ、タリア様。お久しゅうございます」
王城でお会いした以来ですわね。
ああ、そうだわ、ごめんなさい。
たった今、第三位から陥落したので、残念ながら舌打ちはして差し上げられませんわ。
「マルセルム侯爵閣下。お初にお目に掛かります。サミュール伯爵家長女、ナタリアと申します。エミリアーヌ様とは仲良くさせていただいておりますわー」
うん、うん。安定の上から目線。
王太子殿下の婚約者候補をちょっぱや、いえ、初っ端に落とされてしまったようなので、心配(は特にしておりません)でしたが、お元気そうでなによりですわ。
「そうですか。あなたが。お話はよく伺っておりますよ」
にこりとしたお父様に向けてカーテシーなさっていた、ナタリア様の縦ロールがふにゃんと揺れる。
今日は盾ロールではなく、ドリル少なめ、巻き緩めですのね。
やわらかい印象を目指しておいでで?
その全体的に白っぽいお衣装は、聖女をリスペクトなさっているのかしら?
ナタリア様のご家族はどちらに?
いつわたくしと仲良くなりまして?
ふむ。疑問だらけだけれど、ひとつも重要ではないから尋ねる気にならないわね。
そうね、貴女も14歳だったわね。
ヤツの戯言に巻き込まれて無駄な鑑定を受けさせられにいらしたのね。ご苦労様。
「エミリアーヌ様、事件ですわ!!」
んまぁ!唐突ですのね。どこかのリポーターみたい。




