67.いざ行かん 約束はした
「では、行ってくるわね。デリア、今回の光の魔力の持ち主はわたくしではないのだから、あまり話を広めないでね」
「え?はい。でもまだ・・・」
髪を梳き終わったので、メアリを伴って部屋から出ようとすると、デリアがオロオロと奥の方を振り返る。
そこへ、衣裳部屋から今度は小箱をいくつか持ったリアーナが出てきた。
「お嬢様!?お待ちください。お化粧はお済みなのですか?アクセサリーもまだお選び頂いておりません」
「リアーナ。教会へ着飾って行く必要はないのよ。それに、すぐにっ!戻るわ。では、後はよろしくね」
ヤツが待ち構えている場へ行くのに、おしゃれなんてしないわ。
もしヤツに『俺に会うから着飾ってきたのかい、ベイビー。ふっ。仕方がないな、婚約してあげるよ』とか言われた日には、ヒロインが現れる前にヤツを刺してしまいそうよ。
あら?ヤツを刺すといえば、ゲームの悪役令嬢がヒロインに対してなにをやらかして悲惨な末路になったのか、お話ししたかしら?
ロイスルートではヒロインを噴水で溺死させようとしたのと、アンドリュールートで魔獣を召喚したことはご存じよね?
あとはねぇ、
王太子ルートではお茶に毒を盛る(→毒に慣れたさすがで素敵な殿下が口移しで解毒剤を与える)
シャルルルートは誘拐・監禁からの他国への売り渡し(→船に乗せられる寸前でシャルルが救出)
そして、クロードルートでは短剣で刺す(→クロードが身代わりで刺されるが聖女の魔力で回復)、よ。
まあ!なんて豊富な犯罪バリエーション。
でもすべて殺害は未遂だったのだし、追放はともかく処刑はないでしょうよ。
殿下から口移しだなんてうらやましいことをしていただけるのは、悪役令嬢のおかげよね?
ヒロインも聖女なら、聖女らしく慈悲を垂れなさいよ!自分だけ幸せだなんて!
え?また自分のことは棚上げか?ですって?
わたくしは悪役なのですもの、いいのよ。
え?慈悲をすれば仇するだろう?ですって?
ええ、間違いなく更にやったことでしょうね。
あら、やはり処刑される運命なのね。
それにしても悪役令嬢さん。
毒なんてどこから入手しましたの?
それに、どなたの伝手で誘拐の実行犯に接触なさったの?
短剣は、もしかして我が家の玄関ホールのタペストリーの裏から持ち出されまして?
「お嬢様、せめて保湿だけでも!」
リアーナが保湿クリームの入った瓶を手に迫ってきた。
うん、うん。あくまでもお肌のか弱いわたくしを心配しているのよね?
お嬢様のわがままを通して肌が荒れたら、あとで手入れする者の手間になるからとか、そういう理由ではないわよね?ね?
