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65.お嬢様の居ぬ間にティーカップを交換

「お嬢様。先ほどラウルがお嬢様のお出かけ先を探ってきましたが、皆と同じく『知らない』で通しておきました」


お父様の執務室へ向かう道すがら、ジェラルドがそう告げてきた。


ラウルったら、わたくしに行き先を尋ねもしなかったのにコソコソ嗅ぎまわるだなんて。

まあ、問うたところで答えないだろうと思ったのでしょう?正解よ!


「ええ、それでいいわ。王太子殿下のお供で出掛ける件は、アルフ兄様が出立なされたからもう話しても良いけれど、引き続き行き先や用件は相手が誰であっても伏せてね」


「かしこまりました」


実は結婚式の翌朝、殿下の依頼で魔石店へ行くことになりましたとお父様へご報告したら、あと2日は黙っているようにと口止めされたの。

わたくしが街へ出掛けると知ったら、アルフ兄様が新婚旅行に行かないと言い出しかねないからと。


それでメアリにも口外しないようにと命じたら、もうジェラルドには詳細を報告してしまったと言うのよ。

慌てたけれど、ジェラルドは午後からの勤務だったので他に漏れていなくて助かったわ。

だから今朝まで、知っていたのはごく一部の者だけだったの。


今はもうアルフ兄様が無事に出発したので、わたくしが出掛けることは家の者に知られてもいい。

けれど、殿下からの御依頼内容はやはり秘匿すべきでしょう?

うっかり王太子殿下が魔石を欲しているなどど広まったら、地の魔石を持った人々が押しかけて大変な事になるのは目に見えているのだから。


そして、それを吹聴したのがわたくしだと知れたら、殿下のお悩み事を暴露したとしてまたもや処刑の危機よ。


さすが殿下。些細なところから処刑へ持って行く、巧妙なトラップを張り巡らせておいでだなんて。

これが恋の罠なら、いくらでも引っかかりたいほど素敵です(ハート)などと言っている場合ではないわ。

危ない、危ない。

ラウルがメアリを脅して口を割らせてしまう前に、わたくしがもう一度メアリを脅し・・・わたくしがもう一度メアリを普通に口止めしておかなければ。


「それで、アルフレット様へご報告しなかったことは、後で一緒に叱られてくださるのですよね?お嬢様?」


「あら、お父様のご指示なのですもの。『仕方がありませんでした』で、大丈夫よ」


「本当に大丈夫でしょうか?まあ、覚悟しておきましょう。ああ、その後ラウルは、鍛錬場におられるロイスバル様に報告してくると言って出て行きました」


「まあ!職場放棄ね!?」


「いいえ、ラウルは本日休暇なのです。ですが、ちょうど王城から使いが来た場に居合わせまして、それでお嬢様宛の手紙は私がお届けしてきますと手伝いを申し出てくれたのです」


「・・・そう」


ふぅん。ジェラルドには恩を着せて?

自分は休みなのに執事服に着替えて?


そうまでしてわたくしのことをからかいに来たのね!

暇人よね。休みでもやることがないのかしら。


そんなことを話しているうちにお父様の執務室の前に到着し、ジェラルドがドアをノックする。


―――コンコン


「旦那様。お嬢様をお連れしました」


「入れ」


ドアを開けたジェラルドは、わたくしを中に入れ、お父様に他に用は無いと言われると踵を返して行ってしまった。


そんなに忙しいの?

それなら、遠慮せずにお嬢様おひとりで行ってくださいと言えばいいのに。


さっと見渡した執務室の中には、お父様だけがいらした。


ええ、大丈夫。今日はお母様はご不在よ。

お母様のご実家のエスペル王国では、お母様の弟であるアリステア叔父様が主催でお兄様たちの結婚披露宴を開いてくださるそうで、それにご出席のため先ほどエスペル王国に向かわれたわ。

どこの世界に姑を連れてハネムーン旅行する・・・あら?


先に領地の方へ向かわれるお兄様たちとは別部隊でお母様は出発されたのに、どうしてわたくしは全行程お兄様たちに同行させられるところだったのかしら。

ああ、きっとあれだわね。最近なぜかますます重症化したシスコンのせいね。


そのうちリディアンヌお義姉様にあきれられてしまわないか心配だわ。

まあ、子供が生まれたら治るかもしれないけれど。

え、兄様の子供?そうなるとわたくしは叔母様になるのね。複雑~


そうなるとお爺様になるまだギリ40代のお父様は、珍しく書類の積まれていない机の脇に立たれたままで書類を読まれていた。


椅子は?無いの?

そういえば、お父様はアルフ兄様の結婚式を機に、少し休暇を取られたとおっしゃっていたわ。

たぶん、お仕事しないようにされているのね。

きっと、お父様の執事のローゼスの仕業だわ。

そういえば、ローゼスの姿がないけれど、彼も休暇中なのかしら?