部屋の扉の前で手早いペタペタヌリヌリに耐え、さあ、今度こそ行くわよ!と歩き出す。
暗器、もとい、カツカツと鳴ってしまう高いヒールの音をなるべく抑えながら階段まで行くと、バタバタと駆け寄ってくる足音がした。
「エミリア!もう行くのか!?私も一緒に行くからな!」
「ロイス兄様・・・ご一緒に?兄様、それは心強いお申し出で嬉しゅうございますが、それでは兄様がご出発に間に合わなくなりますでしょう?」
昨日、ロイス兄様宛にトラビスタ侯爵から『急なことだが我が領地で災害が発生したので復興に力を貸していただきたい』旨の依頼が来た。
それで今日の午後、トラビスタ侯爵家からエリザベルお姉様と共にご領地へ向かう予定になっている。
だから、わたくしに付き合って教会へ行ってしまっては、指定の時間に間に合わないはず。
不思議ね。ロイスルートではほとんど聖女云々は関係ないのに、ロイス兄様はこの件に関わりたいのかしら。
「でも、どこへ」と、兄様がなにか言いかけたところに、ジェラルドが速足で階段下へやってきた。
「お嬢様!旦那様はもう馬車でお待ちです。お急ぎ下さい」
「え?お父様も一緒に行くのか?」
「はい。お父様が付き添って下さいますので大丈夫ですわ」
ああ、お父様がお休みだなんて、珍しいからお忘れでしたのね。
魔力鑑定は保護者の同伴が必要なので、アルフ兄様とお母様がお留守の今、自分が同行しなければと急いで来てくださった、と。本当にありがたいことだわ。
わたくしの魔力属性が光と闇だと判明して驚かせてしまう本番の時は誰が付き添いなのかしらね。
できれば、おかあさまといっしょ・・・はしたくないのだけれど。
「そうか。いや、それなら安心だ。では、玄関まで送ろう」
「お気遣いありがとう存じます。ああ、そうですわ。ロイス兄様、従者はお決まりになりまして?」
ロイス兄様のエスコートで、高いヒールでも危なげなく階段を下りながら朝食時の話題を持ち出す。
昨日の今日と急な話の為、兄様に同行する者は今朝はまだ調整中だった。
「ああ。さっき許可が下りたので、ラウルが一緒に行くことになった。ラウルと泊まりの旅は初めてだから楽しみだ」
「まぁ!それは婚・・・」
「こん?」
「こん、今、今夜のお夕食は、お約束の新作料理をお出しする予定でしたが、兄様がお帰りになられてからに変更いたしますね。お仕事頑張ってくださいまし」
危ない、危ない。
婚前旅行と言ってしまうところだったわ。
「ああ、それを楽しみに頑張るよ。エミリアは国のお役に立つために行くのだったな、頑張れよ。それと、あまり近寄らせないようにくれぐれも気をつけて」
「はい。では行ってまいります。ロイス兄様もお気を付けて行ってらっしゃいませ」
玄関ホールへ到着したので、ここで兄様と別れた。
それにしても、鑑定を受けに行くのに国のお役に立つとは?
まあ、聖女だったらたしかに役立つでしょうね。
でも、残念ながらわたくしの光の魔力は、弱くてポンコツなのですよ!
それにしても、ロイス兄様の忠告通りにヤツを近寄らせないようにしたらうっかり足を踏めないわ。
まあ、機会があれば躊躇なく実行いたしましょう。
ちなみに新作料理とはチーズinハンバーグよ。
ロイス兄様はわりと子供舌なので、きっと喜ばれるはず。
あとはカレーを作りたいのだけれど、さすがにこの世界でルーは売っていないでしょう。
ねぇ、そこのあなた!どのスパイスを入れたらカレーになるのか、ご存知なら教えて下さいな。
たとえ揃わなくても、リンゴとハチミツを入れておけばなんとかなるのでしょう?
「遅くなりまして申し訳ございません」
馬車へ乗り込みながらお父様に謝罪する。
馬車はすぐに走り出したので、わたくしもすぐにお父様へ念押しを開始した。
「ほんとーに!ぜーったいに!お願いいたします!」
「わかっておる。もう何度目だ。たとえ光の魔力持ちだと判定されても、ファドリック家の者とは結婚させないと確かに約束しただろう。エミリア、嫌だ嫌だばかりの我儘を聞くのも限度があるぞ」
「ええ・・・あと2回ほどで済みますわ」
よし!やったわ!これで最大の懸念であるクロードルートの消滅は確定よ。
あとはロイスルートとシャルルルートの回避ができればもう我儘は言わないわ。
できれば結婚相手は年上で差は5歳まで、わたくしよりは少しは背が高く、ヒロインに狙われない程度のハンサムで、思いやりと頼りがいと清潔感と多少のお金を持ち、浮気性でなければ好し。
「いやに具体的な回数だな」とお父様に訝し気にされているうちに、馬車は3日振りの中央大聖堂に到着した。
3回目だというのに、今日もゆっくり見学できないのね。
さあ、どのような鑑定結果でも、どんとこい!よ。