え?我が家の王都の館には、執事は4人しかいないのにローゼスとラウルがお休み?

バルトはアルフ兄様について行ってしまったのに?

どうりで、ジェラルドが忙しいわけね。


ああ、ジェラルドには悪いことをしてしまったわ。

わたくしが猫はいらないと言ってしまったばかりに、手が借りられなくて。


はっ!それなら急いでもうひとり執事を雇えばいいのではないかしら!?

ええ。逆ハーレムルートでわたくしの婚約者になる執事を雇うチャンスよ!


「お父様!あの、」


「ああ、エミリア。体調になにか変化はないか?」


「え?体調?いいえ?特に悪いところはございませんが?」


ああら、お父様の不思議な問いに出鼻をくじかれてしまったわ。

いきなり何事でございましょう?

強いて言うならば、メアリが淹れた紅茶のせいで口の中が渋いくらいですわ。

だからローゼスに口直しのお菓子を出してもらおうと思ってメアリは置いてきたのに。


「やはり違うか。まあ、いいだろう。エミリア、面倒だが教会へ行くから準備をしなさい」


「教会へ?・・・まあ!お願いしてあった思想教育の先生をもう手配してくださったのですね?」


「そんなものは手配しておらん。淑女教育もメアリと共に一からやり直したいと言ったそうだな。マドレアナ夫人が困惑していたと報告があったぞ。不可解な我儘はやめなさい」


はい?我儘?

ああ、とうとうわたくしに甘いお父様にまで我儘だと言われてしまったわ!

わたくしは自分の我儘に対する水準を改めなければならないようね。

それでは、執事を雇ってくださいというのも我儘でしょうからやめておきましょう。

いなくてもなんとかなるわ、ええ、きっと。たぶん。


昨日、所謂家庭教師のうち、マナーなどの先生であるマドレアナ夫人に、初歩からやり直したいとお願いしたのだけれど、わずかに怪訝な表情をされただけでスルーされてしまったの。

それ以上食い下がるのは怖くて無理だったから、おとなしく先週の続きからの授業を受けたわ。


きっと夫人にも、いつもの我儘が更にひどくなっていると思われたわね。

危ない、危ない。

最近はあまり鞭で手の平を叩かれることが無いから油断していたわ。


そうよね。

夫人の立場からすれば、今まで何年も掛けて教えてきたことを『無駄でしたからやりなおしてください』と言われたのと同義ですもの。

それは夫人の矜持を傷つけてしまうことだったわ。


そういえば、幼少期から『王太子妃教育を担当なさる方はもっと厳しいのですよ』と言い聞かされ、泣くことすら許されずにアドレアナ夫人に鍛えられてきたのだけれど、もう王太子の婚約者になることはないのだから教育方針を緩めてくださらないかしら。

駄目?こうなったら意地かしらね?


そうよね。

夫人の立場からすれば、今まで何年も掛けて鍛え上げてきたのに、いざ戦わせる段になってわたくしが敵前逃亡・・・王太子の婚約者候補を辞退してしまったのだから不完全燃焼よね。

そのうえで高位の貴族でもない、執事に嫁ぎますと言った日には卒倒なさるかもしれないわ。


10年以上掛けた教育が恵美によって、無駄とまではいかないけれど・・・んー、そう思うと、恵美はエミリアーヌに乗っかる形で転生できたから、まだ多少のつまづきで済んでよかったわよね。


もし、恵美がエミリアーヌの身体だけを乗っ取る形での転生だったら、右往左往しまくって別人だとバレバレだったでしょうし、苦労したはずよ。


ふふっ。そうよ。

ゲームのエンディングのその後は知らないけれど、ヒロインだって『幸せに暮らしましたとさ』とはいかないはず。

ルーチェ、あなたも平民として育ってきたのだから苦労するのでしょうねぇ。


殿下の婚約者になるであろう、わたくしとほぼ同じ先生方に鍛えられてきたエリザベルお姉様から。

いえ、婚約者候補だった10人から。

いいえ、まだ足りないわ。

国内外の貴族令嬢から、ライニッシュ王国の王太子殿下を横から割り込んでさらうのですもの。

トンビのあなたは、せいぜいお得意の〝一生懸命〟頑張るといいわ。 


ふふふ。基本教育が足りないうえでの王太子妃教育はかなり厳しいでしょうね。

あまりにもできないと、手の平を鞭で叩かれてしまうわよ。

地味にずっと痛いのに、泣くことも許されない。

厳しいことばかり言われ、できても褒められるわけでもない。


攻略対象者たちに、素直なところが気に入られるあなたは、どこまで耐えられるかしら。

いいえ、耐えられるはずよ!

だって『真実の愛』とやらがあるのですものね!愛は勝つのでしょう?


ふふふふ。将来が楽しみね。

ああ、そうね。わたくしにも将来の楽しみができたわ。


この国では17歳で迎えるデビュタント。

ゲームの悪役令嬢(エミリアーヌ)は参加できなかったそれに、王太子殿下の婚約者になりたてで出るルーチェはまだまだ恥をかくことになるでしょう。

それを、そうね、ナタリア様あたりと『まあ、ごらんになって。あれで王太子妃になるつもりですってよ』と言い合って笑ってやるのよ。

ええ、もちろん、こっそりと、ね。


ふふっ、ふふふ、ふふふふ。

そのためにも、絶対に16歳を生き延びてみせるわ!


「エ、エミリア?うつむいてどうした?震えて・・・泣いておるのか?いや、エミリア、お父様は怒っているわけではないのだぞ」


「・・・いえ、泣いてはおりませんわ。王太子殿下に再教育を受けますとお約束をしなければならないほど自分が至らなかったことを棚に上げ、いえ、反省しておりました。これからは我儘も控えます」


わたくしが、悪役令嬢らしい顔をしていたであろう表情を、神妙な面持ちに切り替えてから顔を上げてそう言うと、何やらお父様が窓の外を睨みつけながらつぶやかれた。


「王太子か。あれも今までは王城だからと許してやったらつけ上がりおって。まったく、潰すわけにいかぬ虫どもが鬱陶しい」


「お父様?」


「いや、なんでもない。エミリア。こんな勝手な呼び出しは行きたくないだろう?お父様が断ってやるからな」


そう言ってお父様が、机の上に出ていた王族専用封筒を叩く。


まあ、お父様がめずらしく不機嫌よ。

きっと、なにか嫌なことがおありなのね。


ああ、そうそう。そのお手紙のことで、重要な点を確認したいのよ!


「あの、お父様。そちらのお手紙を拝見しても?」


机の上には2通の封筒があるけれど、わたくしが持ってきた封筒と同じものをお借りして、中の便箋を並べてみる。


やはり!間違いないわ!


「お父様。わたくし宛の方には追記がございますの。こちらの最後の一文ですわ。これはもしかして・・・殿下の直筆でしょうか?」


わたくしは声が弾みそうなのを抑えて、便箋の最後の部分をお父様に示して問う。


「『当日を楽しみにしている』だと。ふん。たしかに殿下の筆跡だな」


「まあ!そうですのね!わたくし、行ってまいりますわ!殿下のお役に立つことは、ひいては我が国のお役に立てるということですもの!」


うふふ。うれしい!やっと殿下の直筆を手に入れたわ!

ラウルの魔の手から手紙を守ったメアリには後でケーキを・・・ああ、ダメね。

ケーキならぬ刑期を減らしてあげましょう。なんてね、ふふふ。


ええ、ちゃんとこの『当日を楽しみにしている』という一文は、殿下が魔石が見つかることを楽しみになさっているという意味で書かれたということはわかっているわ。

でも、つけ上がったわたくしが、わたくしとのお出かけを楽しみにしているという意味に勘違いしてしまってもおかしくないものでしょう?


ええ、大丈夫ですわよ。

メアリの言う、デートだなどと、そこまで厚かましい勘違いはしないわ。


けれど、そうね、せっかく殿下とお出かけができるのですもの。

ならばほんのつかの間、もう婚約者が決まってしまう殿下とは、本当にこれが最後なのだから、ほんの一瞬、1分だけでも、デートをしている気分になっていいかしら?


前世も含めて初めてのデート。ならば好きな人としてみたい。

ええ、ええ、もちろん、こっそりと、わたくしが思うだけ。

初恋の思い出にしたいという、我儘だけは許してくださいまし。


「エミリア。お前まだ・・・」


便箋の文字をこすらないようにそっと触れていると、またお父様がなにやらつぶやかれた。

ああ、いけない。顔がにやけてしまっていたかも。

こうなったら淑女教育のやり直しは自習なのよ。

まずは、感情を表さない訓練からね。


「おほん。お話を逸らせてしまい申し訳ございません。それで面倒な教会へ行く準備をせよとは一体・・・はっ!まさか、神父様からのお呼び出しでしょうか?でもそれは先日お話しました通り、ファドリック侯爵令息の策略なので、お断りしてもよいと殿下からお言葉を賜っておりますわ!」


「それとはまったく別の話だ。たしかに、クロードがエミリアーヌだと言い張っているらしいが。ふむ。あちらは待たせておくか。エミリア、齟齬があるといけないから一から説明しておこう。そこに掛けなさい」


お父様に指示されたので、おとなしくソファーに座る。


クロードめ。

きっと、昼食のお誘いを断わられたから、別の話を装って来たのね。


それにしても、こうなるという殿下の読みは正しかったわ。

さながら名探偵レオン。

この地球上の誰よりも素敵です(ハート)





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